五百九十八章 ベネトネリス再臨
五百九十八章 ベネトネリス再臨
その日の早朝、千人近いイェルメイドたちは長い列を成して南の斜面を登って行った。ボタンたち「四獣」と「食客」のアナやヴィオレッタ、エヴェレットは馬に乗り、その後を十数台の大型荷馬車が続いた。大型荷馬車には仲間の遺骨が載せられている。
イェルメイドたちは南の五段目の共同墓地に埋葬用の穴を掘った。穴が掘り終わる頃には午前九時を過ぎていた。
仲間の遺骨を埋葬しアナが鎮魂の祈りを終わらせると、中堅以上のイェルメイドたちは北の斜面にとって返し、北の五段目のベネトネリス廟で葬儀が執り行われた。
ベネトネリス廟の祭壇には千枚近い位牌が並べられていた。その前でアナと神官見習いの少女たちが香と供物を捧げた。
「…この度の戦は大変悲惨なものとなりました。イェルマを守るために尊い命…イェルメイド952名の命が失われてしまいました。そして、その他の命も…。その命が無事に天に還り、そして再びこの地に新しい命としてやって来る事を心から願います。それまでのご冥福をここに祈願いたします。あなた方の尊い犠牲を私たちは決して無駄にはせず、より良い未来を築いていきます。どうぞ、神の国でしばしの休息をお取りになりながら、天から我らを見守っていてください…。」
アナの祈祷が終わると、廟のみんなは床の上で叩頭礼をした。こうして…イェルマにおける「第三次エステリック大侵攻」はとりあえずの終結を見た。
それからすぐ、ケットシー、ウェアウルフ、リザードマンの獣人族はイェルマから大型馬車をそれぞれに一台ずつもらって、それぞれの故郷に帰ることになった。大型荷馬車にはイェルマからの謝礼の品々…ヤギや豚の肉、小麦粉などとそれから獣人族の遺骨も載せられていた。獣人族も約80匹が犠牲となっている。
オリヴィアはタビサに抱きついて別れを惜しんだ。
「タビサちゃぁ〜〜ん、またいつか会おうねぇ〜〜っ!…元気でねぇ〜〜っ‼︎」
「オリヴィアもまた会う時まで、元気にしちょきよぉ〜〜っ!またのぉ〜〜っ‼︎」
タビサはお気に入りの蛇矛をブンブン振り回しながら、獣人族の先頭をきってイェルマ中央通りを東城門の方向へ歩いて行った。こうして獣人族はイェルマ渓谷を去って行った。
葬儀が終わって、葬儀に参加していたヴィオレッタとエヴェレットは、出発の準備のため一度エルフの村へ戻った。
エルフの村には旅のための小さなリュックを背負ったペーテルギュントと、ヴィオレッタを見送るためにユグリウシアと老エルフたちも切り株の応接間に出てきていた。そして、なぜかまだセシルとセイラムもいた。セシルは鳳凰宮が通常通りに稼働し始めるのを待っているようだ。
ヴィオレッタは襟を正して…恭しく深々と腰を折って、頭を下げた。
「みなさん、長い間お世話になりました。お元気でお過ごしください。」
老エルフたちは口々に言った。
「セレスティシア、エヴェレット…機会があったらまた会いましょうね。あと、二、三百年くらいなら私たちはまだ生きてると思うから…。」
「あはははは…分かりました。」
ユグリウシアが言った。
「セレスティシア、リーンをお願いしますね。エヴェレットもセレスティシアをしっかり補佐してくださいね。それから…ペーテルギュントの事もよろしくお願いしますね。」
「はい…!」
セイラムがヴィオレッタに抱きついた。
「セレスティシアァ〜〜、また会おうねぇ〜〜っ!」
「うんうん、今度来る時は、おっきな翼でやって来るよ…知らんけど。」
すると…ヴィオレッタの頭の上の大樹の枝がザワザワと騒いだ。すると…
(ヴィオッタ…ヴィオッタ…またね、またね…)
(メグミちゃん…お見送りしてくれるのね、ありがとね、またね。)
ヴィオレッタはみんなに見送られて、エヴェレット、ペーテルギュントと共にエルフの村を出ようとした。ちょうどその時…老エルフたちが騒いだ。
それを耳にしたヴィオレッタたちは振り返って、騒いでいる老エルフたちを見た。
そこには…老エルフたちに混じって、ひとりの巻き毛の金髪の少女が立っていた。少女は丸耳で薄いシルクのワンピースを着ており、見える人には見える…少女の周りでは色とりどりの光が乱舞しており、まさに万華鏡の中にいるようだった。
「うわっ…!」
感度の良い眼を持つヴィオレッタは一瞬目が眩んだ。これは…またしてもあの人か…⁉︎
老エルフたちが片膝を折った。
「これはこれはベネトネリス様…何百年ぶりでございましょう…!」
ユグリウシアとペーテルギュントも片膝を折り、ベネトネリスに拝礼していた。その横で、セシルとセイラムは切り株のテーブルで座ったままキョトンとしていた。
ユグリウシアはベネトネリスに語り掛けた。
「ベネトネリス様、お久しゅうございます。今日はエルフの村に何故にお渡りになったのでしょう…?」
「私の縁の者がいっぱい集まってから…つい何となく!」
エルフの村に一陣の秋風が吹いて…一瞬、場が冷たくなった。
「あぁ〜〜、ウソウソ。ここに来た理由は二つ…エステリックの大侵攻を防いだセレスティシアを労おうと思ってね…セレスティア、よくぞ頑張りましたっ!お姉さんは嬉しいですっ‼︎」
