紅き血の誘惑と、東の国への切符
帝都のギルドで受けた初めての依頼は、街の郊外にある魔族との紛争地帯の鎮圧だった。
危険度が高いとされていた依頼だったが、現場は予想とは全く違う意味で凄惨なことになっていた。
「ハァッ! ジン、私の太刀筋……ちゃんと見ていたか?」
シルバが銀髪をなびかせ、振り返りざまに色っぽい流し目を送る。タイトな軽鎧から伸びるスレンダーな脚と、戦いの熱でほんのり上気した白い肌が、クールな彼女の魅力をこれでもかと引き立てていた。
「あ、ああ! めちゃくちゃ綺麗だったぞ、シルバ!」
「ふふんっ! 野良犬の剣技など、ただの力任せですわ! ジン、わたくしの華麗な舞をご覧なさい!」
シルバに対抗するように、ルナが前に出る。彼女は自身の血を凝縮して身の丈ほどもある巨大な深紅の鎌を創り出すと、圧倒的な魔力で魔族の群れを一網打尽に薙ぎ払った。
ドカーン! という爆発音を背に、ルナはわざとらしくドレスの裾をつまんで優雅にお辞儀をする。幼い容姿ながらも、誇り高き吸血鬼特有の妖艶な微笑みと、チラリと覗く八重歯が強烈な小悪魔的魅力を放っていた。
「どうですの、ジン? わたくしの力と魅力の前に、ひれ伏したくなりましたわよね?」
「いや、ひれ伏しはしないけど……二人とも強すぎだろ!」
ジンの『士気高揚』でバフをかけられた二人の火力は、完全に紛争地帯のキャパシティを超えていた。
互いにジンの気を引こうと、色仕掛けと殲滅スピードを競い合うシルバとルナ。その結果、本来なら数日かかるはずの魔族の部隊は、たったの数十分で壊滅状態に陥ってしまった。
「……ふぅ。これで片付きましたわね。ジン、わたくしに極上のご褒美(血)を――」
ルナがジンに向かって笑顔で駆け寄ろうとした、その瞬間だった。
「あっ……」
ピタッ、とルナの足が止まり、その小さな体がグラリと傾いた。
強力な血の武器と広範囲魔法を連発しすぎたことによる、吸血鬼特有の『燃費の悪さ』。極度の貧血と魔力枯渇が、最悪のタイミングで彼女を襲ったのだ。
「ルナ!?」
ジンが叫んだのと同時、瓦礫の陰に隠れて生き延びていた巨大な魔族の生き残りが、隙だらけのルナに向けて凶悪な槍を突き出した。
(しまっ……体が、動かない……!)
ルナが死を覚悟してギュッと目をつむった直後。
ガキンッ!! という甲高い金属音が響き渡った。
「ルナ、ぼーっとすんな!」
目を開けると、そこにはルナを庇うように立ち塞がるジンの広い背中があった。
ジンは咄嗟に『武器召喚』で大剣を実体化させ、魔族の渾身の突きを真っ向から受け止めていたのだ。ギリギリで間に合ったものの、衝撃を殺しきれず、ジンの腕には一筋の赤い線が走り、血が滲んでいた。
「ジンッ!?」
「今だ、シルバ!」
「言われずとも!」
ジンの防御に合わせて、背後から跳躍したシルバが銀の閃光となって魔族の首を鮮やかに斬り落とす。ドスゥン、と重い音を立てて敵が倒れ伏し、今度こそ完全に戦いが終わった。
「……ハァ、ハァ……ルナ、怪我はないか!?」
ジンは腕から血を流しているのも気にせず、すぐにルナを抱き起こし、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「わ、わたくしは平気ですわ……でも、ジンの腕が……わたくしを庇って……」
「こんなの掠り傷だ。お前が無事ならそれでいいよ」
ジンは優しく笑い、彼女の頭をポンポンと撫でた。
その瞬間、ルナの心臓がドクン、と大きく跳ねた。
(あれ……?)
今まで、ジンから漂う甘い血の匂いにしか興味がなかったはずなのに。
今、ルナの視線はジンの傷口ではなく、自分を命懸けで守ってくれた彼の優しくて力強い瞳に釘付けになっていた。
(わたくし、ジンの血じゃなくて……ジン自身に、ドキドキしてますわ……!?)
顔がカッと熱くなる。ただの『非常食』や『血液パック』だと思っていた相手。でも、自分を決して見捨てず、盾になってくれるその姿が、ルナの目にどうしようもなく「男」として映ってしまったのだ。
「……馬鹿者。自分の燃費の悪さくらい把握しておけ。ジンに怪我をさせてどうする」
シルバがため息をつきながら近づいてきて、ルナの前にしゃがみ込んだ。しかし、その声にいつものような険しいトーンはない。
「……だが。あの圧倒的な殲滅力だけは、認めてやる。お前がいなければ、もう少し時間がかかっていた」
「シルバ……」
ルナは驚いてシルバを見つめ、それからプイッと顔を背けたが、その口元は少しだけ緩んでいた。
「野良犬の分際で、偉そうですわね。……でも、あなたのその無駄のない剣捌き、少しだけ頼りにしてあげますわ」
決して馴れ合うことはないが、互いの実力を確かに認め合った瞬間だった。
依頼の帰り道。
彼らは救出した部隊の兵士から、興味深い情報を耳にした。
「ダンジョンのオーブ? さあ……でも、東の国に『凶悪な鬼』が住み着いているという噂なら聞いたことがあります。もしかしたら、その鬼が強力な力を持つオーブを持っているのかもしれません」
「鬼……! いかにも持ってそうなボスキャラだな!」
ジンが目を輝かせるが、シルバが冷静に首を振る。
「いや、待て。東の国は現在、厳格な『鎖国』を行っているはずだ。他国の人間、ましてや冒険者など、国境の門すら通してもらえないぞ」
どうやって潜入するか。ジンとシルバが頭を悩ませていると、ルナが「ふふっ」と優雅に笑い声を上げた。
「お任せなさいな! わたくしの家名は、人間との和平の証として東の国にも広く轟いておりますの。わたくしが一緒なら、あんな国境、顔パスで入れますわよ!」
「マジか!? ルナ、お前めちゃくちゃすげえじゃん!!」
「当然ですわ! ほら、もっとわたくしを敬って、褒め称えなさい!」
得意げにふんぞり返るルナを見て、ジンとシルバは顔を見合わせて苦笑した。
吸血鬼の令嬢という身分が、まさかこんなところで最高のパスポートになるとは。
「よし、決まりだな。次は東の国に行って、その鬼をぶっ倒すぞ!」
ジンの掛け声と共に、三人の足取りは新たな目的地へと向かう。
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