↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『二つの世界、一人の魔王』~東京2080からエヴァの大地へ~  作者: 黒猫
第十章:魔神帝国の統治
106/112

第106話:聖者VS魔王

 

 青年はゆっくりと、己の盾を夜空へと掲げ上げた。


 夕暮れの赤い光が黄金の表面に反射し、その兵装を眩く輝かせる。


「我が名はディレンド・ゼネス。『加護の聖者』にして『太陽の盾』の使い手だ」


 吉田は完全な沈黙の中で彼を見つめていた。エレノアとシェイリーも同様であった。数秒の間、誰も一言も発しなかった。


 するとエレノアが、あまりにも自然な動作で一丁のアークエバスを持ち上げた。


『バァンッ!』


 銃弾がディレンドのみぞおちを直撃した。


「なっ……!?」


 青年は瞬時に体勢を崩した。


「えっ!?」


 直前までの誇り高き表情が一瞬で消失し、そのまま落下していく。


「あぁぁぁぁぁぁっ!?」


『ドスンッ!』


 先ほど『加護の聖者』と名乗ったばかりの者とは思えぬほど、何とも情けない体勢で地上へと叩きつけられた。


 吉田は目を丸くした。


「え、エレノア!?」


 海賊の女将軍は、何事もなかったかのように銃を収めた。


「何よ?」


「何で撃ったんだよ!?」


 エレノアは、この世で一番くだらない質問でもされたかのような目を向けた。


「敵でしょうが」


 地面の上で、ディレンドは悶絶していた。


「くっ……! くそっ……!」


 吉田は目の前の光景が信じられずにいた。


 だが次の瞬間、ディレンドは嘲笑い始めた。


「フハハハハ……ハハハハハ!」


 土煙に汚れた衣服のままゆっくりと立ち上がったが、その眼光は先ほどとは完全に異なっていた。


「クハハハハ……!」


 吉田は眉をひそめた。


 ディレンドが腹部に手を当てると、奇怪な現象が起きた。弾痕の傷口が自動的に塞がっていったのだ。直後――


『キンッ! キンッ!』


 二発の鉛弾が体外へと弾き出され、石畳の上に転がった。


「何だ……?」吉田が呟く。


 ディレンドは不敵な笑みを浮かべ、再び盾を構え直した。


「この程度、私にとってはかすり傷にもならん! ハハハハ! 私の『特性(アトリビュート)』を知らねば、その銃弾で殺せたものをな」


「特性(アトリビュート)……?」吉田が困惑して尋ねた。


 エレノアが低く囁くように答えた。


「聖者だけが使用できる固有の魔法(固有能力)よ」


「え?」


 吉田とシェイリーは同時に顔を見合わせ、全く同じ狐につままれたような顔をした。


「え?」


 エレノアは呆れ返ったように二人を数秒間見つめた。


「何でそんなことも知らんのよ……」額に手を当てる。「バカどもが……確かライオンハートでナターシャとかいう小娘に聞いたでしょうが」


 吉田は記憶を呼び覚まされ、その場で凍りついた。


 ナターシャ・ザリアから聞かされた言葉――自分たちが秘める力と、真の潜在能力に達するために必要な修練についての話を。


「くそっ……」吉田は目を見開いた。「そういうことか……!」


 ディレンドは再び盾を掲げ、戦闘姿勢をとった。


「無駄口が過ぎたな」


 吉田は歯を食いしばった。青年が身を前傾させた次の瞬間、その姿が完全に消えた。


「なっ!?」


 ディレンドは異常な速度で中庭を駆け回り始めた。空間の理を無視するかのようにジグザグと交差する不規則な軌道。吉田の視線では捉えきれない。


『ドガァンッ!』


 ディレンドはエレノアの至近距離に突如出現し、盾の面で真っ向から叩き伏せた。


「きゃぁぁぁぁっ!?」


 エレノアは空中へと弾き飛ばされ、中庭を横切って石造りの外壁へと激突した。


『ガラガラガラッ!』


「エレノアッ!」吉田が叫ぶ。


 だが、ディレンドは既に姿を消していた。シェイリーが即座に弓の弦を引き絞る。


「捉えたっ!」


 跳躍し、出現すると予測した地点へ狙いを定めたが、青年はその真後ろに現れた。


「遅い」


『ドガァンッ!』


 盾の打撃がシェイリーを直撃し、エルフの少女は雷撃のごとく地上へ叩きつけられた。


『ドシンッ!』


「シェイリーッ!」吉田は歯を食いしばった。


 その瞬間、背後に嫌な気配を感じた。振り返ると、目と鼻の先にディレンドが立っていた。吉田は思案を捨てて前方に飛び込み、青年の片脚を掴むと、全身の体重をかけて引き倒した。


