五百五十九章 焼き討ち その1
五百五十九章 焼き討ち その1
エステリック王国からの援軍要請を受けたラクスマン王国はすぐに約二万の騎士兵団と義勇兵団の派兵を決定し、その準備に取り掛かった。
ラクスマン王国はリーン族長区連邦、魔族領と国境を接している国である。故に、軍事国家であり同盟三国の中で最も強い軍隊を持っている。派兵する二万の兵士も全兵力の半分に過ぎない。
ダスティンは家屋の陰からラクスマン王城を監視していて、慌ただしく王城の城門を出入りするワゴン馬車や王国全土から集結してくる兵士たちを見ていた。
ある程度の目算を立てると、ダスティンはポットピットの待つ穀物問屋に向かった。
ダスティンがお店に入ると、カウンターにいたデイヴィッドは無言でちょこっと挨拶して、上階へ続く階段を指し示した。
ダスティンは三階のポットピットの部屋に入っていった。
「ダスティン、様子はどうじゃったかの?」
「とうとう動いた。もの凄い数の兵隊が集結している…一万以上だな。セレスティシア様の読み通り、エステリック軍の救援に出征するみたいだ。」
「ほっほっほ…出征して一週間もすれば、ラクスマンの遠征軍は北の街道のほぼ真ん中あたりに差し掛かる。そこで、手薄になった城下町で儂たちが蜂起する…『念話』で急報を聞きつけて遠征軍がトンボ返りをしてきたとしてもまた一週間じゃな。セレスティシアめ…上手いこと考えおったな。」
ティアーク王国の軍務尚書もエステリック王国からの応援要請を受けた。軍務尚書はすぐにガルディン公爵がいる宰相の執務室に駆け込んだ。
「宰相殿、エステリックは最低でも一万の兵を求めてきておりますが…いかがいたしましょう?」
「…応援要請じゃと⁉︎一ヶ月以上も待たせてイェルマを陥せず…その上に兵を出せか!あれだけカネをくれてやったと言うのに…ディラン伯爵は何をやっておるのじゃっ‼︎」
「しかし、エステリックは盟主国…無碍にはできますまい…」
「仕方ない…一万の兵を五つに分けて、2000ずつ送れ。これで面目は保てる…どうせ、ラクスマンがドンと兵を出すじゃろう…。」
「かしこまりました。」
ガルディン公爵は考えていた…もし、エステリック軍がイェルマ攻略に失敗したら、エステリック王国は間違いなく根底から揺らぐ。ディラン伯爵には莫大な投資をしたものの、同じ泥舟に乗る訳にはいかない。オリヴィアとヴィオレッタは惜しいが、ここはむしろ…出兵を控えて、没落してゆくエステリック王国の代わりに盟主国の座を狙うのも手か…。
その頃、エビータとベロニカはティアーク王国の城下町にいた。もちろん、偵察のためである。二人とも冒険者ギルドと傭兵ギルドのメンバー票を持っていたので侵入自体は容易だった。
二人は久しぶりに冒険者ギルドのギルド会館を訪ねた。
「おおっ…⁉︎ベロニカ、ベロニカじゃないかっ!…突然いなくなっちゃって、どこ行ってたんだよぉ〜〜っ‼︎」
それはカウンターでビールを飲んでいたヒラリーだった。
「いやぁ〜〜…こっちも色々と事情があってねぇ…あちこち飛び回ってたのよぉ〜〜。」
「うっ…エレーナ…さんも一緒か…」
「…どうも。」
以前ヒラリーはエビータに殺されそうになった事があって、エビータがちょっと苦手だ。
ヒラリーはすぐにレイチェルにこの事をギルマスのホーキズに伝えるように託け、三人は二階のギルマスの部屋に通された。
「やぁ、エレーナ、ベロニカ、久しぶりだな…イェルマは大変みたいだな。」
「そうなのよ、ギルマスゥ〜〜…それでさ、何か有力な情報とかない?例えばさ、ティアーク王国の兵隊が出兵するとかさ…」
「それって…イェルマへの遠征って事か?うぅ〜〜ん…詳しい情報はないな。その手の王宮内の情報収集なら、本来ならユーレンベルグ男爵の得意分野なのだが…男爵は今、屋敷で蟄居謹慎中で連絡を取ることもままならない。一緒に出たレイモンドもどうなったことやら…」
「えっ、男爵ってばそんなことになってたんだ⁉︎」
エビータが口を挟んだ。
「セレスティシア様からの『念話』によると、レイモンドは現在コッペリ村にいて、敵情の内偵をしているらしい。それよりも…私たちはイェルマにいるセレスティシア様と連携して、ティアークの援軍の足止めをせねばならない。」
「ええっ…たった二人でか?」
「いや、仲間は十四人いる。」
ヒラリーが言った。
「十四人でも少な過ぎるだろぉ〜〜っ!ギルマス、何とかさ…冒険者で加勢ができないかなぁ…?」
