六百章 銀の髪の少女の絵
六百章 銀の髪の少女の絵
コッペリ村を出発して約二週間、ヴィオレッタたちの馬車隊はエステリック城下町に到着した。
馬車を城下町の南門に回すと、そこにはエドナが待っていた。
「これはこれは、セレスティシア様、無事のご到着何よりでございます。」
ヴィオレッタはワゴン馬車から降り、一緒にエヴェレット、キャシィ、ユーレンベルグ男爵も降りた。
「エドナさん、ご苦労様です。エドナさんにご紹介したい人がおります…」
そう言って、ヴィオレッタは左手でキャシィを指し示した。
「イェルマの窓口、『キャシィ&ハインツ商会』のキャシィさんです。キャシィさん、こちらが前に言っていた、リーンの窓口、『リーン物流産業』のエドナさんです。仲良くしてあげてくださいね?」
二人は近づいて握手を交わした。
「こんちゃぁ〜〜、キャシィです。よろしくねぇ〜〜っ!」
「…エドナです。私は商売は素人なので…色々とご教授ください。」
「うんうん、セレスティシア様から聞いてるよぉ〜〜。で、時に…エドナは歳はいくつ?」
「ハーフエルフなので、見た目よりも老けております…今年で708歳になりました。」
「…ぐほっ…エドナさんと呼ばせていただきます。」
「…恐縮です。」
二人が仲が良さそうなので、ヴィオレッタは安心した。
「それじゃぁ、エドナさん。交易『会議』…よろしくお願いしますね。」
「かしこまりました。」
エドナとキャシィは意気揚々としてエステリック城下町の南門をくぐって行った。そしてティモシーもヴィオレッタたちに手を振りながら二人に続いていった。ティモシーは残してきたチネッテの遺骨の供養をするつもりである。
エビータは無言でティモシーを見送った。
(もう、ティモシーも大人だ…。ひとりでやっていけるだろう…。)
これよりティモシーは、エステリック城下町の屑鉄屋の少年として…諜報活動に勤しむことになる。
ヴィオレッタたちはここでユーレンベルグ男爵、それからヒラリーたちと別れた。彼らは中央街道でティアーク城下町へ向かい、ヴィオレッタたちは直進して西の街道に出て、そのままリーンへ帰還するつもりだ。
幌馬車に乗り換えたヴィオレッタとエヴェレットは、風神軽騎兵、エビータたち斥候、ペーテルギュント、そしてマックスとジャネットと共にラクスマン王国付近を通過した。
エヴェレットが言った。
「セレスティシア様は幼少の頃をラクスマンで過ごされたんでしたね。何か、思い出はございますか?」
「小さかったので…あまり覚えていません。鑑賞用奴隷だった頃の記憶なので、あまり良い思い出ではないと思いますね。でも、確か、シュトルム家…そこにしばらくいました。その時はなぜか楽しかった…そんな気がします。」
(楽しかった思い出…シュトルム…ああ、誰かがいた、でも思い出せない。あれは誰だったのかしら?)
ヴィオレッタが遠い目をして必死に記憶をたぐり寄せている様子を見て…エヴェレットはとんでもないことを言った。
「セレスティシア様…ちょっと、ちょっとだけラクスマンに寄ってみましょうか?」
「…えっ⁉︎今の言葉、何か…エヴェレットさんらしくないですね…。」
「セレスティシア様はラクスマンにいた頃の記憶を思い出したいですか?」
「うう〜〜ん…鑑賞用奴隷として転売されていた頃の記憶ですからねぇ…」
「でも、楽しかった時もあったのでしょう?楽しかった時の記憶は…大切にした方がよろしいでしょう?」
「…まぁ…ね。」
その言葉を聞いて、エヴェレットは幌馬車の御者をしているレイモンドに言った。
「せっかく近くまで来たのだから…レイモンドさん、ラクスマン城下町に寄ってください。」
「かしこまりました。」
レイモンドはラクスマン城下町の南門に幌馬車を向かわせた。そして、南門に到着すると、レイモンドは門番の衛兵に言った。
「こちらに座すはリーン族長区連邦の盟主、セレスティシア=リーン閣下であらせられます。急な訪問で恐縮ではありますが、どうかお通し願いたい。」
すると…
「セレスティシア=リーン…聞いておりませんな。どうぞ、お引き取りを…。」
「そんなバカな…!此度の終戦協定でリーン、イェルマ、同盟三国の間では三十年間敵対しない…行き来が自由になったはずでは…⁉︎」
「…そのような通達は来ておりませんな。」
ヴィオレッタは言った。
「そうか…ラクスマンはまだ混乱しているんですね。憲兵たちを配下に置く法務尚書あたりがまだ空席で決まっていない…それで終戦協定の通達が徹底されていないのね…。」
エビータが言った。
「では…少し戻って、東門から入りましょう。」
「んんん、道を戻ってまでラクスマンに入らなくても…ペーテルギュントさんたち他の人もいるんだし…」
ペーテルギュントは言った。
「僕なら構いませんよ。急ぎの旅ってわけでもないしね。」
レイモンドは幌馬車を回して、ラクスマン城下町の東門に向かった。
「レ…レイモンドさん⁉︎」
「なぁに、門を抜けるくらい簡単ですよ。こっちにはダークエルフの斥候がたくさんいる。」
レイモンドが言った通り、東門は簡単に抜けることができた、エビータたちの闇魔法を使って…。
ヴィオレッタは呆れ顔で言った。
「衛兵二人を眠らせて…そこまでしなくても…。」
エヴェレットが言った。
「いいえ、セレスティシア様の楽しかった思い出を取り戻すことは何よりも大事なことです。エビータがやらなければ…私が『神の威厳』を使っておりました!」
「…ほえほえ。」
ヴィオレッタは思った。ラクスマンがいまだ混乱しているのであれば、ちょっと入って抜けても大した問題にはならない…かな?
