五百九十九章 大循環駅馬車構想
五百九十九章 大循環駅馬車構想
ヴィオレッタはエルフの村を後にして北の五段目に降りて、神官房を訪ねた。神官房の入り口にはパンパンに膨らんだ肩掛け鞄を抱えたマックスと、大きなリュックを背負ったジャネットが待っていた。二人はヴィオレッタと共にリーンに赴く。それはボタンの了承済みだ。
ヴィオレッタは驚いた。
「マ…マックスさん、その格好は…⁉︎」
「ジャネットが僕のために仕立ててくれたよそ行きの服ですけど…おかしいですかね?」
マックスは青色のチョッキと半ズボン、それに首には極彩色のスカーフを巻いていた。ジャネットが自分の一張羅をばらして、マックスのために仕立て直した服だ。センスはさておき…マックスに対するジャネットの愛は感じられた。
神官房から出てきたアナがヴィオレッタに挨拶をした。
「セレスティシア様、道中のご無事をお祈りしています。この二人をよろしくお願いしますね。」
「分かりました。ありがとうございます…アナ殿、お世話になりました。」
ヴィオレッタたちがマックスとジャネットを連れ立って神官房を去っていくのを見送って、アナは肩の荷を下ろし…ほっとひと息吐いたのだった。
ヴィオレッタの一行がイェルマ中央通りまで降りて来ると、ボタンを始めとする「四獣」たちが待っていた。
ボタンが言った。
「セレスティシア殿、旅のご無事をお祈りしています!」
「ありがとうございます…お世話になりました。」
「幌馬車を設えました。少ないですが、食料を積んだ馬車もお持ちください…どうぞ、道中お気をつけて。」
「微に入り細に入り…痛み入ります。どうぞ、ボタン殿も息災で…。」
ボタンの護衛に付いていたアルテミスは旅支度をしたペーテルギュントを見て、居ても立っても居られず…声を掛けた。
「ペーテルギュント師匠…お出掛けですか、セレスティシア様の護衛…?」
「いえ、僕はリーンのドルイン族長区へ赴きます。」
「…もし良ければ、目的をお教え願いますか?」
「…ん?」
「あ…いえ、お早いお帰りなのか、しばらく逗留されるのか…そのまま、イェルマには戻っていらっしゃらないのか、気になりまして…。」
「はははは、とあるエルフの少女と会うことになりまして…。エルフの習わしというか…ただの『お見合い』ですよ。」
「お…お見合い…そうですか。」
アルテミスは…ニコッと微笑んで、それ以上は何も言わなかった。
ヴィオレッタたちはイェルマが用意してくれた幌馬車に乗り込んだ。ペーテルギュントはひとり馬に乗り、見事な手綱捌きで幌馬車の後を追った。
イェルマ中広場を通過し修復中のイェルマ城門をくぐると、そこにはジャクリーヌの風神軽騎兵44人と馬に跨ったホイットニーの面々が待っていた。
ジャクリーヌが言った。
「おうっ、ヴィオレッタ。リーンに帰ろうぜっ!」
負けじとエビータも言った。
「お待ちしておりました、セレスティシア様!」
意気揚々とした彼女たちの顔を見て、ヴィオレッタの胸も躍った。
「うん…みんなでリーンに帰りましょう!」
ヴィオレッタの幌馬車は、イェルマからもらった食料を満載した荷馬車と予備の馬を引いた風神軽騎兵を従えて、イェルマ城門前広場、イェルマ橋を通過した。
ヴィオレッタたちがコッペリ村に到達すると、さらに旅の仲間となる者が待っていた。キャシィとユーレンベルグ男爵、それとヒラリーたちだ。
「セレスティシア様、待ってましたよぉ〜〜。さっ、行きましょ、行きましょっ!」
キャシィはこれから、同盟三国との交易に関する「会議」に参加するためエステリック城下町に向かう。
マックスを見たキャシィは思わず叫んだ。
「ぶっ…七五三かっ‼︎」
ユーレンベルグ男爵が言った。
「セレスティシア殿、それと…従者の方。それからキャシィも、私のワゴン馬車に乗って行かれませんか?」
それはユーレンベルグ男爵がティアーク城下町からコッペリ村まで乗ってきた馬車だ。四人乗りの旅客専用馬車で、サスペンションが効いていて幌馬車よりもはるかに乗り心地が良い。
男爵のお言葉に甘えて、ヴィオレッタと従者のエヴェレット、それとキャシィは男爵と一緒にワゴン馬車に乗った。ヴィオレッタは馬車に弱いので…。
こうして、総勢55人の馬車隊はコッペリ村を出発した。ヴィオレッタがティアーク城下町からイェルマに逃げてきてから約四ヶ月…リーンを出てからは何と半年の月日が経過している。
色々あったなぁ…ヴィオレッタはワゴン馬車に揺られながら回想していた。大型船の進水式に出席するためにリーンを出立し、その後ティアーク城下町に立ち寄った。そこで、昔の奴隷商人に捕まってしまい、ティアークの王宮に逃げ込んだ。そして、ガルディン公爵の手から逃れるため一計を案じてイェルマへと逃亡してきた。そしてさらに、そのイェルマでエステリック大侵攻に遭遇してしまった。ちょっとのつもりが大変な旅になってしまった…でも、あと二週間もすれば懐かしのリーン…私のいるべき場所に帰還できるのだ。
ユーレンベルグ男爵がキャシィに尋ねた。
「…ハインツは?」
「ハインツさんはお留守番ですよぉ〜〜。コッペリ村で商人たちの売買リストをチェックしてますねぇ〜〜。」
