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『二つの世界、一人の魔王』~東京2080からエヴァの大地へ~  作者: 黒猫
第十章:魔神帝国の統治
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第105話:決定的瞬間

 吉田は玉座の間の窓辺に立ち、黒煙の雲がゆっくりと、確実に街へと迫ってくる様を凝視していた。


 かつてははるか遠方に思えたその煙柱も、今やはっきりとその形を識別できるほどに近づいていた。建物の上に重く垂れ込め、空の半ばを覆い尽くし、街頭から響く喧騒を押し殺すように薄めさせていく。


 だが、それ以上に彼の目を引いたのは、空そのものの変貌であった。


 青空は次第に消え去り、雲を深紅に染め上げる鮮血の色が空に広がっていった。暗い赤の陰影が、帝都の全体を包み込んでいく。


 同じ光景を見つめていたシェイリーが、隣で不安を隠しきれずに静寂を破った。


「ねえ……前に空がこんな色に染まったのって、ミレイヤの戦いの時なんだよね」


 その名を聞き、吉田は口をつぐんだ。


 ミレイヤ――その響きは、否応なしに一人の少女の記憶を呼び覚ます。ロゼ。あの戦いにおいて、賢王たちは彼女に『魔王の捜索と討伐』という、一見すれば単純な任務を与え、日本へと送り込んだのだ。


 だが、彼らの誰一人として真実を知る者はいなかった。彼女が追っていた魔王こそが、自分自身であったということを。


 シェイリーが空を仰ぎ見ながら言葉を続ける間、吉田は静かに剣の柄を握りしめた。


「予言ではさ……魔王が世界を滅ぼすって言われてたじゃん? ねぇ、本当はそんなことするつもり、ないよね……?」


「するわけないだろ。冗談じゃない」彼は視線を落とし、低く答えた。「おかしいよな……そんな予言、どこかの狂人がついたくだらない嘘に決まってる」


「……なんか、嫌な予感しかしないんだけど」数秒の沈黙の後、吉田はぽつりと呟いた。


『ズガァァァンッ!!』


 凄まじい爆発音が城砦を揺らし、窓ガラスを激しく振動させた。吉田とシェイリーは同時に跳ね起きた。


「な、なんだ今のは!?」


 直後、廊下の奥から切迫した警報の叫び声が次々と響き渡った。


「侵入者だ!」「城を守れ!」「武器を取れ!」


 急波のような足音と、金属が激しくぶつかり合う音が瞬く間に回廊全体へと広がっていく。


 吉田は腰の剣を抜き放ち、シェイリーは弓を構えて矢を番えた。二人は疾風のごとく玉座の間を飛び出した。


 だが、扉をくぐり抜けた先に広がっていたのは、彼らの予想を遥かに裏切る光景であった。


 廊下の真っ只中で、エレノアがまるで舞うかのような軽やかさで身体を躍らせていた。海賊の女将軍は側方へと跳躍すると、その勢いを利用して空中を一回転しながら、両手のアークエバスを同時にぶっ放したのだ。


