76 魔王、計画を進める
分かってはいた。分かってはいたんだけど、皆の視線が……全く合わない。
これまでは、平民ごときと見下して睨んできていた者も、隙あらば蹴落とそうと嫌味を言っていた奴も、勉強だけは教えて欲しいとすり寄ってきていた者も、誰も俺に近寄ってこなくなった。
俺が視線を向けると、慌てて視線を逸らし俯いて避けていく。
特に、これまで俺に喧嘩を売っていた貴族部の男子は、俺の姿を見ただけで逃げていく。どんだけ気が弱いんだよ!
「あ、あの、えーっと、話し掛けてもいいかな? いえ、す、すみません! 話し掛けてもいいでしょうか?」
ホームルームが終わって、執行部の活動に行こうかと席を立ったら、特務部のホルヘンが青い顔をして震えながら話し掛けてきた。
隣には、同じ特務部のゲイルがニコニコしながら立っている。
クラスメートたちは、何が始まるのだろうかと遠巻きに視線を向ける。
「なに?」
「あの、クラス対抗戦のリーダー対決戦の時に、俺がま、負けたら、ミレッテさんと、ア、アコル君に謝る約束だったんで、あっ、すみません! 謝る約束でしたので、生意気なことを言ってすみませんでした。
俺が間違っていました。ミレッテさんをケガさせて、すす、すみませんでしたぁ!」
頭を直角よりも低く下げて、ホルヘンが今頃になって謝ってきた。
大事な仲間であるミレッテさんを、リーダー対決戦の直前でケガを負わせ、自分が二回戦に出場したにも拘らず、あっけなく俺に負けた。
でも、それは俺が汚い手を使ったからだとか、不正ではないと証明できなければ謝罪の必要はないと言い逃れていた。
「俺に謝罪はいらない。謝罪ならミレッテさんとラリエス君にしてよ。
ああ、明日にはイスデン先輩の停学が終わるけど、君やテッテルは、いつ平民の俺に鉄槌を下すの?
闇討ちはケガをするから勧めない。もう面倒だから、生意気だ、いつか痛い目に遭わせてやるって言ってたデミル領の皆さんは、全員でどうぞ。
ただし、俺は手加減が下手だから、腕とか足が無くなったらごめん」
俺は素っ気なく言って、ホルヘンの顔を見ることもない。
仲間を裏切るとか、故意にケガをさせるとか、そんな奴は信用できない。
ここで許して友人面されるのは御免だし、心から悪かったと思っているとも思えない。
まさか子爵家の子息である自分が頭を下げたのに、謝罪を受けないなんて思ってもいなかったのか、ホルヘンは絶句したまま茫然と立っているけど、俺は構わず席を立ってさっさと教室を出ていく。
俺が【覇王】として君臨するなら、ここは笑って許す場面かもしれない。
でも俺は【魔王】になると決めた。【魔王】は卑怯者の機嫌を取ったりしない。
「いいのかあれで?」って、後ろから追いついてきたラリエス君が訊く。
「ああ、その方がデミル領の奴等から仲間外れにされなくて済むさ」
俺はラリエス君に対しても、魔王らしく丁寧な言葉遣いを止めた。
俺が【覇王】として立った時、ラリエス君は俺を支える側を望む可能性が高いから、慣れるための下準備は必要だ。周囲の人間は嫌な顔をするかもしれないけど。
「なあアコル、あの【雷撃】の魔法陣は自分で考えたのか?」
「いいや、俺は託されただけだよ」
「託された?……あれは古代魔法陣だって噂があるけど、本当のところはどうなんだ? 私に教えるのは嫌か?」
この学院の学生の中で、俺を一番理解しようとしてくれているのはラリエス君だと思う。
初めての出会いから、お互い忘れられない出会い方だったし、ラリエス君は行方不明である俺を守ろうとしていた。
今なら分かるけど、ワイコリーム公爵家は、第七王子を探していたんだ。
それはどうやら今も続いているようで、「早く王子を、覇王様を見付けなければ……」って、この前ひとりで呟いていたから。
それにしても、何故誰も俺が行方不明の王子だと気付かないのだろう?
