神の試練と、不老不死の魔王(後編)
「倒しても倒しても再生する……いずれ全滅する未来しか視えない……っ!」
アイリスの絶望の叫びが、玉座の間に響き渡る。
四人のヒロインたちの完璧な連携攻撃が何度も魔王の急所を捉えているにも関わらず、不老不死の肉体は瞬時に傷を塞ぎ、無慈悲な反撃を繰り出してきた。
「ハハハハッ! どうした、もう息が上がっているぞ! 永遠を生きる私を相手に、持久戦など無意味だ!」
黒い聖剣を構え、余裕の笑みを浮かべる魔王。
その理不尽なまでの強さの前に、ジンの息も絶え絶えだった。
(……再生が追いつかないほどのダメージを与えればいいのか? いや、無理だ。なら……!)
ジンは魔王の体を観察した。魔族のどす黒いオーラと、元勇者としての神聖な力の残滓。本来相反するはずの二つのエネルギーが、不老不死の呪いによって無理やり一つに縫い留められている。
「みんな、聞いてくれ!」
ジンは血を吐きながらも、大剣を杖代わりにして立ち上がった。
「あいつの『勇者としての聖なる力』だけを、俺のバフで限界まで引き上げる! 魔族の器が耐えきれなくなるまで、強制的にオーバーブーストさせるんだ!」
「敵にバフをかけるだと!? 正気かジン!」
「やるしかねぇ……! 俺があいつの体が崩壊するまでバフを掛け続ける! それまで、あいつの攻撃を凌いで、限界までダメージを与え続けてくれ!」
四人の乙女たちが、決死の覚悟で武器を構え直す。
「行くぞ……『極・士気高揚』――対象、魔王!! 限界突破ォォォッ!!」
ジンが全魔力を振り絞り、魔王に向けて規格外のバフを放射し続けた。
「……ぬ? なんだこの光は……グァァァァッ!?」
魔王の表情が驚愕から苦悶へと変わり、強靭な皮膚に亀裂が入り始める。しかし、それは同時に『極限まで攻撃力が跳ね上がった魔王』の誕生でもあった。
「ジン様! 0.1秒後、全方位からの魔力爆撃! 右へ3歩、サクラは上空へ!」
アイリスが両目から血の涙を流しながら、脳を焼き切るほどの情報量で未来を視て、的確な指示を飛ばす。そして、ジンの死角から迫った黒い刃の破片を、その身を挺して受け止めた。
「あはっ……私、役に立ちましたよね、ジン様……」
アイリスが血だまりに崩れ落ちる。
「よくもアイリスを……! わたくしの命と魔力、すべてくれてやりますわ!!」
ルナが自身の腕を噛み切り、溢れ出す血を代償にして『極大・紅蓮の血獄炎』を放つ。狂乱する魔王の黒いブレスと正面から激突し、相殺する。
「ジンの邪魔は……させませんわ!!」
炎が弾け、魔力と血液を使い果たしたルナが壁際へと吹き飛ばされた。
「拙者の命、主君の刃として使い切るのみ!!」
サクラが、白刃の輝く『真剣』を抜き放ち、神速の居合で魔王の懐に飛び込む。魔王の迎撃で両腕の骨が砕ける音を響かせながらも、彼女は口にその刀を咥え、強靭な顎の力と全身の捻りで魔王の左腕を根元から切り飛ばした。
「無念……あとは頼むでござる……っ!」
ヒロインたちが、次々と死力を尽して散っていく。
「これで、終わりだァァァッ!!」
体が半分崩れ落ちた魔王が、残った右腕でジンへ向けて剣を振り下ろす。
ガギィィィィンッ!!!!
