第104話:魔族の反乱
吉田はゆっくりと目を開け、胸の上に感じる確かな重みと温もりに、すぐさま違和感を覚えた。
二、三度まばたきをして視界の霞みを払うと、眼下に視線を落とした。そこには、自分の胸の上に丸くなって熟睡しているエレノアの姿があった。
「え……?」
ガンガンと痛む頭のまま固まること数秒。我に返った瞬間に跳ね起きた。
「な、なんだってーっ!?」
エレノアはろくに身じろぎもせず、億劫そうに不平を漏らした。
「んぅ……あと五分……」
吉田の顔が熟したトマトのように赤く染まった。
「昨日の夜、一体何があったんだよ!?」
記憶の断片を手繰り寄せようと周囲を見回した。転がるワイン瓶、床に散乱したグラス、特注のソファで寝こけているシェイリーの姿。心臓が嫌な汗とともに跳ね上がったが、服の乱れがないことを確かめると、胸を撫で下ろして深く息を吐き出した。
「……よかった、助かった」
「何でそんな朝早くから騒いでんのよ……」
胸元にしがみついたまま、エレノアが文句を言う。吉田は再び悲鳴を上げそうになった。
「もう夕方の五時だよっ!」
「あ……」エレノアは片目だけを開けた。「じゃあ、まだ早いわね」
「どこが早いんだよ!?」
「海賊にとっては早朝よ」彼女は再び目を閉じた。
「どんな理屈だよ!」
少し離れたソファでは、シェイリーが気持ちよさそうに寝息を立て続けていた。吉田は呆れて首を振り、二人を放っておいて玉座の間の窓へと歩み寄り、厚手のカーテンをわずかに開けた。
視界の先に広がるのは、いつも通りの帝都の街並みだ。だが、何かがおかしかった。はるか遠方、南北の空から二筋の巨大な黒煙が立ち上っていたのだ。
吉田は不審そうに目を細めた。
「何だ……?」
思考を巡らせる暇もなく、玉座の間の重厚な扉が唐突に押し開かれた。
「お気づきのようですね」
急ぎ足で入ってきたのはデルガドだった。その表情は、いつになく引き締まっている。
吉田はすぐさま振り返った。
「どうしたんだ?」
デルガドは息を整え、一息に事実を告げた。
「造反です」
二日酔いの不快感が一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃に、吉田は絶句した。
「……は?」
「時間の問題ではありました」
「時間の問題って……!」吉田は魔族の王子の余裕に苛立ちを隠せなかった。「クーデターが起きてるってのに、何でそんなに落ち着いていられるんだよ!?」
「こうなることは目に見えていましたから」
吉田は信じられないというように両手で頭を抱えた。
「なら、何で誰も俺に教えてくれなかったんだよ!?」
デルガドは諦めたように溜め息をついた。
「陛下が酒におぼれておられたからです」
「……ぐっ、確かに」
ぐうの音も出ない事実を突きつけられ、吉田はエレノアに歩み寄ってその肩を揺さぶった。
「エレノア……エレノア、起きろって」
「嫌」
「反乱が起きたんだよ」
「勝手にやらせときなさいよ」
「クーデターなんだぞ!」
「クーデターなら明日にしなさい」
「エレノアッ!」
海賊の女将軍は、ようやく億劫そうに目を開けた。
「大変なことなんて、いつものことでしょ」彼女は吐き捨て、再び目を閉じようとした。
吉田は歯噛みしながら、もう一人の少女のもとへ向かった。
「シェイリー! シェイリー、起きろ!」
「んん……もう……夜ですか……?」
「夕方の五時だ!」
シェイリーは頭を押さえ、顔を顰めながらゆっくり身体を起こした。
「……道理で、頭が割れるように痛いわけですね。それで……一体何があったんですか?」
デルガドが静かに口を開く。
「南方で暴動が発生し、北方の山岳諸部族もまた帝国に対して牙を剥き始めています」
それを聞いて、シェイリーの顔から一気に血の気が引いた。
「ええっ……そんなの聞いてないですよぉ……」
「同感だ」吉田も深く頷いた。
「故に、今すぐ動く必要があります。我が帝国の威信に刃を向ける者が辿る末路を、全土に知らしめる好機でもありますから」
吉田はその言葉の裏にある凄惨な意図を悟った。
「南方で蜂起した小規模な反乱軍など、迅速に対処すれば容易に鎮圧可能です。ですが、北方の山岳部族は厄介です。数も多く、険しい地形を熟知しており、何世代にもわたって独立を守り続けてきた者たちです。この火種が大きく燃え広がれば、事態は泥沼化するでしょう」
「なら……」
「私が直々に赴きます。北へ向かい、事態が悪化する前に力でねじ伏せるか、あるいは講和に持ち込みます。竜を使えば、一瞬で現地へ到達できます」
「じゃあ、俺はどうすればいいんだ?」
「この都を守り抜いてください」
吉田の背筋を冷たいものが走り抜けた。再び窓の外へと視線をやると、二筋の黒煙が未だに空を汚し続けている。
「いつの間に……こんな大混乱になってたんだ……?」
「厳密に申し上げれば、数日前から始まっていました。我々が今日、それに気づいただけのことです」
デルガドは出口に向かって歩き出しながら、ふと足を止めた。
「ただ……一つ、腑に落ちない懸念があります」
「懸念?」
「今それを説明している時間はありません。急ぎ北方へ向かわねばなりませんので」
吉田は頷いた。
「ああ、頼んだぞ」
デルガドが退室し重々しい扉が閉まると、吉田は己の腰にある剣を見つめ、意を決してその柄を固く握り直した。
「よし……俺も仕事に取りかかるか」深呼吸をして二人の少女を振り返った。「二人の力を貸してほしい」
エレノアはまだ眠たげな目をこすりながらも、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「任せなさい、バカシダ。だいたい、魔族の奴らが決起するのが遅すぎたくらいよ、ハハハ!」
「何がそんなに面白いんだよ……」
「海賊の島を思い出すのよ。弱小クランの雑魚どもが、いっつもアラソーンの首を狙って湧いて出てきたじゃない」
シェイリーも立ち上がろうとしたが、ひどい目眩に襲われ、その場に崩れ落ちた。
「うぅ……大丈夫じゃないです……こういう展開、本当に嫌です……」
遅くなっちゃって本当にすみません!トラブル続きで泣きそうです……(;ω;)




