勝利の代償と、賑やかな朝
サクラは文字通り、指一本動かせないほどに死力を尽くした。
そして、彼女に莫大な魔力を供給し続けていたジンとルナも例外ではなかった。
サクラを背中で支えていたジンだったが休めそうな岩陰までサクラを運ぶと
緊張の糸が切れたのか気力の限界か、視界がぐらりと揺れ、地面へと崩れ落ちる。
「わたくし……もう、一滴も魔力が……ジン、血を……」
ルナもまた、ドレスを土に汚しながらパタッと気絶してしまった。
神話級の討伐。その代償として、三人は完全に限界を突破し、身動き一つとれなくなってしまったのだ。
「……まったく、どいつもこいつも無茶ばかりして」
ただ一人、前衛で攻撃を凌ぎ切り体力を残していたシルバが、呆れたように、けれどどこか優しげなため息をついた。
彼女は倒れた三人を中心に集めると、防寒着代わりのマントをルナとサクラにかけ、そして――極めて自然な動作で、ジンの頭を自分の太ももの上に乗せた。
「……んっ」
「少し眠れ、ジン。私が守るから」
安心しきった顔で気絶しているジンの髪を、シルバは愛おしそうに撫でる。
出会った渓谷、ダンジョン、そしてこの東の魔境。これで三度目の膝枕だ。激闘の疲労感の中で、大好きな人の温もりを感じながら、シルバは静かに三人の寝顔を見守った。
数時間後。
ジンたちが目を覚まし、体力を少し回復させた一行は、オロチの巨体が崩れ去った跡地から、二つ目となる『オロチのオーブ』を発見した。
青白く発光するその宝玉を手に入れ、彼らは一度、帝都へと帰還することを決めたのだった。
数日後。帝都の定宿。
爽やかな朝の空気が漂う中庭で、木刀がぶつかり合う小気味良い音が響いていた。
「シィッ! 踏み込みが甘いでござるよ、主君!」
「くっ……やっぱり剣術だけだと、サクラには敵わないな!」
ジンとサクラの朝稽古だ。ジンはバフをかけずに純粋な剣術の動きをサクラから学び、サクラもまた「主君の稽古をつける」という誉れに、ポニーテールを嬉しそうに揺らしながら熱心に指導していた。
「主君は筋が良い! もっと腰を落として、下から跳ね上げるように――」
「ジーンー!! 朝から汗をかいて、さぞお疲れでしょう!」
良い汗を流していた二人の間に、バンッ!と勢いよく扉を開けてルナが乱入してきた。
彼女の手には、ルビーのように赤黒くドロリとした液体が注がれた、どう見ても怪しすぎるワイングラスが握られている。
「さあ、わたくしの愛と栄養と血液がたっぷり詰まった特製ドリンクですわ! これを飲んで、わたくしと一つになりましょう!」
「いや、朝から直球の血液は重すぎるって! そもそもなんでそんな満面の笑みで……」
ドン引きして後ずさるジンの背後から、スッと冷ややかなオーラを纏ったシルバが現れた。
「……寝起きで主君に毒を盛ろうとするとは、吸血鬼は本当に頭が湧いているな」
「どっ、誰が毒ですの!? これは最高級の媚や――きゃああっ!?」
シルバはルナのドレスの襟首をヒョイッと片手で掴むと、ジタバタ暴れる吸血鬼令嬢を物理的に引き剥がし、そのままズルズルと食堂の方へ引きずっていった。
「離しなさいこの野良犬ー! ジンの初めての朝の喉の渇きを潤すのはわたくしですわー!!」
そんな二人の漫才のようなやり取りを見て、サクラが木刀を肩に担ぎ、からっからに明るい声を上げて笑った。
「あっはっはっ! 我が主君は、朝から大人気だな!」
「……笑い事じゃないっての。マジで命がいくつあっても足りないよ」
呆れながらも、ジンは口元を綻ばせていた。
一匹狼の剣士、ワガママな吸血鬼、誇り高い侍。
最初はたった一人、右も左もわからない絶望の森に放り出されたというのに。いつの間にか、こんなにも賑やかで、頼もしくて、愛おしい仲間たちが自分の周りにいる。
(……悪くないな、こういうのも)
ジンがそんな風に目を細めていると、朝食の席でシルバがふと、ギルドで仕入れてきた噂話を口にした。
「……そういえば、近々この帝都で大規模な『武闘会』が開かれるらしい。優勝賞金も破格で、各地から凄腕の武闘家が集まっているそうだ」
「武闘会か! いかにも熱いイベントって感じだな」
ジンが身を乗り出すと、シルバは少しだけ声を潜めた。
「ただの武闘会なら興味はないが……参加者の中に、妙な噂が立っている奴がいる。そいつは西の山奥で巨大な化け物をたった一人で殴り倒し、その体内から『不思議な光る玉』を手に入れたらしい」
「光る玉……まさか!」
ジン、ルナ、サクラの三人の顔が同時に引き締まった。
魔王を倒すための三つ目の『オーブ』。それが武闘会の参加者の手に渡っている可能性が高い。
「そいつが出場するなら、接触する絶好のチャンスだな」
ジンが拳を握りしめると、サクラも木刀を構えてニヤリと笑った。
「うむ! 相手が何者であろうと、我が主君の前に立ち塞がるなら、このサクラが叩き斬るのみ!」
「いや、武闘会なんだから当然刃物はダメだぞ!?」
ジンの冷静なツッコミに、サクラは「な、なんと……!?」と分かりやすく肩を落とし、ルナとシルバがやれやれとため息をつく。
かくして、新たなオーブの手がかりを求めて、一行は熱気渦巻く武闘会へと向かうことになった。
ルール無用の化け物相手から一転、今度の舞台はルールありの対人戦。果たして、噂の「化け物を一人で倒した猛者」からオーブを譲り受けることはできるのか?
次回更新03/31