その剣を、一本の白銀の長剣が受け止めていた。
「……お前は、死なせない……っ!!」
シルバの長剣が砕け散る。だが彼女は折れた刃を魔王の胸の亀裂に深々と突き立て、至近距離から魔王の心臓を物理的に破壊した。そして、強烈な蹴りを浴びてジンの腕の中で静かに崩れ落ちた。
「あああぁぁぁぁッッ!! シルバ!! サクラ!! ルナ!! アイリス!!」
ジンの絶叫が響く。魔王の体はバフとダメージの蓄積で完全に崩壊し始めているが、それでも、怨念の塊となった魔王はジンの首を狙って聖剣を突き出した。
「アイヤァァァァッ!!!」
その時、ただ一人残っていたリンが、魔王の顔面に強烈な飛び蹴りを叩き込んだ。
「リン……!」
「ジン、バフを止めるなアル! ワタシがこいつを抑えるネ!!」
リンは、いつもの酒瓢箪ではなく、懐に隠し持っていた『猛毒の劇薬』をあおり、全身の痛覚とリミッターを完全に破壊していた。
「永遠だか何だか知らないネ! ワタシの居場所を……これ以上奪わせないアル!!」
ドゴォォォ! ガキィィッ!!
魔王の圧倒的な暴力の前に、リンの細い腕がへし折られ、肋骨が砕け、チャイナドレスが血に染まっていく。
それでも彼女は倒れない。折れた腕をブラブラと揺らしながら、口から血の泡を吹き、魔族の再生速度を上回るほどの超速の連撃を、魔王の亀裂へと叩き込み続ける。
「おのれェェェッ! 貴様らごときがァァァッ!!」
魔王の最後の一撃が、リンの腹部を深く抉った。
「かはっ……!」
だが、リンはその剣を自らの筋肉で締め付けて引き抜き、最後の一歩を踏み込んだ。
「これで……おしまいアル!!」
リンの渾身の掌底が、シルバが砕いた魔王の心臓の亀裂にめり込み――。
ついに、ジンの注ぎ込み続けたバフに耐えきれなくなり。
魔王の肉体は、聖なる光と共に内側から完全に弾け飛んだ。
「……見事、だ……」
かつての勇者は、灰となって空中に消えていった。
静寂に包まれた玉座の間。
「ハァ……ハァ……っ」
ジンは膝から崩れ落ちた。
周囲には、血に染まり、ピクリとも動かない四人のヒロインたち。
そしてジン自身の目の前には、全身の骨が砕け、腹部から大量の血を流しながら、ピクピクと痙攣しているリンの姿があった。
「リン……! おい、しっかりしろ!!」
ジンが這いずってリンを抱き起こす。魔力も体力も底を突き、ジンには回復魔法一つかけることができなかった。
「……あはは……ジン、泣きっ面も……いい男アルな……」
リンは血に染まった手で、ジンの頬に弱々しく触れた。呼吸は浅く、今にも命の灯火が消えそうだった。
その時、祭壇で輝いていた『光の玉』が、眩い光を放ち始めた。
『――見事なり、勇者を超えし者よ。魔王は討たれた』
神々しい声が響く。
『さあ、願いを言え。お前たちの望み通り、華の国をかつての姿に復興させてやろう。』
奇跡の準備は整った。
ジンはリンを見た。彼女がずっと背負ってきた、辛い過去。故郷を取り戻すために、彼女はここまで命を懸けて戦ってきたのだ。
「リン……言え。お前の、願いを……っ」
ジンが絞り出すように言う。
しかし、リンはポロポロと涙をこぼしながら、首を横に振った。
「……違うアル。違うネ」
「リン……?」
リンは、霞む視界で倒れたシルバたちを見つめ、そして、ボロボロになったジンに向かって微笑んだ。
「国が戻っても……みんながいない世界なんて、ちっとも面白くないネ。ジンが泣いてる世界なんて……ワタシは絶対にいらないアル……っ!」
リンは最後の力を振り絞り、光の玉に向かって魂の底から叫んだ。
「光の玉! ワタシの願いは……ワタシの命を全部あげてもいいから……大切な『仲間たち』を、助けてほしいアル!! どうか、もう一度みんなで笑い合える奇跡を……!!」
『――承知した。その美しき願い、確かに叶えよう』
光の玉が弾け、温かく、そしてすべてを包み込むような究極の治癒の光が、玉座の間を満たしていく。
リンの自己犠牲と、仲間への深すぎる愛情が起こした、本当の奇跡。
光の中で、ジンはリンの血まみれの小さな手を、強く、優しく握り返すのだった。