ヴィオレッタの配下の斥候たちは「シュトルム」とうい家名を手掛かりに、城下町に散っていった。
エヴェレットが言った。
「そのシュトルム家のお屋敷でも見つかれば良いですね。」
「…ん。」
一時間くらいが経過して、斥候たちがヴィオレッタの元に集まって来て報告を入れた。
「セレスティシア様、貴族のシュトルム家は…すでに断絶しておりました…。」
「む…!」
「…ケヴィン=シュトルム伯爵という者が最後の当主だったそうです。屋敷は城下町の西のはずれにあって…人の手を転々として荒廃しているそうです…」
ヴィオレッタの顔色が変わった。
「ケヴィン=シュトルム…ケヴィン…!」
ヴィオレッタは思い出した。その昔…ヴィオレッタは「ケヴィン」という名前をどれだけ口にした事だろうか…!あれから五十年…ケヴィンは今どこにいて、何をしているのだろう?もしかしたら…まだ生きているかもしれない!
「で…ケヴィンは…?」
「…三十年前に人魔大戦で亡くなったそうです。」
「う…三十年前…‼︎」
(私は…ケヴィンの死も知らずに、三十年ものうのうと暮らしていたんだな…)
すると、少し遅れてエビータがやって来た。そして…
「セレスティシア様、不可思議な物を見つけました…。ちょっとご足労を願えますか?」
「…不可思議な…もの?」
ヴィオレッタは物思いに耽りながらも、エビータの後を着いていった。到着した先は廃れた古道具屋だった。
「セレスティシア様…ご覧ください。これは…セレスティシア様でしょうか?」
エビータが古道具屋の隅っこから埃を被った一枚の油絵を引っ張り出して見せた。1.5m四方のキャンバス…そこには尖った耳の銀色の髪の少女が描かれていた。
ヴィオレッタは息を呑んだ。
「実は…同じような絵がこの店の隅っこに十数枚あるのです。みな、分厚い本を抱えた銀色の髪の少女の絵…どことなくセレスティシア様に似ていると思いませんか?」
どことなく似ているだって?これはまさしくケヴィンが描いた私の絵だ。結局、ケヴィンは軍略家としての才能もなく、画家としての才能もなく…ただ、持っていたのは審美眼だけだったんだね…
ヴィオレッタは言った。
「この絵は全部、買い上げてください。そして…西の外れにあるというシュトルムの屋敷に連れて行ってください。」
ヴィオレッタたちは馬車を西に向かわせ、ラクスマン城下町の西の外れにやって来た。
「多分、あの辺りだと思います…。」
ピックの言葉に従って進むと…数十mにも及ぶ崩れかけた壁が見えてきた。その壁をぐるっと回ると、広大な敷地の奥に荒廃した三階建の建物が見えてきた。庭に植えていたであろう植栽はもう影も形もなく、屋敷の壁の表面は長年の風雨で削られ…ところどころ、茶色い煉瓦が剥き出しになっていた。
ヴィオレッタたちが正面玄関に来ると、朽ち果てて扉はなく、一階は吹き曝しになっていた。さらに、屋敷の二階に登っていくと…ヴィオレッタは見覚えのある廊下を進み、見覚えのある部屋に入った。部屋の中にはたくさんの戸棚が置いてあったが、本の類は一冊もなく、全ての棚は埃を被っていた。
ヴィオレッタはポツリと言った。
「…書斎だ。」
「でも、本が一冊もありませんよ?」
「ここに置いてあった本はほとんどが軍事関係だったから…全部、売っちゃったんだろうね…。」
ここが書斎と言うことは…。ヴィオレッタは書斎から廊下に出ると、三階に繋がる階段を急いで駆け上がって行った。
「…ヴィオレッタ様?」
他のみんなも三階に登ってヴィオレッタを探していると…ヴィオレッタはある部屋のたったひとつの古びた椅子にひとり座って、壊れた窓から差し込む日差しを浴びていた。
「まぁ、こんな埃まみれの椅子に直接座ったりなんかして…服が汚れますよ。」
ヴィオレッタは言った。
「この部屋は南向きで居心地が良いんですよ…」
(私は確かに…昔、ここにいた。そして、この椅子に座っていた…。)
小一時間ほどシュトルム家に滞在した後、ヴィオレッタたちはラクスマン城下町の西門を通って西の街道に出た。この街道をまっすぐ北に進むと、そこはもうベルデン…リーン族長区連邦だ。
後日、リーンに戻ったヴィオレッタはラクスマンで買った十四枚の絵の中の一枚をリーン会堂に飾った。そして、暇がある時はそれを眺めて過ごした。
お茶を持って来たエヴェレットにヴィオレッタは言った。
「エヴェレットさん、十四枚あった絵の中で、どうして私がこの絵を選んでここに飾ったか…分かりますか?」
エヴェレットは絵をじっと見て…
「さぁ…私には他の絵との見分けがつきませんが…?」
ヴィオレッタは言った。
「…この一枚だけ、青い瞳にラピスラズリの顔料を使っているんですよ…。」
ヴィオレッタは当時の記憶を全て思い出した訳ではない。現に、ケヴィンの顔を一生懸命思い出そうとしても、思い出すことはできなかった。ただ…この絵を見ていると、暖かいような切ないような気持ちが込み上げてくるのだった。




