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第17話 凍える新米勇者と、受け継がれる毛皮


 銀月峠へと続く雪道は、一歩踏み出すたびに膝まで雪に埋まる過酷なものだった。

 私とジンが、防寒具に身を包んで黙々と雪を掻き分けていると、猛吹雪の向こう側に、不自然にキラキラと光る『銀色』が見えた。

「……おい姉ちゃん、あんなとこに行き倒れがおるで」

 ジンが指差した先。雪だまりの中で、一人の少年がうずくまっていた。

 年齢は十五、六だろうか。驚くべきことに彼は、この極寒の雪山に、防寒具ではなく『白銀の全身鎧』と、豪奢な装飾が施された『氷砕の槍』を装備して立ち入っていた。

 唇は紫色に変色し、ガチガチと激しく歯の根を鳴らしながら、それでも折れそうな腕で必死に槍を杖代わりにして立ち上がろうとしている。

「おい、しっかりしろ!」

 私が駆け寄り、雪熊の毛皮のコートで彼を包み込むと、少年は虚ろな目で私を見た。

「はな、して……。僕は、北の教会の……『今代の勇者』、ロルフ……。あの魔王の残滓は……僕が、討たなきゃ……。街の、みんなが……っ」

 凍りついた指で槍を握りしめ、悲痛な声でつぶやく少年――ロルフ。

 その悲壮感に満ちた横顔と、見栄えだけは立派だが全く寒さを凌げない白銀の鎧を見た瞬間。私の脳裏に、吹雪のように冷たい『過去の記憶』がフラッシュバックした。

 ――あれは、アルトとの旅が始まって最初の冬。

 魔王の軍勢が潜む雪山を越えようとした時のことだ。

『やめろアルト! こんな臭くて不格好なトロールの毛皮なんて、絶対に羽織らないぞ! 私は勇者だ、教会の神聖な鎧を隠すわけには……っ!』

 吹雪の中で凍えながらも、当時の私は「勇者としての見栄」と「使命感」から、頑なに防寒着を拒否していた。

 だが、次の瞬間、私の頭にアルトの容赦ない拳が落ちた。

『バカかお前は! 勇者の見栄で吹雪が止むか! 寒さってのはな、魔王よりタチが悪い。剣で斬れないし、防具をすり抜けて直接胃袋と命を冷やしにきやがるんだよ!』

 アルトは強引に私から白銀の鎧を引っぺがし、強烈な獣の匂いがする分厚い毛皮で私を簀巻きにした。

『プライドなんかで命を落として、誰が世界を救うんだ。いいかルミナ、一番不格好な毛皮を着て、一番熱いスープを腹に入れろ。生き延びた奴だけが、明日剣を振れるんだ』

 あの時、無理やり口にねじ込まれた、熱くて油っこいスープの味。

 それが凍りついていた私の五体を溶かし、同時に『勇者という呪い』から私を少しだけ解放してくれたのだ。

 ――視界が、現在に戻る。

 私の腕の中で凍え、使命感に押し潰されそうになっているこの少年は、かつての私そのものだった。

「……ジン。防風テントを張れ。親父さんからふんだくってきた薪を全部燃やせ」

「了解や。まったく、世話の焼ける勇者サマやで」

 ジンが手早く雪壁を作り、テントを張って火を起こす。

 私はロルフを火のそばに寝かせると、彼の見掛け倒しの白銀の鎧を容赦なく引っぺがした。

「あ……やめ、僕は、勇者なんだ……これを着てなきゃ……」

「黙れ。こんな冷え切った鉄板を着て雪山を歩くのは、自分から棺桶に入りに行くようなものだ」

 私は自分の雪熊の毛皮を彼に被せると、背中の『黒い片手鍋』を火にかけた。

 干し肉と、激辛スパイス、それに雪見町で買ってきた油をたっぷりと落とし、強火で一気に煮立てる。

「飲め。まずは胃袋から温めろ」

 私は熱々のスープが入った木組みの椀を、ロルフの震える手に無理やり握らせた。

「でも、僕は……弱くて、誰も護れなくて……。勇者なのに、こんなところで……っ」

 悔し涙をこぼすロルフ。

 私は彼の頭に、かつてアルトが私にしたように、ゴンッと軽く拳を落とした。

「痛っ……」

「弱いのはお前の心じゃない。お前の着ていた防具と、事前の準備だ」

 私は自分の分のスープを啜りながら、ロルフの目をまっすぐに見据えた。

「立派な鎧を着て死ぬより、不格好な毛皮を着て生き延びろ。生き延びた奴だけが、明日、誰かを護るために武器を振れる。……誰かの受け売りだが、真理だ」

 ロルフは目を見開き、それから両手でしっかりと椀を抱え込み、熱いスープを一気に流し込んだ。

 「かはっ……! 辛っ! な、なんですかこれ……っ」

「ただの干し肉のスープだ。だが、今の君にはどんなポーションより効くだろう?」

 咽せながらも、ロルフの顔色にみるみるうちに血の気が戻っていく。

 彼の中で冷え固まっていた『勇者としての重圧』が、熱いスープとスパイスによって少しずつ溶かされていくのが分かった。

「……アンタは、一体……」

「私はルミナ。君の少し『先輩』にあたる、ただの旅人だ」

 私は立ち上がり、炎で温めておいた自分の使い込まれた革鎧のベルトを締めた。

「ロルフ。あの魔王の残滓、私一人でぶっ壊してもいいが……君の街の獲物だ。君の手でケリをつけたいか?」

 その言葉に、ロルフは顔を上げた。

 彼の瞳の奥に、使命感からくる悲壮な光ではなく、確かな『生への執着』と『勇気』が宿ったのが見えた。

「……はい! 僕に、戦わせてください!」

「よし。なら、私の言う通りに動け。勇者の見栄なんか捨てて、泥臭く、物理的にあの氷を溶かしてやるぞ」

 テントの外では、猛吹雪がゴーゴーと音を立てていた。

 だが、私と、胡散臭い商人と、不格好な毛皮を着た新米勇者の三人の周りだけは、確かな熱に満ちていた。

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