第三十八話 出陣
第三十八話 出陣
鶏の声がまだ遠い、薄明の刻。
すずは、長政の腕の中でふっと目を覚ました。
頬に触れている胸が、温かい。
長政の呼吸は深く穏やかで、まるで彼の体温に包まれて夜が明けたようだった。
『……殿、まだ寝ておられる』
腕は強く、けれど優しく、“守る側の男”としての確かな温もりがあった。
すずはそっと体を動かした――その瞬間。
長政の腕がさらにきゅっと締まった。
「……すず。起きたのか」
低い声が耳もとをくすぐる。
すずの心臓は早鐘のように跳ねた。
「殿……朝ですよ」
長政はゆっくりと身を起こし、すずの頬に手を添えた。
戦支度前の厳しい顔とは違う、昨夜と同じ、深く甘い眼差し。
「この一刻が、惜しい……あと少しだけ、すずの顔を見ていたい」
すずは胸が痛いほど嬉しくなり、長政の衣をぎゅっと握った。
「……殿。戻ってきてください。必ず」
長政は静かに頷いた。
「約束する。お前と、市と子供らのいる……小谷へ戻る」
その言葉は、戦へ向かう武将の誓いであり、ひとりの夫としての想いだった。
長政はすずの頭を軽く撫でてから立ち上がり、甲冑を着るため部屋を出た。
すずはその背を見送ったあと、急いで身支度を始めた。
『……殿を、立派にお見送りしないと』
◆
出陣の準備が進む武具所には、すでに緊張した空気が漂っていた。
家臣たちが甲冑を整える中、長政は静かに正座し、胸甲を締めてもらっていた。
すずがそっと近づくと、長政は振り返る。
「すず。来てくれたか」
甲冑を纏った長政は、普段より大きく見える。凛々しく、そして頼もしい。
「殿……」
言葉にしようとした瞬間、長政は手を伸ばし、すずの指先を軽く包んだ。
鉄の冷たさと、彼の手の温かさが混ざる感触。
「心配するな。激戦は……避けられないが、浅井は浅井として戦う。
すずのためにも、生きて戻る」
すずは微笑もうとしたが、胸がつまって上手く笑えなかった。
その様子を見て、長政はすずの手をそっと離し、最後の具足を締めた。
◆
城下への道は、まだ朝霧が残っていて神聖なほど静かだった。
お市がすずを迎えに来てくれる。
「すず様。殿を見送るのは……覚悟がいるものよ。でも、胸を張って」
優しく、それでいて気丈な姉のような声。ふたりは並んで行軍の列へと歩いた。すずの胸はずっと強く波打っていた。
『殿……どうか、ご無事で……』
◆
長政の隊列が前へ進み、軍旗が朝日に照らされる。
戦場へ向かう男たちの足音は重く、しかし迷いはない。
すずはその姿を見つめ、ぎゅっと胸の前で手を握った。
お市は静かに、しかし凛とした眼差しで長政を見送る。
長政は馬上からふたりを見つけると、小さく会釈した。
その視線には、妻たちへの深い感謝と決意が宿っている。
「行ってまいります。必ず……戻る」
声は堂々としていた。
◆
出陣の行列に戻る直前、長政は馬を降り、すずの前へ一歩だけ近づいた。
家臣たちは気を利かせて背を向ける。
長政は声を潜めた。
「すず。昨夜のすずの温もりを……俺は忘れぬ。それが俺の支えとなる」
すずの瞳が揺れる。
長政は、すずの両手を包み込んだ。
「生きて帰る。すずの待つ小谷城へ」
その言葉だけを残し、長政は馬に戻り、隊列へと加わった。
すずは、去っていく背中を祈るように見つめ続けた。
唐突ですが作者何歳だと思いますか??
返答はしませんが、予想立ててみてください。
ヒントはXですねー(アカウント名は同名です)
面白い回答お待ちしてます。




