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第18話:未知なる目覚め

【吉田視点】


どれほど時間が経ったのか――分からない。

目を覚ました時、現実だったのは――

痛みだけだった。


だが、それは違う。

致命的な落下の痛みではない。

身体の痛み。

筋肉の奥から来る、鈍く重い感覚。

――生きている痛み。


赤い空は消えていた。

代わりに――

白く輝く月。

砂漠を銀色に染め、砂は静かな海のように広がっている。


胸に、重み。

黒い髪。

眠る顔。


(……ローズ。)


制服のまま。

呼吸は、穏やか。

まつげが、わずかに震える。

月光に照らされて、髪が頬にかかる。


……不思議だった。

あれほどのことがあったのに。

まるで――

普通の人間みたいに見える。

儚い。

壊れそうなほどに。


そして――

目を逸らせない。


「ロ……―ズ……」


呼びかける。

反応はない。

胸の鼓動が強くなる。

不安じゃない。

それとは違う何か。


手を動かそうとする。

髪をどけようとして――

止まる。


……動いた。

ゆっくり。

ぎこちなく。

だが、確かに。


固まる。

もう一度、指を動かす。


……感じる。

砂が、指の間を流れる。

胸に乗る重み。

体温。

現実の感触。

――身体が、ある。


喉が詰まる。

こんなこと、できるはずがない。

生まれた時から――

動けなかった。

支えることもできなかった。

なのに。

今は――

支えている。


「……動けるのか……?」


声が震える。

信じられない。

ゆっくりと、身体を起こす。

筋肉が軋む。

震える。

痛い。


……だが。

それは、確かに存在している証。


周囲を見る。

砂。

どこまでも続く砂。

果てのない砂漠。

巨大な月の下。


なんとか身体をずらす。

ローズを前に。

顔が近い。

息が、触れる。

その距離で――

理解する。


死にたかったはずなのに。

それなのに――

一緒に来た。

それが、怖い。

落下よりも。


その時――

気づいた。

数歩先。

砂に突き立つもの。

ローズの背後。


――剣。

黒い。

細い。

長い。

異様なほど、整った形。

月光を――

反射しない。

吸い込んでいる。

まるで――

飢えているみたいに。


背筋が冷える。

……こんなもの、あったか?

分からない。

何もかも、おかしい。


ただ一つ――

確かなこと。

ここは、元の場所じゃない。

そして――

これは、死ではない。



時間が流れる。

そのまま、動けずにいた。

ローズの体温。

呼吸。

すぐそばにある。


もう一度、指を動かす。

応える。

遅く。

不完全に。

まるで借り物みたいに。


手首を曲げる。

痛い。

だが――

感じるからこそ、痛い。

前はなかった感覚。


身体を起こそうとする。

震える。

思うように動かない。

まるで――

使い方を思い出しているみたいだ。


……生きている。

……動いている。


「……わけがわからない……」


月光が砂を照らす。

静かだ。

あまりにも。


その時――

音。

ザッ……

砂が動く。


ゆっくり。

一定のリズム。

顔を上げる。

闇の中。

光るもの。


……目。


人じゃない。

考える前に分かる。

動く。

近づいてくる。

喉が乾く。


影の中から――

現れる。


猫。


いや――

猫の形をした何か。

大きい。

狼ほどもある。

黒い毛並み。

一歩一歩が、無駄なく美しい。

迷いがない。


……綺麗だ。

同時に、分かる。

絶対的な捕食者。

口が、わずかに開く。

牙。


心臓が止まりかける。

こんなもの――

見たことがない。

どこにも。

記憶のどこにも。


近づいてくる。

ゆっくりと。

恐れなど、ないかのように。

この場所の主みたいに。


止まる。

ローズの隣。


……まずい。

動こうとする。

遅い。

間に合わない。


「やめろ……」


首を傾げる。

そして――

軽く、肩に噛みつく。

強くない。

確かめるように。

血が冷える。


次に――

足へ。

舐める。

ゆっくり。

確かめるように。


「ローズ! 起きろ!」


揺らす。

反応がない。

どうして起きない。

どうして動けない。


その時。

頭を上げる。

目が変わる。

さっきとは違う。

深い。

古い。


……勘違いだった。

これは――

本気で来る。

貫く。

裂く――


その瞬間。

何かが、弾けた。


恐怖じゃない。

怒り。

暗い場所から湧き上がる。

知らなかった感情。

前とは違う。

無力さじゃない。

もっと――

支配に近い何か。


胸が熱い。

血が沸く。

視界の奥で――

何かが目を覚ます。


考えるより先に――

叫ぶ。


「――離れろ!!」


自分の声じゃない。

弱くない。

人間のそれじゃない。

命令。


空気が変わる。

止まる。

風が。

締め付けられたみたいに。

沈黙が、重くなる。

押し潰すように。


猫が、固まる。

瞳が縮む。

体を低くする。


だが――

攻撃じゃない。

……服従。


呼吸が乱れる。

分からない。

何が起きているのか。


「……行け」


低く、言葉が出る。

思っているより、強い。

猫が後退する。

一歩ずつ。

背を向けない。

まるで――

理解しているみたいに。

格上の存在を。


やがて――

鳴く。

小さく。

威嚇じゃない。

……受け入れ。


そして――

消えた。

砂の向こうへ。


風が戻る。

世界が、動き出す。

心臓が暴れる。

手を見る。

震えている。


この手は――

何も持てなかった。

押すことも。

守ることも。

できなかった。

それなのに――

たった一言で。

あの化け物を退かせた。


「……なんだよ……これ……」


ローズを見る。

まだ、意識はない。

だが――

わずかに、眉が動く。

何かを感じたみたいに。


唾を飲む。

理解したくない。

理解すれば――

これは偶然じゃない。


砂を握る。

感触がある。

動ける。

呼吸している。


そして――

怖い。


「……どうなっているんだ……」


呟く。

遠くで。

また鳴き声。

さっきとは違う。

空腹じゃない。

……敬意。


それが――

牙よりも、恐ろしかった。


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