六百二章 エスメリアとペーテルギュント その1
六百二章 エスメリアとペーテルギュント その1
ヴィオレッタの一行はベルデン族長区からドルイン族長区に入った。夜にドルインの首都ハレエドルで一泊し、次の日のお昼頃にようやくドルイン港に到着した。
ドルイン港にはリーン統合司令官のスクルと情報統括のティルムが待っていた。
「セレスティシア様っ!…よくお戻りにっ‼︎」
「スクルさん、ティルムさん!…わざわざドルイン港まで来なくても…。セコイアの懐は大丈夫なのですか?」
「タイレルとベクメルを残してあります…大丈夫でしょう。」
すると…
「やぁやぁ、セレスティシア殿、よくぞ戻られた…半年ぶりじゃな…!」
「うげげげぇ〜〜っ‼︎」
ヴィオレッタは思わずはしたない言葉を発してしまった。なぜなら…目の前にマスター=ヨワヒムとマスター=ライバックがいたからだ。
「ど…どうしてご老体がここに…?」
スクルが言った。
「いやぁ〜〜…ドルイン港に行くって言ったら、是非とも海が見たいから自分たちも連れて行けってしつこく責められましてね…。」
「…子供かっ!」
マスター=ヨワヒムが言った。
「セレスティシア殿がおらんので、儂らの魔法研究は頓挫しておったのじゃ。結局…魔法スクロールも神代語の呪文や魔法陣が基になっておるからのぉ…ログレシアス殿の魔法研究ノートもどこにあるか分からんしな…。でも、こうしてセレスティシア殿が戻られた今、全ては杞憂に終わった、わはははははっ!」
「そうですか…それは苦労をお掛けしましたね。」
「どうじゃ…ヴィオレッタエクスプレスは役に立ったじゃろう?」
「…ヴィオレッタエクスプレスは野生に還っていきました。」
「…んむむ、まぁ、仕方あるまい。ヤツの務めは終わったからのぉ…。」
ヴィオレッタはイェルマ渓谷で伯母のユグリウシアから教授を受けて、神代語をほぼマスターした。これによって、ヴィオレッタは魔法の深淵に辿り着いたと言っても過言ではない。それ故、もうこの二人の老人の利用価値はほぼ無くなったと思っている。きっと、魔法スクロールの開発も私がやった方が断然早いだろう。さて、この老人二人をどうしたものか…。
ヴィオレッタは肩掛け鞄から小冊子を取り出した。
「マスター=ヨワヒム、マスター=ライバック…イェルマで面白い物を見つけて来ました。これをお二人にお貸ししましょう…。」
「む…何じゃ、本か?…おおお、これは神代語の字引きではないかっ‼︎」
「はい。これで神代語の研究に…より一層努めてください。」
ユグリウシアお手製の神代語の字引きである。
「ありがたい、ありがたいっ‼︎」
これでご老体がしばらく大人しくしていてくれたら良いな…ヴィオレッタはそう思っていた。
その時、スクルはヴィオレッタの後ろにいたペーテルギュントに気づいた。
「…金髪緑眼。ハイデル一族のエルフですか…?」
「初めまして、ペーテルギュントです。」
ヴィオレッタは言った。
「あ、そうそう…今日はここに一泊します。エスメリアさんを晩餐にご招待したいので、そのように取り計らってください。」
「…かしこまりました。」
ヴィオレッタ、エヴェレット、スクル、ティルム、ルド、ペーテルギュント、ご老体二人、そしてホイットニー家の斥候たちはドルイン港の宿屋に部屋を取った。エヴェレットは堪能なエルフ語でエスメリアに「念話」を飛ばして彼女を夕食に招待した。
夕方、ヴィオレッタはスクルとルドからリーンの近況報告を受けていた。今秋は作物の出来が比較的良かったこと。ドルイン出資で二隻の大型船が建造中であること。艦隊司令官のエドナが急遽交易の窓口となって忙しくなり、新造船が完成した場合、艦隊司令官を誰にするか考えていること…など。
キエェェ〜〜ッ…!
