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戦乙女イェルメイド  作者: 丸ごと湿気る
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五百六十章 ボタンとアルフォンス その5

五百六十章 ボタンとアルフォンス その5


 その夜の九時頃、ボタンは燭台を持って自分の部屋を出た。

「ボタン様、どちらへ?」

 アルテミスの言葉にボタンは躊躇ためらいがちに言った。

「んん…一階だ。」

「一階に何の御用ですか?」

「いや、ちょっと…喉が渇いてな。お茶をな…」

「お待ちください。それくらいなら言っていただければ、私がやりますが…」

 現在、ほとんどのイェルメイドが出払っていて、ボタン専用の給仕係がいない。明日になれば、各房の十二歳班を動員して鳳凰宮の給仕係が配置される手筈にはなっていたが…。

「いや、私が厨房に赴く…ついでに、 ア…アルフォンスにも事情を説明しておかないといけないしな…。」

「私も同行いたしましょう。」

「いやっ!…鳳凰宮の中くらいひとりで歩ける!」

 ボタンはアルテミスの同行を頑として拒否した。アルテミスはボタンの顔色を見て、ある程度察し…「お早いお戻りを」と言って見送った。

 ヴィオレッタが次の行動までに一週間の余裕があると言ったので、ボタンは久しぶりにアルフォンスと会うことにしたのだ。

 鳳凰宮の厨房から二つ隣の部屋にアルフォンスはいた。アルフォンスはランタンに火を灯して、寝台の上に寝転んでいた。

「アルフォンス…まだ、起きているか?」

「おおっ、ボタンか…。」

 アルフォンスはすぐに起き上がると、寝台に座り…人ひとり分、右にずれた。そこに…ボタンは座った。

「もう晩ご飯は食べたのか?」

「おうっ、マルガレッタがやって来て置いていってくれた。左足に包帯を巻いていたな…マルガレッタはまだ十六歳だろう…。」

「ああ…兵士が足りなくてな、仕方がないのだ。もう、1000人近く死んだ…。若い兵士や引退した兵士も駆り出さないといけない状況になっているのだ。私とて、こんな事はしたくないのだが…。だから、アルフォンスに参戦してもらって、とても助かった!」

「俺は勇者だった。だから本来なら、中立の立場で手を出すべきではなかった。だが、エステリック軍はちょっと酷い、目の前で人が殺されるのはさすがに看過できん…それにイェルマには一宿一飯の恩義もあるしな。」

 ボタンはちょっと嬉しくなって…続けて言った。

「アルフォンス…旅なんかやめて、イェルマに残らないか?剣士房で剣術の指南をして欲しい。」

「う…ううぅ〜〜ん…」

「…『食客』待遇で迎えるぞ、二食昼寝付きだぞっ!北の一段目にある剣士房の房主堂の房主の部屋が空いている。そこに住め!」

「…そう言うことではないのだ。俺はイェルマを出て…やらないといけない事があるのだ…。」

「な…何だ、それは?」

「…俺に代わる『勇者』を探す事だ。俺は旅は好きだが…それも兼ねている。これはベネトネリスとの約束でもあるのだ…」

「う…嘘だろ、ベネトネリス⁉︎…お前は、神と会ったことがあるのか?」

「…ある。ベネトネリスと直接会って交わした約束なのだ。」

「そんな…」

「ベネトネリスはいつまで続ける気なのかは知らんが…勇者、つまり俺が死んだら再び『人魔対戦』が起こる…これがこの世の『摂理』なのだ。だから、俺が死ぬ前に勇者候補を見つけておかないといけない。そうしないと…下手をすると人類が滅んでしまう…。」

 ボタンは黙り込んだ。この世の「摂理」と言われたら…反駁する言葉がない。

 アルフォンスは少し言葉を詰まらせながら言った。

「…俺からもお前に提案したい。どうだ、お前の方こそ…俺と一緒に来ないか?」

 それを聞いて、一瞬ではあるがボタンはとても嬉しかった。嬉しかったが…

「わ…私はイェルマの女王だ、イェルマを捨てる事はできないっ!アルフォンスも分かっている事だろう⁉︎」

「…分かっていて提案しているのだ。なぁ、女王は誰かに任せて…俺と旅をしないか?旅は面白いぞ…見た事もない山や川、見た事もない街や国…。お前は『海』を見たことがあるか?見渡す限りの塩の水溜り…対岸に辿り着くまでひと月、いや一年二年も掛かる大きさだぞ。その海の中で、やはり見た事もない魚や生き物が暮らしているのだ…考えただけでワクワクしないか?」

「…。」

 本音を言うと…ボタンはアルフォンスと一緒に旅をしたかった。アルフォンスと一緒にいろんな景色や風景を見たかった。アルフォンスと一緒にいろんな体験をしたかった。アルフォンスと一緒に…そうだ、アルフォンスと一緒でないとダメなのだ。ずっとずっとアルフォンスと一緒にいたい…!だが、女王という責任と義務はどうする⁉︎

「まぁ、じっくり考えてみてくれ。」

「あ…う…私は…」

 それ以上の言葉が続かず…

「わ…分かった。じっくり考えてみる…。」

 そう言って、その晩はボタンは自分の部屋に引き返した。

 三階の自分の部屋まで来ると、アルテミスが待っていた。

「お帰りなさいませ、ボタン様。」

「うむ…」

 ボタンはすぐに寝巻きに着替えて、早くに就寝した。だが、何か悶々としてなかなか寝付けなかった。

 ボタンの憂いのある顔を見て、アルテミスは考えていた。アルフォンスとの間でうまく事が運ばなかったのだろう。ボタンは自分よりも年下だが、もう二十二歳だ。成熟した体からやって来る「本能の呼び声」をボタンは聞いているのだろう。

 アルフォンスはボタンよりはるかに年上のようだが、ボタンと同じ剣の道に生きる武人…ボタンは尊敬と愛を履き違えているのかもしれない。だが、アルテミス本人も以前、房主のジェシカから言われた事がある…

「お前さんは尊敬と愛を取り違えているんじゃないかぇ?…子供をもうけるためだけなら何も言わんが…相手がすぐ近くにいるとなるとねぇ…。エルフの寿命は長いよ、後々、いろんな問題が起きてくるよ…。」

 いいじゃないか、入り口が「尊敬」でもそれが「愛」に変わることだってある。体を許しても良いと思ったのなら…それは一瞬でも「愛」だ。その一瞬は本人にすればまごう事なき真実だ。

 アルテミスは自分に言い聞かせるように念じ…ボタンを応援しようと思った。

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