「なるほど…。それで、キャシィは同盟三国とどんな交易をするつもりなんだ?」
「まず、ワインを大量に仕入れて、それからお米をたくさん売りたいです。」
「ああ…あの白い粒々の穀物か。」
ヴィオレッタが言った。
「その…白い粒々の穀物、お米と言うのは何ですか?」
「東の世界で主食になってる穀物…小麦とか大麦みたいなものですかねぇ。」
「味はとりあえず置いといて…保存は効きますか?長期間の保存ができるのであれば、リーンでも欲しいですね。」
「三、四年は普通に保ちますよぉ〜〜。そこは他の穀物と同じです。ただ、お米の良いところは口に入るまでにあまり手間が掛からないって事かなぁ〜〜…水で炊くだけですから。」
「ふむふむ…リーンでも少し、そのお米とやらを試してみようかしら…。」
「じゃ、お米と馬を交換しましょぉ〜〜。チェルシーさんから、馬を買ってこいって言われてるんでぇ〜〜。」
「エステリックとイェルマは戦争当事国だから、馬がたくさん死んだでしょうね…。その辺はエドナさんとキャシィさんにお任せしますよ。でも、リーンからイェルマまで…輸送手段を考えないといけませんね…」
「お任せくださいっ!」
キャシィの目がキラリと光った。
「実は…良いアイディアがありますっ!今回、交易の窓口を任された時から、まさにその輸送手段をずっと考えていたのですっ!」
「どんなアイディアですか?」
「…イェルマ=リーン間大循環駅馬車隊ですっ‼︎」
ヴィオレッタは「はて?」という顔をしていたが…ユーレンベルグ男爵はその言葉だけで、キャシィが考えている壮大な計画が手に取るよう理解できた…できてしまった!
(うううっ…キャシィめ、何というアイディアを…キャシィにしてやられた…‼︎)
キャシィは続けた。
「イェルマからリーンの間の主要な都市や村を結んで、一年中くるくる回る『乗り合い馬車』みたいなのを走らせるんですよ!そうですね…コッペリ村、オリゴ村、ティアーク城下町、ステメント村、ラクスマン城下町、エステリック城下町と回って、最後にデュリテ村を通ってコッペリ村に帰ってくる…東の街道からぐるっと回って北の街道で戻ってくる駅馬車隊です。あらかじめ、旅客用の馬車と荷物運搬用の馬車をたくさん引き連れて、旅のお客さんや荷物を運ぶんですよ。そうですね、何日か置いて…北の街道から回る逆回りの駅馬車も必要ですかね。区間を設定して、一区間銀貨一枚って感じで…どうでしょう⁉︎」
ユーレンベルグ男爵が質問した。
「…素晴らしいアイディアだ。しかし、それだけの大掛かりな馬車隊を組めば、荷物目当てで良からぬ連中が鵜の目鷹の目で狙ってくるだろう、山賊にでも襲われれば大損害だぞ…その辺りの備えはどうするのだ?何十人もの護衛をつけるのか、採算は合うのか?」
「ふふふふふふふふ…イェルマはオリゴ村、ステメント村、デュリテ村に一個大隊の125人を駐留させます。駅馬車はおおよそひと月で一周しますから…その駅馬車隊でイェルメイド125人を連れて回って、毎月駐留軍を40人ずつ入れ替えをする。そのついでに駅馬車隊の護衛をしてもらう…そういう寸法ですっ!」
この方法なら、イェルメイドたちは駐留地への赴任と帰省のついでに駅馬車隊を護衛することになるので通常任務の範囲内で…人件費が発生しない。
「おおっ…素晴らしい!」
ヴィオレッタが言った。
「リーンはイェルマと同盟を結びました。キャシィさん、どうでしょうか…ステメント村の駐留軍はリーンに任せてはもらえませんか?そして…その駅馬車構想のお手伝いをさせてください。」
「いいともぉ〜〜っ‼︎」
この世界で人間が旅をすることは命懸けだ。街道であっても、人ひとりが徒歩で旅をしていれば、盗賊やゴブリンに襲われる危険はじゅうぶんにあった。馬や馬車での旅、そこに護衛をつけるなどと言う事は、貴族や一部の商人などの金持ちにしかできない事なのだ。
しかし、この大循環駅馬車隊が就行すれば人々は好きな場所から好きな場所へ安全に移動することができるし、荷物の運搬も御者に申し送りをすれば特定の場所で荷物を下ろしてくれるので、ひと月二回の定期便として利用することができる。
「…これなら、リーンとイェルマの間でも安心して物々交換ができますね。」
ヴィオレッタの言葉にユーレンベルグ男爵が付け加えた。
「では…リーンとコッペリ村にワインを運び込むのは、その駅馬車が動き始めたらということかな?」
キャシィが強めの口調で言った。
「いいえっ!ユーレンベルグさん、多少お金は掛かっても構いませんから、早急に五等級のワイン100樽をコッペリ村に送ってくださいっ‼︎」
「…100樽だと⁉︎」
「これからどんどん涼しくなるので大丈夫でしょう。それに、雪が降る前に…半分の50樽は少しずつ、コジョー村に運び込もうかなと思ってます。」
「おおおっ…‼︎」
コジョー村…トリゴン大砂漠の手前にある村である。ユーレンベルグのワインはイェルマ渓谷を越えて、ついに東の世界に到達するのである。
「コジョーやマーラントじゃワインは初物、十倍の値段を付けたって売れるわ…うひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
キャシィは感極まって、下品に笑った。




