確定した死の運命と、書き換える極光
暗殺組織『黒の月』の本拠地――山肌にぽっかりと開いた巨大な洞窟の奥深くを、一行は進んでいた。
「……じめじめして最悪ですわ。わたくしのドレスが汚れますの!」
ルナが不満げに文句を言いながら、ジンの右腕に抱きつこうとする。しかし、そこにはすでに先客がいた。
「気安く触らないでください、金髪のコウモリ。ジン様が汚れます」
ジンの腕にベッタリと張り付き、虚ろな瞳でルナをねめつけるアイリス。
「なっ……コウモリ!? あなた、さっきから本当に口が減りませんわね!」
「事実です。あと3秒後に、あなたはそこにある木の根につまずいて泥だらけになります。3、2、1……ほら」
「きゃああっ!?」
アイリスの予知通り、見事にすっ転ぶルナ。「ルナ殿!?」と慌ててサクラが手を貸すが、アイリスは冷たく鼻で笑った。
「ジン様、あんなポンコツを連れて歩くなんて、お優しすぎます。私がずっとお世話しますから、あんな肉壁たちは捨てていきましょう?」
「アイヤー、言うアルな〜。アイリスちゃん、ワタシとお酒でも飲んでちょっと肩の力抜くヨロシ?」
リンが飄々とひょうたんを差し出すが、アイリスは「酒臭い。ジン様に息を吹きかけないで」と、まるで汚物を見るような目を向ける。
「……いい加減にしろ、新入り」
先頭を歩いていたシルバが、振り返りざまに低い声で凄んだ。
「お前がジンを想う気持ちは勝手だが、これ以上私の仲間を愚弄するなら、その舌を切り落とすぞ」
「……やれるものならどうぞ? 銀髪の犬さん。でも、私を傷つければ、心優しいジン様が悲しみますよ。ふふっ」
バチバチと火花を散らす乙女たち。
ジンは頭を抱えた。「お前ら、今は組織の本拠地だぞ。喧嘩してる場合じゃ……」
その時だった。
ガシャンッ!!!
一行が足を踏み入れた巨大な石室の入り口が、分厚い鉄格子によって完全に封鎖された。
同時に、石室の天井全体が『ギギギ……!』と不気味な音を立てて動き出す。見上げれば、天井には無数の『毒の棘』がびっしりと生えており、それが部屋全体を押し潰すように、猛スピードで落下し始めたのだ。
回避できる安全地帯など、どこにもない。
部屋全体をすり潰す、暗殺組織の絶対に逃れられない『即死の罠』。
「……来ましたね」
パニックになるルナやサクラをよそに、アイリスだけが恍惚とした表情で微笑んだ。
彼女の予知眼に視えていた『確定した絶望の未来』。本来なら、ここでジンが仲間を庇い、全身を棘に貫かれて死ぬ運命だった。
「ジン様。私はこの時のために、あなたに出会ったんです」
アイリスはジンの腕から離れると、部屋の中央へと進み出た。
そして、胸の前で両手を組み、自身の命(生命力)を代償にして発動する、絶対防御の術式を詠唱し始めた。
「私の命をすべて使えば、この天井を数分だけ支えられます。ジン様……その間に、あそこの肉壁たちを犠牲にして、扉を破壊して逃げてください」
「アイリス!? お前、何言って……!」
「愛しています、ジン様。……どうか、生きて」
アイリスの体が、命を燃やす淡い光に包まれる。
自分の命など、彼を生かすためのただの道具。これでいい、これが私の、最高のハッピーエンド――。
アイリスが笑顔で目を閉じた、その瞬間だった。
ドンッ!!
「……え?」
強く肩を掴まれ、詠唱を強制的にキャンセルさせられた。
目を開けると、そこには、かつてないほど激怒した顔のジンが立っていた。
「勝手に俺の未来を決めるな!!」
ジンの怒鳴り声が、石室に響き渡る。
「俺の許可なく死ぬな! お前の命は、俺の隣で生きるために使え!!」
「で、でも……っ! 予知では絶対に……こうしないと、ジン様が……!」
「予知だか運命だか知らないけどな。そんなもん、俺が全部ぶっ壊してやる!!」
ジンはアイリスを自分の背後に庇うと、右手を天高く突き上げた。
「シルバ! ルナ! サクラ! リン!」
ジンの声に、四人の乙女たちが一斉に武器を構える。
「俺のバフを信じろ! 『極・士気高揚』――限界突破ッ!!」
カァァァァァァッ!!!!!
ジンから放たれた、規格外の濃密な魔力の光が、四人のヒロインの体を包み込んだ。
「ハァァァァッ!!」
「わたくしの魔法、舐めないでくださる!?」
「主君の命のままに!!」
「アイヤー、最高アルよ!!」
天井が迫る。あと数秒で全員が串刺しになる、絶対の死。
しかし――ジンのバフによって『神の領域』へと足を踏み入れた四人の力は、理不尽な罠すらも軽々と凌駕した。
「吹き飛べェェッ!!」
シルバの斬撃とサクラのオーラ刃が、落下してくる天井の巨大な岩盤を十字に切り裂く。
そこへ、ルナの紅蓮の爆炎とリンの超速の蹴りが叩き込まれた。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
鼓膜が破れるほどの轟音。
アイリスが『絶対に回避不可能』と予知した死の天井は、無数の瓦礫となって空中で粉砕され、パラパラと雨のように降り注いだ。
「……あ」
舞い散る瓦礫と土煙の中で。
アイリスは、へたり込んだまま、信じられないものを見る目でジンを見上げていた。
絶対の予知が、外れた。
自分の命を捨てるしか道はなかったはずの絶望の未来が。
目の前に立つ、少し背中が広くて、バカみたいに強くて優しい男の『力技』によって、いとも容易く書き換えられてしまったのだ。
「……言ったろ。俺が、全員生かして帰るって」
ジンが振り返り、少し息を切らしながらも、アイリスに向けてニカッと笑って手を差し出した。
その瞬間。
アイリスの中で、何かが『壊れる』音がした。
(あぁ……そうか。この人は……運命すら超える、本物の『神様』なんだ……)
死ぬための使命感など、もうどうでもいい。
この人に、触れていたい。この熱を、誰にも渡したくない。
肉壁だと思っていたあの四人の女たちごと、ジン様がすべてを愛しているというのなら――。
「ジン、様……っ」
アイリスは、差し出されたジンの手を両手でギュッと握りしめ、そのまま自分の頬へとすり寄せた。
その瞳から、虚ろな色は完全に消え去っていた。代わりに宿ったのは、ドロドロに溶け出した、甘くて、重くて、狂気的なまでの『依存』と『独占欲』。
「……私、もう絶対に死にません。ジン様が生きろって言ってくれたから……」
アイリスは、とろけるような笑みを浮かべて、ジンの手にチュッと口付けをした。
「私の命は、すべてジン様のものです。だから……ジン様の邪魔をする奴は、運命だろうと神様だろうと、私が全部、ぐちゃぐちゃに殺してあげますね……♡」
「お、おう……?(なんか、ちょっと怖いこと言ってないか……?)」
少しだけ背筋に寒気を感じるジンだったが、アイリスの病んだ笑顔は、これ以上ないほど幸せそうに輝いていた。
予知すらもねじ伏せる、最強のパーティ。
暗殺組織『黒の月』の最深部で、運命を書き換えられたメンヘラシスターという最強(最凶?)の味方を加え、ジンたちの反撃が、今、始まる。




