77 魔王、教壇に立つ
◇◇ 魔法部 ソレイネ ◇◇
私は魔法学の基礎を教えている、国家認定A級作業魔法師で講師のソレイネ38歳。
結婚している男爵夫人だけど、子供が独立したから独身時代に働いていた高学院で、昨年から講師をしています。
女性でA級作業魔法師の資格を持っている者は少なく、王都に住んでいて働ける女性はもっと少ないから、マキアート教授に是非にと頼まれたの。
忘れ掛けていたけれど、私は幸運なことに光適性持ちだったの。
これまで光適性は、持っていても使える場面がほとんどなく、外れ適性とも言われていたけれど、嬉しさのあまりご先祖様に跪いて感謝しちゃった。
昨日の適性試験で、妖精との契約ができる可能性ありと合格した学生は42人中35人で、教員や職員は7人中6人が合格できたみたい。
適性試験に落ちた者は、学院長の契約妖精のオペラ様が拒絶した者で、主にヘイズ侯爵派の学生や教授だったらしいわ。
でも魔法部の女子の話では、普段から商学部のアコル君に敵意や悪意を持っている学生や教師たちが、落とされていたと言っていたわね。
昨日の適性試験では、殆どの者が学院長が妖精と契約していたことを知らなかったから、オペラ様の姿を見ただけで、半数以上が感動して言葉を失ったり、跪いたりしていたと聞いた。その気持ちは痛いほど分かるわ。
妖精と出会える機会なんてこれまで皆無だったし、妖精は幸運をもたらすと言われており、選ばれし者だけしか出会うことも契約することもできない存在。
子供の頃に読む絵本には必ず妖精が出てきて、人々を助ける神の使いだと書いてあった。
……神の使い様との出会いに、私は感動し思わず涙を流してしまったわ。
全員が妖精を見たことがなかったし、皆、妖精と契約できるなんて、夢にも思っていなかったから、適性アリと言われた者は、本当に嬉しそうだった。
特に【王立高学院特別部隊】に入ることを希望している学生は、覇王伝説で語られているような、妖精と一緒に魔獣を倒すことを夢見て、懸命にオペラ様にアピールしたみたい。
まあ、妖精と契約できれば、軍や魔法省に就職して使い殺される可能性がなくなり、高学院が保護してくれると決まっているので殊更ですわね。
迎えた妖精学講座初日、選ばれた学生は、医療コースがリーマス王子を含む3人と、全ての学部生が32人の合計35人。
そして講師2人(トーマス王子・わたし魔法部のソレイネ)、教授4人(外科医モスナート・内科医デイライト・薬師リコッティー・魔法部カルタック)を合わせた教師の数は6人。
妖精学講座の受講者は合計41人。
指定されたのは教室ではなく図書館で、41人は講師の到着を待っていた。
午後の講義は2時限だけど、妖精学講座は午後の講義時間を全て使って行われるみたい。
講義場所が何故図書館なのかというと、図書館内では魔法が使えないかららしいわ。
妖精を攻撃したり、無理やり使役しよう等と考える馬鹿者が居ないとも限らないし、大きなテーブルがたくさん設置してあるから、グループ分けするのにも便利なのだと、先程執行部のシルクーネさんが説明していた。
……それにしても、執行部のメンバーって凄いわね。偶然全員が光適性を持っていたなんて。あっ、でも商学部のアコル君の姿は見えないから、適性がなかったのかしら?
学生たちは、講師は王宮の魔法省で働く妖精使いの高官あたりか、学院長かもしれないと噂しながら、講義の開始をワクワクしながら待っている。
私だって教師の顔をして座っているけど、内心は踊りだしそうなくらいだわ。
予想通り、ドアを開けて入って来た講師は学院長だった。
でも、何故か噂のSランク冒険者でもあるアコル君が一緒だわ。
全員が起立し、講義を行う講師というか学院長に礼を取ろうとしたら、何故か学院長は、薬師コースの学生であるリーマス王子の隣に座られた。
……あら、どういうことかしら?
「それではこれより、妖精学講座を開講します。講師はSランク冒険者である、私、アコル・ドバインです。
学生の身ではありますが、恐らく国内で一番妖精についての知識があると思うので、この大役を引き受けました」
いつものように美しく整った顔で微笑むアコル君は、とても最年少とは思えない余裕の態度で教壇の上から挨拶をしました。
当然のように「ええぇーっ!」と驚いたのは学生ばかりではなく、教師たちも私も同じです。
よく見ると、執行部や王族の皆さんは、軽く笑ってアコル君を見ています。どうやらご存じだったようです。
……それにしても、国内で一番妖精について知識があるって、どこで学んだのかしら? 噂で聞いた王立図書館? 頭脳明晰で魔法も常識外、その上、妖精まで? アコル君って、絶対に平民じゃないわよね。
「講義を始める前に、俺の大切なパートナーを紹介します。エクレア」と、アコル君は女性の名前を呼びました。
すると、アコル君の肩の上に、信じられないくらいに可愛い女の子の妖精が、スーッと姿を現しました。
……なんですかあれは! 虹色の美しい羽根を広げて、思わず手を合わせたくなるくらいに神々しくて美しい、いえ愛らしいお顔とお姿は!