「捕まえたぞっ!」


『ズゴォォンッ!』


 吉田はそのまま叩きつけた。ディレンドは石畳の上を転がったが、瞬時に体勢を立て直すと、手に持った盾を一直線に投げつけてきた。


『ヒュンッ!』


「なっ……!?」


 盾は吉田のみぞおちを真っ直ぐに捉えた。


『ドスッ!』


 吉田は数メートル後退したものの、妙なことが起きた。盾は何のダメージも与えぬまま、即座にディレンドの手元へと舞い戻っていったのだ。


 ディレンドは己の兵装を受け止め、完全に呆然とした。


「何……?」


 彼が状況を理解する間もなく、三本の矢が風を切り裂いて飛来した。


『シュバッ!』


 青年の身体に次々と突き刺さったが、何も起きなかった。痛みもなければ、血の一滴すら流れない。


 ディレンドは己の身体を見下ろし、次いで視線を上げた。シェイリーは既に立ち上がり、エレノアは瓦礫を押しのけて抜け出し、吉田は剣を握っていた。


 ディレンドは激怒して歯を剥き出しにした。


「一体全体どうなっている……!?」


 吉田を見つめ、シェイリーを見やり、最後に己の兵装を見つめて――ついに悟った。


「貴様ら……なぜ私の盾が効かん!? なぜ傷一つ負わんのだ!?」


 傍らでエレノアが不敵に口元を歪めた。


「あいつらもアンタと同じ『聖者』だからよ、間抜け」


「何だと……!?」


 シェイリーが弓を構え直す。


「今更気づいたの、おバカさん?」


 ディレンドは屈辱に唇を噛み締めた。


「貴様らぁぁぁっ!!」


 吉田は『光の剣』を抜き放ちかけたが、その時重要な事実を思い出していた。神器は、同じ性質(聖者)を持つ者同士には危害を加えられないのだ。


 眩く輝く己の刀身を見つめ、投げやりに石畳へ放り捨てた。


『カラン……』


 剣が石畳に転がった。


「吉田……?」シェイリーが驚愕して尋ねる。


 彼は何も答えなかった。


 その瞳には、今までとは違う光が宿っていた。戦いのためでも、予言のためでも、魔王としての役割のためでもない。


 ただ、疲れていたのだ。次々と巻き起こる出来事の全てに――反乱に、王城に、ロゼに、戦争に……。その上、また別のバカが自分を殺そうとしゃしゃり出てきたのだから。


 吉田はゆっくりと両拳を握り分けた。


 ディレンドもまた同じように構え、両者は視線を交錯させた。


 シェイリーは次に何が起きるかを瞬時に悟った。


「ねえ、吉田……何するつもりなの……?」


 応えることなく、吉田は前方に向け猛然と駆け出した。ディレンドも全く同じタイミングで地を蹴った。


 中庭の中央で二人が激突する。


『ドガァァァンッ!』


 凄まじい衝撃が周囲の土煙を爆発的に舞い上げ、泥臭い素手喧嘩(ステゴロ)が幕を開けた。


 吉田が先手の一撃を放った。


『バシィッ!』


 その拳がディレンドの顔面を捉える。聖者は即座にみぞおちへ直撃を打ち返した。


『ドスッ!』


 吉田は一歩後退したものの、すぐさま懐へ飛び込んだ。一発、二発と拳を叩き込み、ディレンドが片方をガードしたものの、続く拳がその頬を大きく歪ませた。


『ガツンッ!』


 ディレンドの頭部が衝撃で弾かれたように大きく揺れた。


「貴様ァッ……!」


 青年は顔面へ右ストレートを叩き返した。


『バシッ!』


 顎に鈍い衝撃が走り、吉田の口から血が噴き出した。だが一歩も退くことなく、再び腕を振り抜いた。


『ドカッ!』


 拳がディレンドのアバラを捉える。


「アガッ……!?」聖者が呻き、胸元へ強烈な一撃を打ち返した。


『ズシンッ!』


 吉田は数歩後退した。互いに荒い息を吐き出していたが、どちらにも一歩も退く気配はない。


 ディレンドが再び襲いかかり、吉田も迎え撃った。両者の拳が空中で激しく交差する。


『バシィッ!』


 同時に放たれた攻撃。肉を切らせて骨を切る一撃。


『ドスッ!』


 ディレンドは顔面に、吉田は腹部に打撃を喰らった。どちらも土踏まずを踏み締め、退かない。


 戦闘は完全に耐久戦へと変貌していた。武器もなく、魔法もなく、ただ泥臭く前へ踏み出す意地だけの殴り合い。


 ディレンドがフックを放つが、吉田は間一髪でかわし、脇腹へ拳を叩き込んだ。


『ベキッ!』


 肋骨が軋む鈍い音が中庭に響いた。ディレンドは歯を食いしばる。


「やるじゃないか……!」


「喋るな……!」吉田は息も絶え絶えに吐き捨てた。


 再び互いの身体が正面から衝突した。


『ドガァンッ!』


 足元の石畳が亀裂を走らせて崩壊していく。


 遠巻きに見ていたシェイリーとエレノアが呆然と呟いた。


「本気でこれ続けるつもり……?」


 エレノアが笑う。


「そのようね」


 中庭の中央で、吉田は鼻血を吹き出させる一撃を浴びた。ディレンドも片目が腫れ上がり、呼吸を乱している。


 それでも二人は再び拳を構え直し、歯を食いしばると、迷いなく正面から突っ込んでいった。


『ドガァァァァンッ!!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。