「あ…ありがとうございます。」
(この神様…なんか、会う度に微妙にキャラが変わっていくような気がするな…。)
「セレスティシア…今、私の事を変な人って思ったでしょ⁉︎」
「え…いえ、そんな事…滅相もないっ‼︎」
「これは仕方がない事なのですよぉ…亡くなった人の記憶を私の中にどんどん統合していくと、私自身の性格や性向が影響を受けてちょっずつ変わっていっちゃうのよぉ〜〜。」
「…それはご愁傷様なことで。」
「…ん?」
「…いえ。」
その時、セイラムが叫んだ。
「あっ!この人の声…セイラムに『光の精霊を統べる者は、人を殺しちゃだめ、誰でも助けなくちゃだめ』って『念話』してきた人だぁ〜〜っ‼︎」
ベネトネリスはセシルの方に向き直って言った。
「ふふふ、セシル、セイラムを良い子に育ててくれましたねぇ…感謝です。」
「はぁ…どうも。」
セシルはベネトネリスとは初対面で…彼女を神だとは露とも思っていない。
ヴィオレッタはベネトネリスの含みのある言葉を聞いて、疑問を抱いた。
「良い子に育ててくれた…?まるで、セイラムが自分の子供のような言い方ですね…」
「セイラムは『エンジェル』という妖精…エンジェルは生まれるべくして生まれてくる妖精ですよ。」
「え…よく分からない…」
「あなた方の理解では、エンジェルは稀に現れる妖精のレアな種類…と思っているんでしょう?違うのですよ…セイラムが光の精霊を選択した時点で、セイラムは『世界の役割』を担った存在になったのです。そして、その結果としてエンジェルとなったのです…エンジェルの出現は稀ではあるけれど、必然なのですよ…」
「…もっと、分かりやすくお願いします。」
「ふふふふ…ぶっちゃけて言うと、エンジェルは神の僕の資質を持った妖精なのですぅ〜〜。つまり、セイラムは私の僕になるべくして生まれてきた妖精という事ですぅ〜〜!」
「ええええぇ〜〜っ⁉︎」
みんなは驚いていた、訳が判っていないセシルを除いて…。
ベネトネリスはゆっくりと右手を掲げ、天に向けて人差し指を立てた。すると、昼でも薄暗い原生林の空が光り輝き、天空から…何と、光の翼を持った数十のセイラムが降りてきた。それはセイラムではない…ひとりひとりが「エンジェル」なのだ。
天空から降りてきたエンジェルたちは、神ベネトネリスの頭上で飛び交い舞い踊った。
これには…みんな驚嘆した。セシルも叫んだ。
「うわわわわっ…セイラムちゃんがいっぱい!」
当のセイラムは…口をポカンと開けて、耳を澄ませていた。セイラムは姉?先輩?…たちの「念話」を聞いていたのだ。
(私はレイラ。セイラム、こっちにいらっしゃな〜〜。)
(私はキャトリン。セイラム、一緒に遊びましょ〜〜。)
(私はレグザリア。私たちは仲間…お友達になりましょ〜〜。)
セイラムより少し大きくて、同じ姿の少女たち…セイラムは嬉しくなって、光の翼を羽ばたかせて空中に飛び上がった。そして…エンジェルたちと手を繋ぎ、一緒に大きな輪を作って楽しそうにクルクルと回りながら、空高く舞い上がって行った。
ベネトネリスは言った。
「今日、ここに来たもうひとつの理由はこれです…セイラムは回収させていただきました。ではみなさん、お達者でぇ〜〜。」
ヴィオレッタは思った。そうか…セイラムの人間並の知能の高さ、飛翔スキル、魔導士並みの魔力…これは全て神の眷属たる資質だったのか。エンジェルの出現が必然だとすると、セイラムがエンジェルになるべくベネトネリスが誘導したのだろうか…ベネトネリスたち神様はどこまでこの世界に関与しているのだろう…?
その時、突然セシルが大声で叫んだ。
「セイラムゥ〜〜ッ…サヨナラも無しに行っちゃうのぉ~~っ⁉」
遥か空高くまで舞い上がっていたセイラムはセシルの声を聞いて我に返り、エンジェルの輪から離れてセシルの元に急降下していって、セシルに抱きついた。
「セシルママァ〜〜ッ!」
それを見たベネトネリスは慌てた。
「あれれ、セイラム…私たちと一緒に来ないの⁉︎」
セイラムはセシルに抱きついたまま叫んだ。
「やだ、行かないっ!セシルママと一緒にいるっ‼︎」
「セイラム…神の眷属になる事がどれだけあなたを成長させるか、判っていますか…?」
「やだっ!セシルママのそばがいいっ‼︎」
ベネトネリスは唖然としていた。そして、みんなも神様でも失敗するのかと…ベネトネリスを冷ややかな目でじっと見ていた。
「ああ…ちょっと…まだセイラムの準備ができていなかったみたいね。お迎えするのが五十年早かったみたい…あはははは。」
そう言って、ベネトネリスは照れ笑いをしながらエンジェルたちと一緒に天に登っていって…見えなくなった。一体…何だったんだろう…みんなはただただ、空を見上げていた。
セシルは憮然とした表情で言った。
「私からセイラムちゃんをさらって行くなんて…今の人は誰ですか!」
ヴィオレッタは答えた。
「気にしなくて良いですよ。忘れてください。」
そして…
「…あっ!」
ヴィオレッタの声に、ユグリウシアが反応した。
「セレスティシア、どうしたのです?」
「…人魔大戦の事、ベネトネリス様に質問すれば良かった…。」




