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第51話:地下牢の懺悔と、駆け出しの火加減


 帝都の地下深く――太陽の光など一度も届いたことがないであろう、冷たく湿った石造りの牢獄。

 私たちは分厚い鉄のかせをはめられ、窓一つない暗闇の中に放り込まれていた。

 ポツン、ポツンと、壁の隙間から地下水が滴る音だけが鼓膜を打つ。手首に食い込む鉄の冷たさが、この帝都の裏側に巣食う『伏魔殿』の底知れぬ悪意を物語っていた。

「……すまねえ、アネさん。俺のせいで、こんな所に巻き込んじまって」

 向かいの壁に寄りかかっていたゲイルが、ぽつりと呟いた。

「気にするな。暗くて狭い場所は、野営で慣れている。……お前こそ、随分と大人しく縛についたな。以前のお前なら『俺は勇者だぞ!』と喚き散らしていただろうに」

「……もう、勇者を名乗る資格なんてねえよ。俺はただの、大人の都合で踊らされた馬鹿だ」

 ゲイルは自嘲気味に笑い、枷をはめられた両手を見つめた。

「俺の故郷は、南の果てにある小さな開拓村でね。土地が痩せてて、作物はろくに育たない。俺も妹たちも、いつも泥水すすって腹を空かせてるような貧しい村だった。……そんなある日、帝都の教会から偉そうな神官たちがやってきて、お告げを下したんだ。『お前の村のゲイルが、魔を払う東の勇者に選ばれた』ってな」

 彼はゆっくりと、今まで誰にも語らなかった己の過去を口にし始めた。

「村の連中は泣いて喜んだよ。これで村の暮らしも楽になる、帝都から莫大な援助がもらえるって。……俺も嬉しかった。国から支給されたピカピカの白銀の鎧と大剣をもらって、これで『故郷に錦を飾れる』って本気で思った。お腹を空かせた家族に、腹いっぱい美味い飯を食わせてやれるんだって」

「……なるほどな。お前のあの性急な正義感の正体は、それか」

「ああ。早く手柄を立てて、魔物をバンバン倒せば、帝都の偉い人たちが村に金と食料を送ってくれる。だから、周りの被害なんて見えてなかった。とにかく早く、派手に結果を出さなきゃって……完全に、偉い奴らに都合の良いように踊らされてたんだ。正義なんかじゃない、ただの焦りさ」

 家族に腹いっぱい飯を食わせたい。故郷を豊かにしたい。

 根底にあったのは、そんな純朴で切実な願いだった。だが、その背負い込んだ過剰な期待と焦りこそが、伏魔殿の連中にとって最高に扱いやすい「無知な鉄砲玉」の条件だったのだ。

 私は冷たい石の床に座ったまま、静かに息を吐いた。

 暗闇の中で、かつての自分の姿がゲイルに重なって見えたからだ。

「……お前の気持ちは、痛いほどよく分かるよ、ゲイル」

「え……?」

「私も、十六歳でいきなり聖剣を握らされて、故郷の村を追い出されるように旅に出た。背負わされたのは『魔王討伐』という、世界中の人間の期待だ。……あの頃の私は、立ち止まることが罪だと思っていた。早く結果を出さなきゃいけない。早く強くなって、早く魔王を倒さなければ、見捨てられるんじゃないかって。寝る間も惜しんで、泥まみれで、血を吐くように前だけを見て進んでいた」

 私の言葉に、ゲイルは息を呑んで耳を傾けていた。

 あの絵本のように完璧に見える「本物の勇者」にも、自分と同じような無知でみっともない焦燥の時期があったという事実に、驚いているようだった。

「結果だけを求めて、自分の体も、周りのことも何も見えていなかった私を……無理やり立ち止まらせたのが、あの黒片手鍋を打ち直してくれた無精髭の師匠だった」

 アルトの呆れたような顔が脳裏に浮かぶ。

「師匠は、ボロボロだった私に『まずは飯を食え』と言った。そして、火の起こし方と、飯の炊き方を教え込まれた。……焦って強火にすれば、表面だけが焦げて中は生焼けになる。時間をかけてじっくり火を通さなければ、本当に美味いものはできないんだってな」

 私は鎖の鳴る音を響かせながら立ち上がり、暗闇の中でゲイルを見下ろした。

「ゲイル。家族に美味い飯を食わせたいって動機は、悪を憎むだけの薄っぺらい正義より、よっぽど信用できるさ」

「アネさん……」

「お前はただ、故郷を想うあまりに焦って『火加減』を間違えただけだ。料理も、勇者の仕事も同じだ。失敗して生焼けになったなら、これから時間をかけてじっくりと煮込み直せばいい。お前の泥臭い『尻拭い』の旅は、ここから始まるんだ。……こんなカビ臭い地下牢で終わらせてやるつもりはないぞ」

 ゲイルの瞳に、再び微かな、しかし確かな光が宿った。

 彼が何かを言いかけた、その時だ。

 ガチャンッ!

 重い鉄格子が乱暴に開き、松明たいまつを持った近衛兵たちが雪崩れ込んできた。

「そこまでだ、大罪人ども! 処刑の準備が整った。帝と巫女殿の御前へ引き立てい!」

 乱暴に腕を掴まれ、私たちは地下牢から引き摺り出された。

 眩しい陽光が降り注ぐ、帝都の中央処刑場。

 そこには、私たちの公開処刑を一目見ようと集まった群衆と、一段高い壇上で御簾みす越しに見下ろす若き『帝』や『巫女』、そして勝利を確信して下卑た笑みを浮かべる伏魔殿の役人たちが待ち構えていた。

「さあ、ひざまずけ! 魔王の手先どもめ!」

 冷たい石畳の上に引き据えられ、巨大な斧を持った処刑人が私たちの背後に立つ。

 絶体絶命の窮地。

 だが、私の心は不思議と凪いでいた。処刑人の斧を見上げるゲイルの顔にも、もはや怯えはない。

 さあ、来い。

 私は極東の青い空を見上げながら、その『時』が来るのを静かに待っていた。

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