神ですか? 天使ですか? ああぁぁぁ……落ち着きなさいソレイネ。落ち着くのよ!
この場に居る全員が、その可愛らしいお姿に、思わず「キャー!」とか「ああぁぁ……」とか「信じられない!」と感嘆の声を上げています。
学院長のオペラ様も可愛らしいけれど、目の前のエクレア様は、体全体が光り輝いているのよ。なんていうか、同じ妖精でも格の違いを感じてしまう。
「俺がエクレアと出会ったのは3年前。俺はたくさんのことをエクレアから教えてもらいました」
そこからアコル君が語りだしたのは、エクレア様と契約した経緯や、妖精と人間の関係、そして妖精と契約したことでできるようになったこと、自分の適性との相性や、魔力量についての話でした。
私が一番驚いたのは、妖精と契約する方法です。
アコル君は、王立図書館で妖精について調べて、それを実践したと言ったのです。
なんて勉強家なのでしょう。というか、きっと普通の子供は、王立図書館にどんな本があるのかも知らないと思います。
「実はこの学院には、エクレアと学院長のオペラ以外にも、数人の妖精が住んでいます。
ですから、皆さんは自分の得意なことを頑張ったり、花や薬草を育てたりしながら、もしかしたら近くに妖精がいるかもしれないと、意識しながら生活してみてください。
妖精が気に入ってくれたら、何か合図をだしてくれると思います」
「ええぇーっ! この学院に他にも妖精が!?」って、全員が歓喜の声を上げ、胸の前で手を組んだり、立ち上がったりしています。
……ええ、ええ、気持は分かるわ。
「では、俺の助言を基に、実際にオペラと契約した学院長に、体験談を語っていただきましょう」とアコル君はにっこりと笑い、学院長を指名しました。
そこからは、学院長のオペラくん愛が止まりませんでした。
私の学院長に対するイメージが、大きく変わったような気がします。
あのデレデレで幸せそうな学院長の顔を見ると、私も早く妖精さんと契約したくなりました。
私と同じ適性持ちの妖精さんが学院に居てくれることを願います。
学院長の体験談が終わると、アコル君は光適性だけ持っている者と、光適性と命の適性の両方を持っている者を分けました。
その上で、光適性だけを持っている者を、他の適性の数や種類毎に同じ机に座るようグループ分けをしました。
私のグループは光と火と風の適性持ちで、人数は4人、思っていたより少ない人数でした。
高位貴族は4つ以上の適性を持っていたりするので、グループ分けしてみると、意外と多くのグループができました。
「光と命(緑)の適性持ちのグループは、少しでも早く妖精と契約できるよう、これからは【医療コース】に所属していただき、大至急花壇を作り、薬草の栽培を始めてください。
このグループの責任者はリーマス王子にお願いします」
アコル君はグループリーダーにリーマス王子を指名すると、事前に打ち合わせがしてあったのか、リーマス王子が手を挙げ全員を連れて図書室を出ていきました。
……自称平民のアコル君・・・簡単に王族を指名して働かせるのね。
これが貴族だったら、恐れ多いと言うか怖くて、とても王族に仕事は振れないんだけれど・・・
私のグループのリーダーになったのは、マキアート教授の研究室に所属している3年のボンテンク君(執行部・レイム領の伯爵家)、同じくマキアート教授の研究室に所属している3年シルクーネさん(執行部・ワイコリーム領の伯爵家)と、その弟で商学部1年のラノーブ君が同じグループメンバーだった。
「シルクーネさんは魔法部だけど、弟さんは商学部なの?」
「はいソレイネ先生。弟は魔力量が少なくて、領地経営のために商学部を選びました」
「姉さん、余計なことを! 私は次男ですから自由に生きるんです。魔力量とは関係ありません!」
……あらあら、姉弟喧嘩が始まってしまったわ。
「ラノーブ君、仮に君の魔力量を45としよう。
でも、もしも魔力量が60ある妖精と契約できたら、君は魔力量を一気に60まで上げることができる。
最低でも、契約妖精は君と同じ魔力量まで魔力を貸してくれるから、攻撃魔法は90~120まで使えると思う。
逆もある。魔力量が40の妖精が居たら、君の魔力を分けることで、妖精の魔力量は45になれる。
そして、君が努力して魔力量を増やせば、契約妖精の魔力量も増える」
少し大きな声で喧嘩を始めたせいで、皆の注目を集めていたら、アコル君がやってきて、とんでもない爆弾発言をしたから、本日何度目かの「ええぇーっ!」という驚きの声があがったわ。