「いや、それは無理だ。ヴィオレッタが逃走した時は『手助け』だったが、援軍の足止めともなるとティアーク軍と正面切って『敵対』せねばならない…王国に弓を引くような事はできんよ。そんな事をしたら…冒険者ギルドの存立危機を招く。」
ベロニカが不安そうなヒラリーとホーキンズをよそに…
「でね…ギルマス。お米を売ってちょうだいよっ!」
「…え、何をいきなり…」
「もう、限界なのよぉ〜〜…今ね、酒断ちしてるのよ。せめて…ご飯はお腹一杯食べたいのぉ〜〜…!」
「俺に言われてもなぁ、在庫はないよ…極楽亭に行ってみな。」
「そかっ…極楽亭かっ!」
何の収穫もないままエビータとベロニカはギルド会館を出た。
ベロニカはエビータを無理やり引っ張って、向かいの極楽亭に入って行った。なぜかヒラリーも着いて行った。
三人を見たヘクターが言った。
「いらっしゃい…おや、ベロニカ?…そっちは確か、エレーナさん…ずっと顔を見てなかったなぁ。」
「そんなことはどぉ〜〜でもいい…お米ある?」
「…なくはないが…。」
「全部買うっ!売ってっ‼︎」
「いやいや、待ってくれ。最近じゃ、ご飯を気に入ってやって来る客もいるんだ。他を当たってくれ。」
「えええぇ〜〜…他がないからここに来てるんじゃん!…つれないわねぇ…。」
モップ掛けをしていたジョルジュがベロニカ…ではなくヒラリーのそばにやって来て、ゴニョゴニョと内緒話をした。
「師匠は最近ご機嫌斜めだから…あまり関わらない方がいいよ…」
「どしたの…?」
「…ルカ師匠の事が気になってるみたい。いっつも…戦争終わらんかなぁとか、早くイェルマに行きたいとか言ってるし…」
「…何で?…ルカってイェルマのランサーだろ、どうしてヘクターがルカを気にするんだ?」
「ここだけの話だけど…ヘクター師匠はルカ師匠と結婚したがってる。」
「…結婚って、二人が会ったのは一回きりだろう?…どうして結婚なんて流れに…あっ…‼︎」
ヒラリーはルカが妊娠している事を思い出した。もしかすると、その一回きりで…できちゃったのか⁉︎…それを知ったヘクターが猛烈にルカを意識してるのか⁉︎
ベロニカほどではないが意地の悪いヒラリーがヘクターに探りを入れた。
「うひひ…ヘクター、イェルマは今、大変らしいよぉ…」
「何だってっ⁉︎…どうしてヒラリーが知ってるんだ⁉︎どんな感じなんだ、教えてくれっ‼︎」
ヘクターはあっさりと食いついて来た。
「私に聞くよりもさ、ベロニカに聞いてみたらぁ〜〜?イェルマの事情は私より、ベロニカの方が詳しいからさ。」
「えっ…?」
ベロニカはピンと来た。
「おほぉ〜〜ほっほっほほほほっ‼︎何を隠そう…私もイェルメイドでしたぁ〜〜っ‼︎」
「ええええええぇ〜〜っ‼︎」
「実は…私はイェルマの連絡係で、常にイェルマと連絡を取っているのでしたぁ〜〜っ‼︎」
まぁ…ベロニカがイェルマのスパイだという事は、ヒラリーをはじめホーキンズやユーレンベルグ男爵も知っていて、今更隠す事でもない。それに、この仕事が終われば晴れて故郷のイェルマに帰れるのだ…後のことは知ったこっちゃない。
ヘクターはベロニカから何とかルカの情報を聞き出そうとして躍起になった。
「た…頼む、教えてくれっ!ルカは元気にしてるのか、お腹の赤ちゃんはどうなんだ?」
「んんん…お米食べたいなぁ。いっぱい欲しいなぁ…。」
「分かったっ!全部売ってやるから…教えてくれっ‼︎」
「…お友達価格でお願いします!」
「卸し値で売ってやるっ!…だから、早く教えろっ‼︎」
横で聞いているエビータは無言ではあったが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「ええとね、戦争が激化してるのは本当よ。でも、妊娠してるのなら安心…妊娠中の兵士は戦闘に参加しないって取り決めがあるから、ルカは大丈夫でしょ。北の一段目の槍手房でじっとしてるよ。まぁ、ルカの気性からして、戦闘に参加できなくて師範室で奉天戟をブンブン振り回してるかもねぇ。」
「そうか、イェルメイドが常識的な連中で安心した。手紙だと…もう、臨月のはずだしな。」
今度はヒラリーが食いついた。
「手紙…?ルカから手紙が来たのか…じゃ、やっぱりルカのお腹の子の親父は…ヘクターなんだ⁉︎やるときゃやるじゃんかぁ〜〜っ!」
「へへへ、ま…まぁな…。」
ヘクターの顔は真っ赤だった。
次の日の早朝、ティアーク城下町から2000の兵士と食糧を積んだ荷馬車が東門から出発した。




