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転がった先に、見つけたモノ

「恐ろしい話があるの」


「なんやろー?」



 ジミちゃんが神妙な顔をして言う。

 怖い話やろか?



「御姉ちゃん、いびきが凄いの」


「それは恐ろしいなー」



 怖い話やった!



「きっと脳に障害が出てるの」


「ボクサーがよくあるヤツやー」


「もう引退なの……」


「せやなー、ええ選手やったんやけど……」


「お前ら勝手な事ばかり言ってんじゃねぇぞ!?」


「怒ったのー」


「逃げるんやー」



 そしてウチらは御姉さんの部屋から外に出た。



「良い天気やな」


「快晴なの」



 昨日とは違って暖かい陽気に心が軽くなる。



「今日は御外で遊ぼか」


「遊ぶの!」


「何処行こー」



 アパート前の坂道を下っていく。

 坂道を下り終えると、左右に道が分かれている。



「あんまり遠くは駄目なの」


「大丈夫やでー、結構道知っとるんよー」


「そうなの?」


「んー、あっちに登ると神社があるしー。こっちに下ると眼鏡屋があるでー」



 ショッピングセンターがあったのもこっちの方だ。



「じゃあこっちにするの」



 ジミちゃんは下り坂の方を指差す。



「あれー? 眼鏡欲しいん?」


「違うの。神社は駄目なの」



 せやった、神社行くとボーっとするんやった。

 ジミちゃんもやけど、何でボーっとするんやろなー。

 ま、ええかな。



「ほなこっち行こかー」


「行くの」



 そしてウチらは下り坂を道なりに進んでいく。

 カーブを進むと景色が変わって、視界が開けた。



「海まで見えるなー」


「見えるの」


「行けるかなー」


「遠いの」



 海は見えるけれど、かすかに見える程度だ。

 歩いていくには遠い。



「でもウチ知ってんで、バスに乗ったらあっという間や」


「御金が無いの」


「安心しい! ウチ持ってんで!」



 ウチは五千円札を取り出すと広げて掲げた。



「凄いの、五千円なの!」


「せや。御兄さんがくれてん」





『何処かで迷った時でも御金があれば何とかなる』



 そう言って財布から御金を取り出した御兄さんの顔は。

 ちょっと引きつっていたなぁ。

 財布と会話もしてたし、ちょっと変やった。


 でも分かるで、五千円は大金やもんな。

 大事に使わせてもらおう!


 決意を新たに、御金の使い道を話し合おうと思った瞬間。



「あっ」



 風が吹いた。

 風が吹いたんや……。



「御金飛んで行ったの」


「ま、待つんやー!?」



 空を舞い、ウチらから逃げるように御金が飛んでいく。



「ちょいな!」


「惜しいの、後ちょっとなの」


「どやさ!」


「神回避なの!?」



 捕まえられそうだと思うと、瞬間に風が吹いて手をすり抜けていく。



「蚊ぁーみたいやー」


「バチンといくの!」



 ウチは両手を打ち合わせるように御札を捕まえようとする。

 バチンッ。


 開いた手の中には、何も無かった。

 再びするりと御札がすり抜けていく。



「やっぱり蚊やー。あいつら嫌いやー」


「ボウフラは環境保護の役に立ってるの!」


「もぉー、次こそはー」



 ウチは走って飛びつく。



「不死ちゃん危ないの!?」


「ほぇっ?」



 足が何かにぶつかった、痛い。

 ガードレールや。

 その先は……。



「崖なの!?」



 崖やー!



「ごろろろろっにゃーっ!?!?」


「転がり落ちていくの!? 不死ちゃーん!?」








 割と長めの崖をゴロゴロと転げ落ちていく、痛い。

 色々な感覚器官が割と早めに駄目になって、痛い。

 痛覚しかもう残っていない、痛い。


 でもウチ、慣れっこや!



「びゅっふぇ!?」



 地面に激突する衝撃で喉から声が噴き出る。

 ようやく崖下で止まった様だった。


 ここは何処なんやろ。

 視界がかすれて何も見えない。

 手足の感覚もない、曲がってるか千切れてしもたかも知れんね。

 正常な位置じゃないと中々治らんのよなー。


 もっと物理法則を無視して欲しいなー。

 こぉ、ビュンッ! って磁石みたいに手足が自分で飛んでくるとか!

