五百九十章 ヴィオレッタと男爵
五百九十章 ヴィオレッタと男爵
サムからの「念話」で、エヴェレットを連れてコッペリ村にヴィオレッタがやって来た。その目的はホイットニー一族のエビータ、ティモシー、レイモンド、レンド、ピックと会ってその功を労うためだ。それともうひとつ…是非にも会談したいというユーレンベルグ男爵の意向もある。
ヴィオレッタとエヴェレットはキャシィズカフェに入った。
エビータを始めとするホイットニー一族が、ヴィオレッタの前で片膝を折って挨拶した。
「セレスティシア様、ご無事で何よりでございますっ!」
「ああ、皆さん…お久しぶりですね。私の指示をよく守って、よく忠実に行動してくれました。お蔭で、私たちはエステリックの侵攻を防ぎ…さらには私たちの未来に輝かしい新たな展望を期待できるようになりました。まずは…ありがとう。リーンに戻ったら過分の褒美を取らせましょう。」
「ははぁっ…勿体ないお言葉!」
「ティモシー、ティアークやエステリックでの諜報活動…ご苦労様でした。頑張りましたね。」
「ありがとうございます、セレスティシア様っ!」
「ボタン殿が率いるイェルマ軍が戻ってきたら、すぐに我が故郷、リーンにみんなで帰還しましょう。」
その様子をキャシィズカフェのみんなが見ていた。特に、グレイスの養い子たちは驚いていた。サシャくらいの年頃の女の子に対して、大の大人たちが腰を低くして恭しく頭を下げている。貴族の世界すら知らない貧民街育ちのヘンリーたちにとって、主人と家臣という関係は理解の領域を超えて、摩訶不思議な現実を見せていた。
そこにユーレンベルグ男爵が割り込んできて、片膝を折った。
「お久しぶりです、ヴィオレッタ…いえ、セレスティシア閣下。ティアークの王城以来ですな…。」
ヘンリーたちはさらに驚いた。あの人確か…お貴族様じゃなかったっけ、あの女の子はお貴族様よりも偉いのか⁉︎
「ああ、ユーレンベルグ男爵、あの時は色々とお世話になりました。あなたのご助力のお蔭で、私は何とかイェルマに逃げ込む事ができました。何かお礼をしなくてはいけませんね。そこのテーブルをお借りして、お話をしましょう。」
ヴィオレッタ、エヴェレット、男爵はキャシィズカフェの厨房のテーブルの椅子に座った。すると、グレイスがお茶を持ってきた。
「そう言っていただけると話が早い。実は、私はワインの商いをやっておりまして…ゆくゆくはリーン族長区連邦にも販路を広げて参りたいと思っておりました。いかがでしょうか…ユーレンベルグのワインを試されては?」
ああ、そういう事か…ヴィオレッタは考えた。リーンの住人の多くは草原の民で、お酒は大好きである。だが、それぞれの自治区で地酒というものがあって、今更お金を払ってまでワインなる新しいお酒を輸入する必要があるだろうか?リーンは決して裕福ではない。ワインを輸入するくらいなら…そのお金で小麦などの食糧を買った方が良いのではないか?
ヴィオレッタの横でエヴェレットがソワソワしていた。うおっ!…この人がいたっ‼︎
エヴェレットは物欲しそうな顔でヴィオレッタをじっと凝視していた。
「うぅ〜〜ん、そうですね…男爵には少なからずの恩もありますし、まずは試しに十樽ほど輸入してみましょうかね…。」
「おおっ、それはありがたい!で、ワインは一等級から五等級までありますが…」
「一番安いのでお願いします。」
エヴェレットは隣でしゅんとした。でも…まぁ、何もないよりかはましか…。
「わ…分かりました。では、お近づきの印に今回は無料で提供いたしますよ。すぐにでもティアークに戻り、リーンに近いラクスマンからワインを送るように手配を…」
ユーレンベルグ男爵の経済力と人脈をもってすれば、ラクスマンの領土の防衛線を越えてリーンにワインを持ち込む事など造作もない…
ヴィオレッタは男爵の言葉を遮った。
「ええと…その必要はありません。リーンからエドナという者が伺います。」
「…わざわざ、そちらから使いの者を出さなくても…」
「違うのです。今回の大侵攻を境にリーンとイェルマは同盟を結びました。そして、同盟三国との間での交易が可能となりました。我がリーンでは、エドナの創設した『リーン物流産業』が貿易の窓口となります。なので、ワインの持ち込みもエドナを通していただくルールとなりました。」
「そうでしたか…。」
ここでユーレンベルグ男爵ははたと思い付いた。リーンとイェルマが同盟三国と貿易を始めるとなると…イェルマの窓口は誰だろう?エドナなる者がリーンとイェルマの窓口を兼任するのだろうか?
「もしご存知でしたら、お教え願いたい。イェルマと同盟三国の間で貿易をする場合、やはり窓口というものがあるのでしょうか…イェルマの窓口は…?」
「確か…イェルマは『キャシィ&ハインツ商会』というのが窓口かな?…これで合ってましたか、キャシィさん?あれ、今日はキャシィさんは不在ですか。」
グレイスが言った。
「キャシィとハインツは五軒先の粉屋に行ってるよ。引っ越しするんだって。粉屋はまだボロボロのはずだけどねぇ…。」
ユーレンベルグ男爵は呆気に取られていた。
(えっ…キャシィがイェルマの窓口?…すると、キャシィを通さない限り、私はイェルマにワインを売ることができないのか⁉︎)
ヴィオレッタが言った。
「せっかくコッペリ村に足を運んできたのだから、キャシィさんにも挨拶して行きましょうか。エドナさんは商売は素人だから、キャシィさんにエドナさんの事をしっかり頼んでおかないとね…。」
「わ…私もご一緒しましょう…。」
ヴィオレッタ、エヴェレット、そしてユーレンベルグ男爵は、キャシィとハインツがいる五軒先の粉屋に赴いた。
粉屋に到着すると、キャシィが馬車から荷物を粉屋に運び入れている最中で、ハインツはエステリック軍によって壊された戸口に板を釘で打ち付けていた。粉屋は改築工事をする予定であったが、今回のエステリック大侵攻のせいで改修は中止となり、そのまま旧態依然とした姿のままだった。
「ありゃ、これはこれはセレスティシア様、ご機嫌いかがですかぁ〜〜?…何か御用でしょうかぁ〜〜?」
キャシィは一緒にいるユーレンベルグ男爵を一瞥して、わざと陽気に振る舞った。
「近々にエステリック城下町で行われる貿易に関する『会議』には、リーンからはエドナという者が出席します。彼女は商売に関しては素人同然なので…『会議』の場では、是非ともキャシィさんのお力添えを頂きたいと思いまして…」
「了解ですぅ〜〜っ!このキャシィにドンとお任せください〜〜っ‼︎ま、ここじゃなんですから、中でお茶でも飲みながらお話しましょう…ちょっと、お引っ越し中で散らかってますけど、さ、ユーレンベルグさんもどうぞどうぞ。」
『窓口』という最強の切り札を持ったキャシィは、余裕を持ってみんなに応対することができた。この時点で…ユーレンベルグ男爵はすでに気負けしていた。




