第6話:雨の日の野営と、爆発するスープ
冷たい秋の長雨が、森の輪郭をぼやけさせていた。
街道沿いの岩穴で雨宿りをしていると、ずぶ濡れになった若い三人組の冒険者が転がり込んできた。
「くそっ、ツイてないぜ。こんな土砂降りじゃ、火も起こせない!」
「おい、俺たち三日も温かいもん食ってないんだぞ。干し肉もカチカチで嚙み切れねえよ」
「仕方ない……アレを使うか」
リーダー格の青年が、防水袋の中から慎重に取り出したのは、真っ赤に毒々しく脈打つ木の実――『爆炎果』だった。
わずかな魔力を流すだけで瞬間的に高熱を発する、本来は魔物避けの閃光玉として使う危険な代物だ。
「これを見ろ。こいつを鍋の下に置いて魔力を流せば、一瞬でお湯が沸くはずだ。雨だろうが関係ないぜ!」
得意げに笑う青年。仲間たちも「頭いいな!」と歓声を上げ、石で組んだ竈の上に鍋をセットし始めた。
その光景と、真っ赤な木の実を見た瞬間。
私の背筋に、冷たい雨とは全く違う、ゾッとするような悪寒が走った。
「……やめろ」
私は岩穴の奥から立ち上がり、足早に彼らの元へ歩み寄った。
「えっ? な、なんだアンタ……」
「今すぐその鍋から離れろ。そしてその実をしまえ」
「はあ? なんだよ急に。俺たちはただ、手っ取り早く温かいスープを……」
「手っ取り早くスープを温めようとした結果、爆炎果が耐えきれずに破裂。大事な鍋は中身をぶちまけて宙を舞い、飛び散った高熱のスープと灰を全身に浴びて三日間まともに目も開けられず、おまけに焦げた匂いにつられて沼トロールが三匹も寄ってくる……という最悪の夜を過ごしたいなら、止めはしないが」
私が一息にまくしたてると、青年たちはポカンと口を開けて固まった。
――無理もない。これは、私がかつて体験した『地獄』の完全なトレースなのだから。
あれは、アルトとの旅が始まって半年ほど経った、今日と同じような土砂降りの夜だった。
『ルミナ、いいか。旅の極意ってのは「いかに楽をするか」だ。湿った薪に火をつけるなんてのは、素人のやることだぜ』
ずぶ濡れで機嫌の悪かったアルトは、そう言って得意げに『爆炎果』を取り出した。私が止める間もなく、彼はそれを鍋の下に放り込み、魔力を流したのだ。
『な? これなら一瞬で……』
ドォォォンッ!!
轟音と共に、鍋は宙を舞った。
悲鳴を上げる間もなく、煮えかけの熱いスープと、爆発で巻き上げられた大量の泥と灰が、私たちに降り注いだ。
『ア、アルトさぁぁんッ!?』
『……っはは。いやあ、ちょっと魔力効率が良すぎたな。理論上は完璧だったんだが』
顔面を真っ黒に煤けさせ、アフロヘアーのように髪を爆発させたアルトが、引きつった笑いを浮かべていた。
大事な夕食を吹き飛ばされた怒りと情けなさで、私が泣きながら彼をポカポカと殴ったのは言うまでもない。その直後にトロールまで現れて、ずぶ濡れのまま夜通し森を逃げ回る羽目になったのだ。
「……理論上は完璧でも、あれは瞬間的な熱に特化しすぎている。火力の調整も利かない。旅の知恵ってのは、横着するためのものじゃないんだ」
私が重々しい声で告げると、青年はゴクリと生唾を飲み込み、そっと爆炎果を袋に戻した。
「じゃ、じゃあ……俺たち、どうすれば……。もう冷たい干し肉は嫌だ……」
絶望する若者たちに、私は小さくため息をつき、自分のリュックを下ろした。
「……貸してみろ」
私は彼らの集めてきた湿った薪の中から、比較的太いものを数本選び出した。そして手持ちのナイフで、湿った外側の樹皮を削り落とし、内側の乾いた木質部を薄く羽のように削り出していく。
『フェザースティック』――雨の日でも確実に火を起こすための、地道で泥臭いテクニックだ。
そこに、持参していた松脂を少しだけ塗りつけ、火打石を打ち鳴らす。
チッ、という音と共に飛んだ火花が松脂に移り、やがて削り出した木屑へと燃え広がっていった。
「す、すげえ……! 雨の湿気の中で、一発で火が……!」
「横着をすれば、手痛いしっぺ返しを食らう。だが、急がば回れで正しい手順を踏めば、どんな雨の日でも火は熾せる」
パチパチと安定して燃え始めた焚き火の上に、私は自分の『黒く煤けた片手鍋』を置いた。
あの爆発で遥か頭上まで吹き飛び、泥だらけになって落下してきたというのに、傷ひとつ、凹みひとつできなかった底の厚い頑丈な鍋だ。
アルトが『ほら、これだけ頑丈なら一生モンだぜ!』と懲りずに笑って拾い上げたそれは、その後ずっと私たちが旅の相棒として使い続けてきたものだった。
「ほら、お前たちのカチカチの干し肉を出せ。一緒に煮込んでやる」
私がそう言うと、青年たちはパァッと顔を輝かせた。
鍋から立ち上る湯気を見つめながら、私はふと、どこかの空の下にいるであろうあの男のことを思う。
――アルト、あんた今頃、また変な横着をして鍋を吹き飛ばしてないだろうな。
呆れと、少しだけの懐かしさを込めて小さく笑うと、私は鍋の中身をゆっくりと木べらで混ぜた。




