五百九十一章 コッペリ村のルカ
五百九十一章 コッペリ村のルカ
朝、コッペリ村の大通りでイェルマによる炊き出しが行われていた。
エビータを始めとするホイットニーの面々とヒラリー、デイブ、トムソンたちはその炊き出しで朝食を摂っていた。するとそこに、イェルマから一台の荷馬車がやって来た。
その馬車の荷台から、ジャガイモの薄いシチューを必死に口に掻き込んでいるヒラリーに声を掛ける者がいた。
「あらまぁ、ヒラリーさん⁉︎…デイブさん、トムソンさんも!」
「おっ、アナ…アナじゃないか!」
「ヒラリーさんたちはどうしてコッペリ村へ?」
「まぁ、色々あってね…おや、そっちはルカ師範?」
ルカが重たい体を持ち上げて、荷台から少し乗り出して手を振った。
「おお、ヒラリー、久しぶり…。」
アナは言った。
「もしかして…ヒラリーさんたちはヘクターさんと一緒にコッペリ村に来たのかしら?ヘクターさんは今、どちらにいらっしゃるか分かります?」
「ああぁ〜〜…あははは、そういう事か。ヘクターはコッペリ村の宿屋の主人に収まったよ。今は絶賛、ジョルジュと一緒に宿屋の修理中だよ。」
そう言って、事情を知っているヒラリーはニヤニヤしながら荷台の上のルカの顔を覗き込んだ。ルカは顔を少し赤くして…方天戟を手に取ってヒラリーを威嚇した。
荷馬車は宿屋の前で停まった。荷馬車の御者ともう一人が降りて、荷馬車の荷物を宿屋に運び始めた。二人とも、最近傷が癒えて現場復帰した練兵部のイェルメイドだ。
厨房の掃除をしていたヘクターが二人を見て叫んだ。
「あんたら…宿屋はまだ営業してないんだ、他を当たってくれぇっ!」
アナがやって来た。
「ヘクターさん!」
「あれ…アナ、アナか⁉︎久しぶりだなぁ〜〜、どうしてコッペリ村にいるんだ?」
「そんな事より…大事な人をお連れしましたよ!」
「…んん?」
ひとりのイェルメイドの手を借りて、方天戟を持ったルカが宿屋の中に入って来た。
「や…やぁ、ヘクター、久しぶりだな。」
「お…おお…ルカ…!」
ヘクターはルカの顔とその大きなお腹を見て…改めて自分の果たさねばならぬ責任と生き甲斐を感じた。
アナが言った。
「ヘクターさん、ルカ師範はコッペリ村で出産したいそうです。ええと、この宿屋で良いのかしら…ここにルカ師範のお部屋を用意できますか?」
「いい…良いともっ!おぉ〜〜い、ジョルジュ、ヘラッ‼︎」
ヘクターに呼ばれてジョルジュとヘラが二階から降りてきた。ルカを見たジョルジュは懐かしさで叫んだ。
「あっ…ルカ師匠っ!会いたかったぁ〜〜っ‼︎」
「おおっ!ジョルジュもいたのかぁ…少し背が伸びたなっ‼︎」
ジョルジュははにかんでいた。ルカはと言うと、少し逞しくなった少年を見て…目をキラキラと輝かせていた。
ヘクターはすぐにジョルジュとヘラに申し付けた。
「二階の南向きの角部屋をすぐに片付けてくれ、そこをルカの部屋にするからっ!あ…いや待て、一階の角部屋にしよう!」
「ええ、あそこの部屋ってヘクター師匠と俺が使う予定だったんじゃ…?」
「俺たちは何とでもなる。一階の方が何かと都合が良いだろう。一階なら仕事をしながらでも、俺たちもルカの世話が出来る。」
「分かったぁ〜〜!」
ジョルジュとヘラはルカの荷物を持って、一階の奥へと運び込んでいった。
ヘクターは言った。
「し…しかしだな、アナ。俺は出産なんて…初めてなんだ。いや、俺は男だから子供なんて産めないんだが…そういうんじゃなくてだな…」
「あははは、ヘクターさんったら、何をトチ狂ってるんですかぁ〜〜。分かってますよ、コッペリ村にはベテランのオーレリィさんが雑貨屋にいますし、キャシィズカフェにはグレイスさんもいます。陣痛が始まったらキャシィズカフェのサムさんに言ってください。そしたら、すぐに私が駆けつけますよ。」
「そ…そうか、それを聞いて安心した。」
「薬師のクラウディアさんによると、予定日は十五日です。あと一週間くらいですね。」
「おおお…そうなのか⁉︎…馬力をかけて宿屋を直さんとなっ!」
ヘクターはイェルメイドの手からルカの手を奪おうとした。すると、ルカは照れ臭そうに言った。
「ひ…ひとりで歩けるっ!」
「…おいおい。」
そこにジョルジュがやって来て、ヘクターの代わりにルカの手を握って支えた。
「ルカ師匠、こっちだよ!」
「ジョルジュ、ありがとう。」
「…おいおいおいおい…。」
アナはその様子を見て、大丈夫そうだと思って荷馬車に乗ってイェルマへ引き揚げていった。
ヘクターとジョルジュはルカを寝台に寝かせて、その大きなお腹をまじまじと見た。
「ルカ…ルカよ。立派な子供を産んでくれよ。」
「そんなこと…言われずとも分かっている。…すまなかったな、わざわざこんなところまで来てもらって…。男の子が産まれたら、すまんがお前が育ててくれ…。」
「男とか女とか、そんなの関係ないさ。ルカと俺の子供だ…気兼ねなんかするな、すまんとか言うな。俺はもう、コッペリ村に定住することを決めたぞ…」
「…何だと⁉︎」
「お前がその気になれば、いつでも子供に会えるぞ…子供だけじゃなくて、俺にも会って欲しいけどな。まぁ、とにかくだ…心配するな!」
「そうか…色々と世話をかけるな…。」
ルカは顔を赤くしてヘクターを見つめていた。ヘクターもまた、ルカを愛おしく見ていた。
そんな二人の間にジョルジュが割って入った。
「ルカ師匠、俺は前よりだいぶ強くなったぞ、スキルも覚えたぞっ!約束通り、稽古をつけてくれよっ‼︎」
「おお、そうか。うん…一週間待て。そしたら、この方天戟で相手をしてやるぞ。」
「やったぁっ!」
ルカもヘクターもジョルジュの無邪気さに救われた気がした。
「ところで…師匠たちはいつ結婚するんだ?」
「…。」
「…。」
いきなり雰囲気が気まずくなった。