ブラックカード持ちで、魔力量も100を超えていて、変だと思っているはずなのに。
やっぱり、もう死んでるって思われてるのかな?
いや、もしかして、第七王子の存在を他の者は知らないのかもしれない。
「そんなに考え込むことだったのかアコル?」
急に黙った俺の顔を覗き込んで、ラリエス君は心配そうに訊ねる。
「あっ、ごめん。違うことを考えてた。
魔法陣の出所は、分かる人には分かると思うよ。俺だけが託された訳じゃないから。
ラリエス君が試したいなら、魔力量が100を超えたら教えるよ。
一緒に変異種やドラゴンを倒そう!」
「100?! う~ん、またアコルに置いていかれてる。俺はまだ90手前だ。
でも、アコルと一緒に特訓したら、100だって直ぐだな。私の目標は150を超えることだから」
相変わらず優等生で真面目な俺の将来の右腕は、頼もしいことを言ってくれる。
今日のお茶は何にしようかな……と執行部室の隣に在るミニキッチンで考えていたら、マギ領出身のチェルシーさんが声を掛けてきた。
「いつもアコル君にばかりお茶を淹れさせるのは申し訳ないわ」
「いいえ、もうこれは私の趣味というかライフワークの一部というか、俺にもこだわりがあるので、これからも俺が居る時は、厳選したお茶を淹れますよ」
俺は今日のお茶をハーブティーに決めて、茶葉をポットに入れながら話をする。
「ありがとう。ねえアコル君、私にも使える一般魔法と魔法陣攻撃を教えてくれない?
ほら、私の家って龍山の麓だから、できることは何でも挑戦したいの。
ここだけの話、5日前に龍山からビッグベアーの変異種が町まで下りてきて、多くの冒険者が犠牲になったみたい。今朝、実家から知らせがあったの」
「えっ! 町まで?」
予想していなかった訳じゃわけじゃないけど、この時期に町が襲われるとは思ってなかったから驚いてしまった。
……これは、のんびりしていられないな。春までに最低限戦えるようにしなくては。
「分かりました。本当に強くなりたい人には一般魔法を教え、魔力量が75を超えている人には魔法陣攻撃を教え、要望があれば講義の一環として時間を取ってもらい、特訓を開始しましょう」
前向きに頑張りたいという学生には、俺も全力で応えていきたい。だからにっこりと笑顔を向けて了解する。
「時間を取ってもらい?・・・お前は簡単に王族や学院長や教授を動かそうとするよな。本当にどこの【魔王】だよまったく」
偶然通り掛かった様子のトーマス王子が、俺を睨んでブツブツ文句を言う。
執行部顧問でもあるトーマス王子は、王族とは思えない気軽さでいつも俺に声を掛けてくる。明らかに特別扱いされてるって周囲は思っているだろうな。
「必要なことなんだから、先に学院長から話が出るべきだと思いますが?
トーマス王子が鍛える必要がないなと思うのなら、俺は希望者だけを指導します」
「お前は本当に可愛くないぞ!