私も今回は一緒に叫んでしまったのだけど・・・
「それじゃあ君がリーダー対決戦で放った攻撃も、妖精の力を借りたのか?」
驚いたというより疑るような視線をアコル君に向けて、ラノーブ君が質問しました。
「いいえ、Sランク冒険者であるアコルに魔力を貸す時は、アコルの魔力が半分以下に減った時くらいだわ。
妖精はね、自分と契約した人間の魔力残量がだいたい分かるの。減ってないのに魔力を貸したりしないわ。
それにアナタは、真面目に魔法の訓練をしたら、80くらいまで伸びるわよ。
だから、妖精と契約するなら、もっと魔力を伸ばしてからにする方がいいわ」
エクレア様、いえ、エクレアちゃんがラノーブ君の目の前に現れて、ふわりふわりと優雅に飛びながら、ラノーブ君にアドバイスを。
「えっ、80? 伯爵家の落ちこぼれと言われた俺が、魔力をそんなに増やせるのか?」
まさか妖精のエクレアちゃんが直接話し掛けてくるとは思わなかったようで、ラノーブ君は信じられないという表情で、エクレアちゃんに問い返します。
「もしもアナタがアコルと同じように、龍山でたくさん魔獣を討伐したら、90だって夢じゃないわ。
アナタには、努力と意欲が足らない。
しっかり魔法攻撃を上達させれば、魔法師にだってなれるはず。
妖精はね、素直な心で頑張る人間を応援したくなるの」
エクレアちゃんはそう言うと、フフフと笑ってラノーブ君の顔の周りをクルリと一周します。
するとラノーブ君、涙を流して号泣し始めちゃった。
伯爵家に生まれたのに魔力量が少なくて、商学部に入学するしかなかったんでしょう。
だから、頑張れば魔法師になれると妖精であるエクレアちゃんに言ってもらって、とても嬉しかったんだわ。
よく見ると、他にも同じように涙ぐんでいる、貴族部や商学部の学生の姿が。
……さすがアコル君の契約妖精だわ。いえ、契約妖精がエクレアちゃんだから、アコル君が人並外れた天才なのかしら?
私だって努力すれば、まだ魔力量が増えるかもしれないわ。
それに、もしも妖精との契約できたら、伝説の古代魔法陣を使えるかもしれない。
ふと見ると、同じ魔法部のカルタック教授が、両拳をプルプルさせ感動で打ち震えているわ。
きっと私と同じことを考えているのね。
アコル君との魔法陣対決で負けてから、カルタック教授はいい意味で人が変わったみたいで、以前より前向きに古代魔法陣の研究に力を入れ始めたし、アコル君を敵視するような発言もなくなった。
やっぱり、あの伝承の魔法陣を見せられたら、研究者は他のことなんか考えられなくなるでしょうね。
マキアート教授もカルタック教授と一緒になって、アコル君から課題を貰っていたし。
……アコル君って、本当に何者なのかしら? 伝承の魔法陣を使えるんだから、もしかして【覇王】様だったりして・・・まさかね・・・?
あと三日で冬休みに突入するけど、つい先日、ルフナ王子が女の子の妖精と契約し、【アラビカ】ちゃんって命名して大騒ぎになった。
そして今朝、少し早く起きて学院に出勤してきた私は、なんと可愛い男の子の妖精さんから話し掛けられたの。
毎日の日課である朝の散歩がてら、「妖精さんに会いたいな」って言いながら、いつものように学院のゴミ拾いをしていたら、「いつもご苦労さまです」って。
《 ギ、ギャーッ!!! 》
「まずはお友達からでしょうか?」って震えながら訊ねたら、「どうしたい?」って訊き返されたから「ぜひぜひ契約してください!」とお願いしました。
……あぁぁーっ! でも何も差し上げるものがないわ・・・
「あっ、こ、これをどうぞ。クッキーくんって呼んでもいいですかぁ」って大きな声で叫んで、昨日焼いたクッキーを差し出しました。
「うん、僕はクッキーが大好きだよ。ソレイネが時々休憩時間に食べてるのを見て、いつも美味しそうだなぁって・・・はい、これ、赤い石は契約の印だよ」
……ああ、ここで嬉しさのあまり倒れるのはダメよね。頑張って踏ん張らなきゃ!
私の適性と同じ、光の黄色・火の赤色・風の藍色の三色の美しい羽根をパタパタ可愛く羽ばたかせ、やっぱり三色の花柄の服を着た可愛すぎるクッキーくんが、小さな手から真っ赤な石を渡してくれました。
し・あ・わ・せー!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
仕事の関係で、次の更新は遅れるかもしれません。