『バァンッ! バァンッ!』


 二人の魔族兵士が悲鳴を上げて床に崩れ落ちる。エレノアは片膝で着地するやいなや、再び上方へと跳ね起き、間髪入れずに引き金を引く。


『バァンッ! バァンッ!』


 怒濤の射撃に凄まじい勢いで押され、敵兵たちは死に物狂いで後退していく。彼女はその只中を、獰猛な笑みを浮かべながら突き進んでいた。吉田は目を丸くして叫んだ。


「何やってんだよ、エレノア!?」


 エレノアは空中でさらに一回転してみせると、再び引き金を弾いた。


「吉田ぁ!」着地と同時に手早く弾薬を装填しながら、彼女は叫んだ。「将軍どもとお前の軍隊が城を占拠しやがったのよ! 裏切りよ、裏切り!」


 吉田の背筋に悪寒が走った。


「な……なんだって……!?」


 彼が事態を飲み込む間もなく、廊下の両端から重苦しい足音が踏み鳴らされた。


『ジャキンッ! ジャキンッ! ジャキンッ!』


 数十の足音が左右から迫ってくる。吉田は剣を身構え、シェイリーは弦を限界まで引き絞り、エレノアは銃口を左右の闇へと向けた。


 そして、奴らは現れた。溢れんばかりの魔族兵士の群れがなだれ込み、廊下の退路を完全に塞いだ。


 その背後には、吉田も見覚えのある将軍たちが立ち並んでいた。かつて会議の場で魔王への忠誠を誓っていたはずの者たちが、今や反乱の刃を手に、襲撃の陣頭に立っている。


 すべての謎が、頭の中で解き明かされた。


「……お前たちだったのか」


 将軍の一人が不気味に獲物を掲げ上げ、一閃の命令を下した。


「殺せぇぇっ!」


 兵士たちが一斉に雪崩れ込んできた。吉田は剣を振り上げ、一番槍の攻撃を疾風の一撃で弾き飛ばすと、一瞬で敵を斬り伏せた。


 その傍らで、シェイリーの放った矢が空を切り裂き、肉薄する別の兵士の胸元を深く穿つ。


「どきなさい、吉田ぁっ!」


 エレノアが二丁の銃口を突き出し、高らかに叫んだ。


『バァンッ! バァンッ! バァンッ!』


 絶え間ない銃声が押し寄せる敵群を押し戻し、その隙を突いて吉田は刃を眩く輝かせながら前線へと踏み込んでいった。


 だが、廊下の反対側へと向き直った瞬間、吉田の身体は凍りついた。新たな一団が姿を現したのだ――隙なく磨き上げられた、黒漆の全身鎧を身に纏う者たち。


 ロゼが自ら組織し、鍛え上げた精鋭部隊『皇帝親衛隊』であった。


 吉田、シェイリー、エレノアの三人は、完全な包囲の渦中に取り残された。片方には反乱を起こした魔族兵の群れ、もう片方には黒鎧の親衛隊。


 彼らまでもが自分を討ちにきたのだと確信し、吉田は歯を食いしばった。


「そんな……まさか……!」


 黒鎧の男たちの中から、先頭に立つ一人が一歩前へと踏み出した。


「陛下、下がらせられよ!」


 その呼びかけに、吉田は驚愕して目を大きく見開いた。親衛隊員は力強くその剣を掲げ上げた。


「我らの忠誠は、今なお陛下と共にあります! たとえ親衛隊長を追放された身であろうとも!」


 吉田は絶句した。シェイリーは感嘆のあまり目を丸くし、エレノアは腹を抱えて爆笑した。


「ハッ! だから言ったでしょうが!」


「ええっ!?」


「吉田、あいつら味方だよっ!」シェイリーが歓声をあげる。


 未だ半信疑のまま見守る中、親衛隊員たちは素早く陣形を開き、彼らのための通り道をこじ開けた。


「お通りください、陛下っ!」


 吉田はエレノアとシェイリーと視線を交わすと、彼女たちと共に陣形の中央を一気に駆け抜けた。彼らが通り過ぎる傍らで、兵士たちは誇り高くその武器を掲げ上げた。


「魔王陛下に栄光あれ!」「命を賭して陛下をお守りする!」「魔王陛下のために討ち死にを!」


 吉田の喉の奥に、熱い塊が込み上げてきた。彼らはロゼによって鍛え上げられた者たちだ。たとえその主が追放されようとも、彼らは課せられた使命と忠誠を捨ててはいなかった。


 三人が反対側へと走り抜けた瞬間、反乱を起こした魔族たちが激怒の咆哮を上げた。


「裏切り者どもめがっ! 叩き殺せぇっ!」


 親衛隊は一斉に盾を並べ、剣を打って構えた。


「陛下のためにっ!」


 両陣営が凄まじい音を立てて激突した。


『ドガァァァンッ!』


 廊下は一瞬にして血生臭い戦場と化した。数で勝る反乱軍は力任せに押し潰そうと襲いかかるが、ロゼの部下たちは一歩たりとも退かなかった。


 一人の隊員が放たれた大斧の斬撃を盾で受け止め、電光石火の返しで敵の胸元を打ち払う。別の隊員は相手の隙を突いて懐に飛び込み、反撃の間を与えることなく切り伏せた。


 反乱軍が力任せに包囲を縮めようと試みるものの、親衛隊の陣形はびくともしない。数は劣るが、まるで一つの生き物のように寸分の隙もなく連携し、お互いの背中を完璧に庇い合っていた。


 数瞬の間に、反乱兵たちは次々と血煙を上げて倒れていった。


「押し戻せ! 陣形を崩すな!」


 激しい攻防がしばし続いた後、反乱兵たちはついに耐えかねて全滅、あるいは潰走を余儀なくされ、親衛隊だけが血煙の中に仁王立ちとなっていた。


 その光景を背後から見つめていた吉田は、ロゼの面影を重ねずにはいられなかった。本当に……完璧に鍛え上げられていたのだな、と。


「感心してる場合じゃないでしょ、さっさと逃げるわよっ!」


 エレノアの怒号でハッと我に返った。


 吉田は強く頷き、三人は再び城の回廊を走り出した。


 進むにつれて、至る所から闘撃の音が響いてきた。幾つもの塔から爆発音が轟いて壁を揺らし、兵士たちが悲鳴と交錯する剣撃のただ中を走り回っている。城の内部全体が、完全な混沌に呑み込まれていた。


 階段の踊り場へと差し掛かった時、吉田は窓の外をふと見下ろし、そのまま言葉を失った。


 無数の群衆が防御陣地を突破し、怒濤の勢いで城内へと雪崩れ込んできていたのだ。南から押し寄せる反乱軍の大群と、内側から崩壊していく城砦。


「嘘だろ……」吉田は歯を食いしばって呟いた。


「どうしたの?」シェイリーが振り返る。


(くそっ……やっぱりこうなるのか……旧体制の奴らが大人しく首を差し出すわけがないんだ。薩摩の西郷隆盛の西南戦争を思い出すぜ……)


 内心で毒づきながら、三人はさらに足速に廊下を駆け抜け、中庭を通り、ついには広大な王城の中庭へと飛び出した。


 頬を打つ風を受け、吉田は一瞬だけ危険を脱したかのように思えた。


「ほう……ほう……」


 上方から、軽薄な声が降ってきた。


 吉田はぴたりと足を止めた。


「へえ、お前が噂の魔王様ってわけだ」


 三人は一斉に見上げた。中庭に佇む巨大な石柱の上に、一人の人影が腰掛けていた。


 逞しい肉体を持つ整った顔立ちの青年で、栗色の髪をなびかせている。だが、何よりも吉田の目を引いたのは――その頭部から生える獣の耳、猫の耳であった。


 青年は石柱からしなやかに飛び降りると、見下ろすような視線で彼らを見つめた。


 吉田が目を細めると、青年の片腕に装着された武具が目に入った。眩いばかりに光り輝く盾。


 その表面は、空を染める禍々しい赤を反射させ、青年がゆっくりとそれを掲げ上げると、さらに妖しく輝いた。


 吉田の直感が、危機を告げて猛烈に警鐘を鳴らした。


 青年はうっすらと笑みを浮かべていたが、次の瞬間、その笑みを完全に削ぎ落とした。


「どうやらガセじゃなさそうだな……。おい、クソ野郎。お前をぶっ殺したくてたまらなかったんだよ」

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