私も学院長もどれだけ振り回されてると思ってるんだ。
こっちは【魔王】の希望を叶えようと寝る間を惜しんでいるのに、文句ばっかり言ってないで少しはこっちの事情も考慮しろ!」
トーマス王子はプリプリと怒りながら、平民には不敬罪も適用できないと文句を言う。
まあ、そうだよな。貴族だったら怖くて言えないか・・・良かった、平民で。
「でも、ビッグベアーの変異種が、龍山から下りて町を襲ったそうです。……もう、ゆっくりしている時間はないと思いますよ。
春になったら確実に、森や高い山の周辺の町や村は大惨事になります」
チェルシーさんからもトーマス王子に状況を説明してもらい、のんびりしていられなくなった現実を突き付ける。
「は~っ、人材不足をしみじみと感じる。王宮の許可や了承を得るのに時間が必要なんだ。
ほら、妖精契約のための講義の許可が下りたぞ。私だってレイム公爵だって、大至急で書類を回しているんだ!」
トーマス王子は疲れた顔をして、俺が提出していた【妖精との契約に係わる提案書】を俺に手渡し、俺の要望が通ったことを教えてくれる。
これで基本構想を前に進めることができる。
妖精と契約できたら、魔獣討伐担当と医療担当に分かれて、それぞれの分野で実践的に活動が開始できる。特に、医療系の人材確保は急務だ。
「ありがとうございますトーマス王子。いつもご尽力いただき感謝しています。今日は特別なお茶をサービスしましょう」
俺は軽く頭を下げてトーマス王子に礼を言う。たまには労うことも必要だよな。
貴族なら臣下として礼をとるところだけど、俺は平民だからお茶にしておこう。特別に甘い薬茶をサービスするくらいでいいか。
というやり取りがあった三日後、学院長・トーマス王子・マキアート教授(副学院長兼務)・執行部が協議して決定した、新しい講義内容や変更事項や【王立高学院特別部隊】の発表が行われた。
◆ 特別講義科目 《妖精との契約・医療資格取得》 ◆
① 光適性を持つ者は、妖精と契約できる可能性があるので、妖精との契約を学ぶことができる。
(妖精との契約が成功した場合、王立高学院が契約者を保護する)
② 光適性と命の適性の両方を持っている者は、妖精との契約後、医療(医師・薬師)コースの受講ができる。
(医療コースを受講すると、授業料又は二人部屋までの寮費が免除される)
③ 命の適性を持っている者は、薬師助手として薬師コースの講義を受けることができる。
(薬師補助コースを受講すると、二人部屋までの寮費が全額免除される)
◆ 王立高学院特別部隊 ◆
① 一般魔術師の講義を受け、冒険者ランクがCBに上がった者は、トーマス王子が率いる【王立高学院特別部隊】に入ることができる。
(王立高学院特別部隊に入った者は、寮費が免除される。但し特別個室は半額とする)
② B級一般魔術師を取得し【王立高学院特別部隊】に入った者は、卒業後も【王立高学院特別部隊】で働くことができる。(軍や魔法省には所属しない)
仕事内容は、魔獣の討伐・学生の指導・住民の救済活動での指揮など。
③【王立高学院特別部隊】に入った学生は、実習訓練として5日以上の魔獣討伐を行う。
④【王立高学院特別部隊】は、コルランドル王国最強の魔獣討伐部隊を目指すものであり、冒険者と協力し、国民の命と財産を守るために戦う、栄誉ある最強の剣であり盾であり戦士である。
《 注意事項 》
光適性がある者でも、適性試験で妖精が適性アリと認めない者は、特別講義を受けることができない。
● 適性試験 12月15日 ● 講義開始 12月16日
あっという間に、適性試験の12月15日がやってきた。
全校生徒330人中、光適性を持っていた学生は52人もいた。
王族や領主、伯爵家以上の貴族が多いのは予想通りだったが、中には男爵・騎士爵、そして1名だけ平民も光適性を持っていた。
平民でも魔法適性は、必ず二つは持っており、爵位が高いほど適性の数が多いのが普通で、光適性を持っている者は、全員が三つ以上の適性持ちだった。
在学生の中で最も多くの魔法適性を持っているのは、ワイコリーム公爵家のラリエス君が六つで、ルフナ王子や他の領主の子供が五つだった。
俺は知らなかったが、全適性持ちが発見された記録が残っているのは125年前で、マキアート教授によると、俺が全適性持ちであることは王様にも秘密にされているらしく、当然学院内でもごく数人しか知らされていない。
学院長は、俺の本当の親が誰なのか判明するまで、公表しないと言っている。
「適性試験を受ける学生は、3年生から順番に名前を呼びますので、名前を呼ばれた方だけ新聞部のサロンへお入りください。試験官は学院長で、書記として1年のアコル君がいます」
本日も、美しい声を響かせているのは、新聞部編集長であり執行部のノエル様である。
適性試験を仕切っているのは執行部で、新聞部のサロンの前で受付係りをしているのは、サナへ侯爵家のトゥーリス先輩だ。
放課後、図書室に集まった光適性持ちの学生たちは、緊張した面持ちで名前を呼ばれるのを待っている。
もしも妖精と契約できれば、将来を約束されたも同然だから、下位貴族出身の学生は、祈るように……いや本当に適性ありと認められるよう祈っていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