 何か強そうや!!


 ……。

 んー、どないしょー。

 へるぷみーやー。

 喉も潰れて声が出ない。

 お手上げやね……。


 その内、視界が戻ってくる。

 今回は目ん玉飛び出てないもんなー。

 見えるようになると色々分かった。


 あかーん、首が曲がってもうてる。

 首が動かせないということは、曲がったまま壊れているってことやー。

 ウチは詳しいんやー。


 手足もまだ治る気配が無い、見えるのは崖になっていた壁。

 苔が生えた茶色や緑の壁だけだった。


 特に何もできることは無い。

 体のパーツが戻るまで気長に待つしかない。


 でもウチ、慣れっこや!


 ……。

 …………。


 それからどれだけの時間が経ったかは分からない。

 けど、一向に体が元に戻る気配はない。

 長い時は三日ぐらいかかったもんなー。


 昔を思い出す。

 地雷を踏んでバラバラになった時は辛かった……。

 思い出すのは痛かった記憶だけだ。


 でもウチ、慣れっこやから。


 大丈夫や。

 大丈夫なんや。

 ……。

 大丈夫なんや……。



「……ん」



 あれ、何か声が聞こえる。



「……不死ちゃーん!」



 間違いなく聞こえる。

 耳の再生は終わっている、確かにウチを呼んでいる。



「何処だー!? 不死ちゃーん」



 御兄さんが、……下弦くんがウチを呼んでいる。

 ウチを探している。



「……ひゅっ」



 声を出そうとしたけれど、空気の抜けていく音だけで。

 まだ再生していない。

 だけどそれでも。



「……ひゅーっぎゅーっ」



 叫ぶことが止められない。

 下弦くん、ここや。

 ウチを……。



「不死ちゃん!!」



 それは朝見たばかりなのに懐かしい顔で。



「……ひゅー」


「心配させるなよ」



 ウチを抱きしめてくれた。

 血まみれで、首も曲がってて、ボロボロのウチを。

 可笑しいな、腕の感覚は無かったはずやのに。


 凄く暖かい。



「そうだ首の位置を戻さないと」


「……くん」


「どう? 治りそう」


「……んくん」


「ん?」


「下弦くん!」


「はい!?」



 急な大声に驚いた下弦くんに。



「ありがとう」



 できるだけ優しい声で言った。



「当り前のことをしてるだけだよ」



 そう照れくさそうに言う下弦くん。

 でもウチは、その当り前がとっても嬉しかったから。



「取り合えず体を治そう」



 手足を元の位置に戻してくれる。

 すると直ぐに体が動くようになった。



「もう平気やー」


「良かった、ホント心配したんだよ」


「ごめんなー。でもウチ死なへんから、ちゃんと帰るでー」


「そんな状態のまま待ってられないよ」


「そっかー。うん、やっぱりありがとう」


「別にもう良いよ、無事で良かった」


「でもまだあんねん」


「え?」


「実は貰った五千円失くしてしもてん。ごめんなー、五千円は大金やもんなー」



 御金を取り出した時の引きつった顔が思い出される。

 謝っても許されないかも知れないけど。



「ちょ、ちょわ!?」



 下弦くんが急にウチを抱きしめた。



「ど、どしたん!? 怒ったん!?」


「違うよ」



 下弦くんの声は震えていた。



「前に言ったよね、不死ちゃんは馬鹿じゃないって」



 そう言ってくれた、嬉しかった記憶。



「撤回するよ、不死ちゃんは馬鹿だ」


「なんとー!?」


「不死ちゃんは馬鹿だよ……」



 その泣き声を聞いて。



「ごめんなー」



 謝ってばかりの御馬鹿なウチでも。

 下弦くん想いが痛いぐらいに伝わってきた。


 ドクンッと胸を打つ、心臓が早くなった気がした。

 あぁ、ウチは……。


 その先の言葉は、御馬鹿なウチは言葉にしないことにしたのだった。

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