宿屋の外で奇声が聞こえた。これはケルピーの鳴き声だ。ハッとしてヴィオレッタが外に出てみると、そこにはケルピーに跨ったエスメリアがいた。
『エスメリアさんっ!』
『セレスティシアァ〜〜ッ!半年ぶりぃ〜〜っ‼︎』
二人は抱き合って再会を喜んだ。
『お元気…でしたっけ?いつもながらも…涼しそな格好してますねってば。』
『おや、セレスティシア…半年見ないうちに、エルフ語が上手になったんじゃない?』
『あはははは、ありがとございやす。』
…神代語を勉強したお蔭である。
すると、マスター=ヨワヒム、マスター=ライバックご老体二人もケルピーの奇声を聞きつけて、急いで宿屋から出てきた。
「うおおぉ〜〜っ、見よ、ライバック!…あれはケルピーじゃ、長生きはするものよのぉ〜〜っ‼︎」
「むむっ…またもやエルフじゃ。こうして見ると…古代種のエルフも結構生き残っておるんじゃな!」
ヴィオレッタとエスメリアは肩を並べて宿屋に入っていった。スクルとティルムはエスメリアとは初対面だったので、丁寧な挨拶をした。そして、ペーテルギュントも堪能なエルフ語でエスメリアに挨拶をした。
『初めまして、エスメリア=ハイデル。僕はペーテルギュント=フロイデンです。』
その瞬間…エスメリアはこの青年が自分と同じ金髪緑眼であることに気づいた。
『は…初めましてっ!えと…』
エスメリアは同族を初めて見たせいか…明らかに狼狽していた。
ヴィオレッタが少し奇妙なエルフ語で、一生懸命に事情を説明した。
『…ペーテルギュントさんはイェルマ渓谷に住んでる森エルフさんです。姿を見て判りますでそ…ペーテルギュントさんはエスメリアさんと同じ家系ですよ。血縁が近いですってば。』
『へえぇ…そうなんですね、ふふふふ。』
宿屋の料理人がローストチキンとプレーンオムレツ、それからいくつかの魚料理を持ってきてテーブルに並べた。みんなはご馳走に舌鼓を打ちながら、積もる話に花を咲かせた。
エスメリアはローストチキンをパクパク食べて、ドルイン産の地酒をグイグイ飲んだ。何か…やけっぱちという風だった。
出来上がってしまったエスメリアはヴィオレッタにエルフ語で言った。
『うふふ…あははは。久しぶりに良い気分…。ねぇ、セレスティシア…今晩はこの宿屋に泊まっても良いかしら?』
『それはそれは、構いませんの事ですよ。』
『セレスティシア…一緒の部屋で寝ましょうよ!』
『あぁ?…はいはい、構いませんの事ですよ。』
そう言って、エスメリアは好物のローストチキンを平らげ、地酒のコップを空にした。
夜、ヴィオレッタとエスメリアは同じ部屋に泊まり、二つある寝台にそれぞれ横になった。ヴィオレッタは燭台のろうそくを吹き消して、暖かい毛布の中に潜り込んだ。
馬車旅の疲れもあって、ヴィオレッタがひと息大きく吐いて熟睡しようとした時、何かがヴィオレッタの毛布の中に侵入してきた。
「…うにゃ?」
侵入してきたのは…エスメリアだった。
エスメリアはヴィオレッタの耳元でエルフ語で囁いた。
『あなたが羨ましい…。』
突然の事で、ヴィオレッタは狼狽えた。
『な…何が?』
『あんなにハンサムで男らしくて紳士的な殿方を伴侶にできるなんて…』
『一体…エスメリアさんは何のお話をなさっておいででありましょうや?』
『決まっているじゃないですか、ペーテルギュントさんのコトですよぉ〜〜っ!』
『んんん…?ペーテルギュントさんが私の伴侶⁉︎…なぜそうなるの事ですか?』
『そのつもりで…あなたはわざわざイェルマ渓谷ってところからペーテルギュントさんを連れてきたのでしょう?そして、リーン族長区で華燭の典を挙げるのよね?それで、私に未来の旦那様を紹介するために、このドルイン港に立ち寄ったのでしょう?』
『あああっ…そんな風に思った訳でしたか⁉︎それはエスメリアさんの関知外です…。』
『私の…勘違い?』
『そうそう!エスメリアさんはエルフのしきたりはご存知でありましょうや?…エルフには同族で婚姻する習わしがあらせられるんです。』
『…同族で婚姻?』
『そうそう!金髪緑眼の女性は…金髪緑眼の男性と結婚するんですよってば‼︎』
『…えええっ!それは、つまり…』
『そうそう!これはエスメリアさんとペーテルギュントさんのお見合いなんですよってば‼︎魔族領は知らんけど…金髪緑眼はもう、エスメリアさんとペーテルギュントさんしかいないんだってばよ。』
『…あら…やだぁ〜〜っ…‼︎』
エスメリアは「イグニション」で燭台に火を点けた。そして、ヴィオレッタを無理やり寝台から引っ張り起こすと、両手でヴィオレッタの両肩を掴んで激しく揺さぶった。
『じゃ…じゃぁ…ペーテルギュントさんはあなたのモノじゃなくて、私のモノなのねっ⁉︎』
『げふ…モノではないけど、そっちの方向で事は進みますでしょう…かも。』
エスメリアは右の拳をしかと握り締めた。
『…来たコレッ‼︎』
『…何か、仰いました?』
『あぁ〜〜ん、ペーテルギュントさんを初めて見たときに…これだ!って思ったのよ。あのストレートの髪…私の父にそっくりだし…』
『…そね。』
(…純血の金髪緑眼だし。)
『目元も父に似てて…瞳の色なんかも父と同じライトグリーンなのよ…!』
『…そね。』
(…純血の金髪緑眼だし…!)
『これはきっと、天国の両親が私に与えてくれた良縁なのだわ!セレスティシア、私頑張るわっ!あなたも応援して頂戴ねっ‼︎』
『…ユーキャンドゥーイット。』




