六百三章 エスメリアとペーテルギュント その2
六百三章 エスメリアとペーテルギュント その2
朝になった。ヴィオレッタは大欠伸をしながら、部屋に備え付けのドレッサーの前でエスメリアの金色の髪にブラシを当てていた。
『セレスティシア、朝早くから色々と頼んじゃって…ごめんなさいね。』
『いえいえ…。古着屋でエスメリアさんに似合う綺麗な服を探して、古道具屋でエスメリアさんに似合うアクセサリーを探しただけですよってば…。まぁ、走り回ってくれたのはエビータたちだけど…。』
エヴェレットがやって来て部屋の扉をノックした。
「セレスティシア様、エスメリアさん…朝食の準備ができましたよ。」
「あっ、今行きます。」
一階ホールでは多くの漁師たちに混じって、スクルやティルム、ルド、エヴェレット、ペーテルギュント、ご老体二人、そしてエビータたちがベーコンエッグ、コーンスープ、小麦パンの朝食を摂っていた。
二階からヴィオレッタとエスメリアが降りて来た。ヴィオレッタはいつも通りのヴィオレッタだったが、エスメリアは違った。
今朝のエスメリアは長さが足首まである、質素だが小綺麗な丈の長い白いワンピースを身に纏い、胸に嫌味のない青いブローチを付けていた。髪は両側で三つ編みにして、それを後ろで結んで長い耳が良く見えるようにしていた。そして、エルフの女性がよくしている額に金の細いチェーンを飾って、小さな宝石をひとつ垂らしていた。
二人を見たペーテルギュントはみんなに先立って、朝の挨拶をした。
「やあ、セレスティシア、エスメリア、おはよう。」
「おはようございます、ペーテルギュントさん。」
『おはようございます、ペーテルギュント…様!』
(…うおっ、エスメリアさん、すでに臨戦体勢だ。)
二人はテーブルに着いた。ヴィオレッタは気を利かせて、ペーテルギュントの対面の席をエスメリアに譲った。
エスメリアはペーテルギュントにニコッと微笑みかけ、左右のナイフとフォークを手に取ってベーコンエッグを細かく細かく切って、それを口に運んだ。
昨晩の夕食とは打って変わって淑女を演じるエスメリアを横で見ていたヴィオレッタは思った。
(…あからさまにあざといなぁ。こんなのでペーテルギュントさんに通用するかなぁ…?)
スクルがヴィオレッタに言った。
「セレスティシア様、今日はこれからどういたしましょうか?」
「ええと…エスメリアさんのたっての希望で、大型船でドルイン湾をクルージングしたいと思います…。」
「…急ですね。」
「…急です。」
するとまた、コーンスープを啜っていたご老体二人が口を挟んできた。
「儂らも行くぞ!海の上を船で渡るなど、滅多にできぬ経験じゃ。…のう、ライバック⁉︎」
「うむっ!」
大型船は大きいので…まぁ、良しとするか。
朝食が終わるとみんなは港に出向き、リーン族長区所有の大型船に乗り込んだ。今回も水が嫌いなエヴェレットはお留守番で、ヴィオレッタ、スクル、ティルム、ルド、エスメリア、ペーテルギュント、エビータ、ピック、レンド、レイモンド、そしてマスター=ヨワヒム、マスター=ライバックが乗船した。
初めての航海で甲板で騒ぐご老体をよそに、ヴィオレッタ、エスメリア、ペーテルギュントは船縁に手を掛け、海面を渡ってくる初冬の冷たいそよ風にエルフのロングヘアーを靡かせていた。
エスメリアがペーテルギュントに話し掛けた。
『ペーテルギュント様、風が心地良いですね。』
『うん…でも、ちょっと寒いんじゃないかな?』
そう言って、ペーテルギュントはエスメリアの肩に自分のマントを掛けてあげた。
『あ、ありがとうございます…。』
エスメリアは少し頬を染めて…両手でそのマントで自分の体を包み、マントの前をきっちりと閉じた。
その時大型船が防波堤を過ぎ、内海から外海に出た瞬間、船が少しだけ揺れた。
『きゃっ!…ペーテルギュント様、怖い…‼︎』
エスメリアはペーテルギュントの右腕に両腕でしがみついた。
ヴィオレッタは激しく思った。
(エスメリアさん…あざとい、あざと過ぎですよぉ〜〜…!)
それからずっと…エスメリアはペーテルギュントの右腕にしがみついて決して離さなかった。
大型船は外海をゆっくり回遊した。
右腕にエスメリアを引っ付けたまま、遥か彼方を見てペーテルギュントが言った。
「あれは何でしょうかね、こちらにやって来ますね…。」
ヴィオレッタが反応した。
「私には何も見えませんけど…多分、ペーテルギュントさんの『イーグルアイ』じゃないと…あっ‼︎」
上空の彼方に黒い豆粒のような物が見えた。それは次第に三角形になっていった。
「げっ!…よりにもよって、こんな時にワイバーンかっ‼︎」
ヴィオレッタはすぐにスクル、ティルム、ルド、そして斥候たちに警戒を発した。ティルムはすぐに舵を切り、ルドは対ワイバーン用の弩に取り付いた。スクルは腰のロングソードを抜いて身構えた。斥候たちも船尾や右舷、左舷の弩でワイバーン迎撃の準備をした。
ご老体たちも騒ぎ始めた。
「あれがワイバーンかっ⁉︎実物を見るのは初めてじゃっ‼︎」
「す…凄いっ!ワイバーンは…鳥類なのじゃろうか、爬虫類なのじゃろうか…?」
ワイバーンは大型船の上空を旋回し始めた。明らかに船上の人間を狙っている。
エビータは思った。
(あの高さでは、「ダークフォッグ」も「ダークエッジ」も届かないな…)
ヴィオレッタは慌てて叫んだ。
「直上狙撃用の弩は…⁉︎」
ルドが答えた。
「はっ…まだ開発中でして…。何せ、真上を狙う弩なんて…なかなかに調整が難しくて…」
ヴィオレッタは困った。
しかし、その時ペーテルギュントが静かに背中のカスタムロングボウを構えた。
ビュビュビュビュビュビュッ…
ペーテルギュントは深度4の「クィックショット」で六本の矢をワイバーンに向けて放った。六本の矢には深度3の「ホローポイントマグナム」と深度4の「アーマーピアシング」が混在しており…四本の矢はワイバーンの頭と胸に二本ずつ深々と突き刺さった。そして、残りの二本はワイバーンの翼に命中すると、矢尻が激しく砕けてその皮膜に大きな穴を開けた。
ワイバーンは海面に墜落していった。
「やったっ‼︎ペーテルギュントさん…凄いっ‼︎」←ヴィオレッタ
『ペ…ペーテルギュント様ぁ〜〜っ!素敵ですっ‼︎』←エスメリア
大型船は海上をゆっくり進んで、海面に浮かんでいるワイバーンに近づいて行った。
「おおっ…エルフ殿、お見事っ!このワイバーン、死んでおるぞっ‼︎」
「すまんが、こいつを引き上げてくれ!是非とも研究したい‼︎」
ほっと胸を撫で下ろしているヴィオレッタたちを尻目に、ご老体たちは騒いでいた。
エスメリアは再びペーテルギュントの右腕に取り憑いた。
『ペーテルギュント様って…ハンサムで男らしくて紳士的なだけじゃなく、強くてもいらっしゃるのですねぇ…わきゃっ!』
『あはははは…。』
エスメリアはペーテルギュントの顔をじっと見つめていた。ペーテルギュントもまたそれを見つめ返していた。




