鬼神の刃と、主君の背中
ルナの「吸血鬼の貴族」という圧倒的な権力(と顔パス)により、鎖国状態だった東の国へあっさりと足を踏み入れたジンたち。
彼らが真っ先に向かったのは、ギルドで聞いた『凶悪な鬼が住み着き、魔族すらも皆殺しにしている』という噂の岩山だった。
「血の匂いがしますわね……それも、尋常じゃない量の」
ルナが鼻をヒクつかせる。岩山の中腹に辿り着いた三人が見たのは、無数に転がる上位魔族たちの死体の山だった。
そして、その死体の山の上に、一人の少女が腰を下ろしていた。
黒髪のポニーテールに、動きやすい和装。女でありながら、その身体は極限まで鍛え抜かれており、細身でありながら無駄な脂肪が一切ない、まさに戦うためだけの肉体美。
彼女――サクラは、血に濡れた愛刀の血振るいをしながら、ゆっくりと立ち上がった。
「……魔族の残党かと思えば、人間でござるか。いや、吸血鬼も混じっておるな」
「あなたが『鬼』ですの? 随分と小さくて可愛らしい鬼ですわね」
ルナが扇子で口元を隠して笑うと、サクラの鋭い瞳がスッと細められた。
『小さい』。それは、女として生まれたこと以上に、サクラが抱える最大のコンプレックスだった。どれほど鍛え抜こうとも、男のようなリーチや絶対的な膂力は手に入らない。
「……口の減らない吸血鬼でござるな。それがしは鬼ではない。死に損ないの、ただの侍だ」
サクラは刀の切先を三人に向けた。
「東の国の魔族は、それがしが粗方斬り捨ててしまった。もはやこの国に、それがしに『誉れある死』を与えてくれる強者はいない……お主ら、強いな? なれば、それがしと果し合いを所望する!」
死に場所を探す、文字通りの決死の覚悟。
言うが早いか、サクラは地面を爆発的に蹴り飛ばし、瞬きする間もなくルナの目の前へと肉薄した。
「遅いですわ! 『血の城壁』!」
ルナが即座に己の血で強固な魔法障壁を展開する。並大抵の物理攻撃など通さない絶対の盾。
しかし、サクラは止まらない。
「その程度の小細工……拙者の剣気の前では、紙切れと同義!!」
シュァァンッ!!
サクラの一閃が、ルナの血の障壁をガラスのようにあっさりと叩き割った。
「なっ……わたくしの魔法を、ただの剣術で切り裂きましたの!?」
驚愕するルナを庇うように、銀光が割って入る。シルバだ。
「下がれルナ! ――ハァッ!」
シルバの長剣と、サクラの刀が激突する。
リーチと体格では圧倒的にシルバが有利。しかし、サクラは己の低身長を逆手に取り、シルバの剣を紙一重で躱しながら、その懐へとスルリと潜り込んだ。
「……もらった」
サクラの刀が、シルバの急所を下から跳ね上げるように狙う。
防御も回避も捨てた、完全なる『相打ち』前提の、命を捨てた特攻。
(この女……っ、最初から死ぬ気で!?)
シルバが舌打ちをし、相打ちを覚悟した――その瞬間だった。
「お前の命、そんなに安売りしてんじゃねえよ!!」
怒鳴り声と共に、ジンが二人の間に割って入った。
ジンは自身に『極・士気高揚』をかけ、常人離れした動体視力と反射神経で、サクラの必殺の刃を真正面から見据える。
そして、空中に『極厚の刃を持った大剣』を召喚すると、それを盾にするのではなく、なんとサクラの刀の横っ腹を強烈に叩き斬るようにぶつけたのだ。
ガァァァンッ!!!
「ぐっ……!?」
リーチの短さを補うための超近接攻撃。その軌道を力技で完全に逸らされ、サクラは体勢を大きく崩した。
ジンはその隙を逃さず、もう片方の手で『木刀』を召喚し、サクラの首筋にピタリと寸止めした。
勝負あり、だった。
「な、なぜ……なぜ斬らぬ!!」
サクラは尻餅をついたまま、ギリッと唇を噛み締めてジンを睨みつけた。
「それがしは敗れた! 男に生まれなかった己の非力さ、リーチの短さを呪いながら、それでも戦場で死ぬために剣を振るってきたのだ! なのに、なぜ同情する! 女だからか!? 小さいからか!!」
涙目で叫ぶサクラ。だが、見下ろすジンの目は、同情や哀れみなど微塵もなかった。
あるのは、ただ純粋な『強者への尊敬』だけ。
「同情? ばっかじゃねえの」
ジンは木刀を消滅させ、サクラの前にしゃがみ込んだ。
「お前の剣、魔法の壁もぶち破るし、あのシルバの懐にも潜り込むなんて、マジでとんでもない技術だぞ。どれだけ血反吐を吐くような鍛錬を積んだら、そんな動きができるんだよ」
「え……」
「侍ってのがどんなものか、正直俺はよく知らない。でも……体格とか性別なんて関係ない。お前の振るう剣は、俺が今まで見てきたどんな戦士よりも、とんでもなく強くて、誇り高かったぞ」
ジンの言葉に、サクラは目を見開いた。
自分のコンプレックスを一切見ず、ただ己の積み上げてきた『剣』だけを評価してくれた。
「でもな、そのすげえ剣を『死ぬため』に使うのは絶対に許さない」
ジンは真っ直ぐにサクラの目を見つめた。
「お前がコンプレックスに感じてるリーチや力は、俺の魔法でいくらでも補ってやる。だから、死に場所を探すのはもうやめろ。俺の隣で……死に様じゃなくて、お前の『生き様』を見せろ」
それは、紛れもなく『主君』としての絶対的な命令と、彼女への最大の敬意だった。
サクラの胸の奥で、今まで感じたことのない激しい鼓動が鳴り響く。
「……っ」
サクラは震える手で刀を鞘に納めると、ジンの前で深く、深く平伏した。
「……御意。このサクラの命、そしてこの刃……今日より我が主君の歩む道を切り拓く先陣として、生涯この身を捧げ、お仕えいたしましょう」
(この胸の高鳴りは……決して、決して恋愛感情などではないでござる! 侍として、素晴らしき主君に出会えた『武者震い』! そう、武者震いに決まっているでござる!!)
顔を真っ赤にしながら心の中で全力で言い訳をするサクラだったが、そのポニーテールは、嬉しさのあまり犬の尻尾のようにパタパタと揺れ動いていたのだった。
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