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月夜に倒れる吸血鬼と、極上の血

巨大な城壁に囲まれた帝都は、これまでの街とは比べ物にならないほど栄えていた。

無事にギルド本部への紹介状を提出し、本格的なダンジョン探索への足がかりを掴んだジンとシルバ。今夜は少し羽を伸ばそうということで、二人は観光がてら別行動をとることにした。


夜の帝都。煌びやかな大通りから一本外れた、薄暗い路地裏を歩いていたジンの足がピタリと止まる。


「……ん? 誰か倒れてる……?」


ゴミ箱の陰に、小さな人影がうずくまっていた。

駆け寄ったジンは、思わず息を呑む。そこに倒れていたのは、驚くほど透き通るような美白の肌を持った少女だった。

豪奢なドレスは土に汚れ、美しい金髪のツインテールが力なく地面に散らばっている。苦しげに細められた瞳は、まるでルビーのように深い赤色。そして、少しだけ開いた小さな唇からは、特徴的な八重歯――いや、鋭い牙が覗いていた。


「牙に、この魔力……嘘だろ、吸血鬼ヴァンパイアが存在するのか?」


異世界とはいえ、おとぎ話の魔族が目の前に倒れていることに驚くジン。だが、彼女の呼吸は今にも途絶えそうで、極度の魔力枯渇と飢餓状態にあることは一目でわかった。


(このままじゃ死ぬ……!)


見過ごせるはずがない。ジンは躊躇なく自身の能力で小さなナイフを召喚すると、自分の腕に浅く刃を立てた。

ツツッ、と赤い血が滴る。ジンはその腕を、少女の口元へと押し当てた。


「ほら、飲めるか……? 頑張って飲んでくれ」


一滴、二滴と、ジンの血が少女の唇を濡らす。

――その瞬間だった。


『……っ!?』


ビクンッ!! と少女の体が大きく跳ねた。

彼女は弾かれたように目を見開くと、ジンの腕にすがりつき、獣のような勢いで傷口から血を吸い始めたのだ。


「うおっ!? ちょ、痛ッ……いや、痛くない、けど……!」


「んんっ、あむ、はむっ……!! こ、こんなに濃厚で……旨味の詰まった血……初めて、ですわ……っ!!」


数分後。すっかり血色が良くなった少女は、口の周りを赤く染めたまま、うっとりとした表情でジンの腕を抱きしめていた。


「ぷはぁっ……生き返りましたわ! あなた、ただの人間ではありませんわね? 魔力があまりにも芳醇で、極上のヴィンテージワインのようですわ!」

「あ、ああ……元気になってよかったよ。俺はジン。君は?」


「わたくしはルナ。誇り高き吸血鬼の貴族ですわ!」


胸を張るルナの見た目は10代半ばの幼い少女だが、話を聞いてジンは度肝を抜かれた。

なんと彼女は1800歳を超えているという。ルナの父母は吸血鬼でありながら人間と友好的で、かつて魔族との戦いでも人間側に立って活躍し、今は帝都から外れた土地を統治しているらしい。


「魔族との戦いって……もしかして、勇者が魔王を倒したっていうおとぎ話の?」

「ええ、知ってますわよ。でも、結末がどうなったかは知りませんの。わたくし、あの頃ちょうど50年くらいお昼寝をしておりまして……起きたら全部終わってましたの」

「スケールでかすぎだろ……」


呆れるジンに、ルナは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

彼女は自らの血を固めて鎌や短剣を生み出す強力な武器錬成の能力を持っているのだが、吸血鬼の中でも強大すぎる力を持って生まれたせいで「燃費」が絶望的に悪く、常に貧血と飢餓感に襲われているらしい。今日も帝都を散歩中にガス欠を起こし、路地裏で倒れていたのだ。


「ですが、ジンの血のおかげで力が満ち溢れておりますわ! こんなに体調が良いのは数百年ぶりです!」

ルナはジンの腕にぎゅっと抱きつき、ルビーの瞳をキラキラと輝かせた。

「決めましたわ。ジン、あなたは今日からわたくしの専属血液提供者パートナーですわ! どこまでもついて行きますわよ!」


「えっ!? いや、俺には同行者が……」

「関係ありませんわ! さあ、わたくしをエスコートなさい!」


有無を言わさぬルナの勢いに押し切られ、ジンは彼女を連れて宿へと戻ることになった。


「……ジン。その、頭の悪そうな金髪は誰だ」


宿のロビーで待っていたシルバは、ジンの腕にベッタリと張り付くルナを見て、氷点下の声を出した。手はすでに剣の柄にかかっている。


「ち、違うんだシルバ! 倒れてたから助けたら、なんか懐かれちゃって……」

「誰が頭の悪そうな金髪ですの! わたくしは由緒正しき吸血鬼の令嬢、ルナですわ!」


バチバチと火花を散らす二人。

シルバの心中は、非常に複雑だった。

『私の方が先にジンの優しさと気高さに気づいていたのに』という独占欲が胸を焼く一方で、『私の好きな人の魅力に気づく女が他にも現れた』という、己の目に狂いはなかったという謎の誇らしさが入り混じり、なんとも言えないモヤモヤした気持ちになっていたのだ。


「ふん。まあいい。ジンは私と旅をしているんだ。貧相な吸血鬼のお姫様はお呼びじゃない」

シルバが余裕の態度でジンのもう片方の腕を掴むと、ルナの眉がピクリと吊り上がった。


「貧相……ッ!? 言いましたわね、この野良犬!」

ルナは懐から、分厚い金貨の束が入った袋をドサリとテーブルに叩きつけた。


「ジン! こんな安宿、すぐに引き払いますわよ! ジンの着る服も、泊まる宿も、食べるお肉も、これからはすべてわたくしが最高級のものを手配いたしますわ! このルナの財力と極上の愛で、あなたを骨抜きにして差し上げます!」


札束で殴る勢いのルナの猛烈なアピール。圧倒的な『貢ぎ力』にギョッとするジンだったが、シルバは一切動じず、ジンの腕をさらに強く引き寄せた。


「金でジンの心が買えると思うな。……ジンは、私の隣にいるだけで十分だ。そうだろ、ジン?」


上目遣いで、少しだけ不安そうに、けれど絶対に譲らないという強い意志を持ったシルバの瞳。

その反対側では、ルナが「わたくしの血と財力の方が役に立ちますわ!」と引っ張ってくる。


「え、あ、ちょ、二人とも引っ張るな! 腕がちぎれるっ!」


帝都の夜。

魔王討伐という壮大な目標の裏側で、最強のバッファーの隣を歩く権利を巡る、静かで熱い『正妻戦争』の火蓋が、今ここに切って落とされたのだった。

次回更新03/25昼

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