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第三十七話 寄り添う

第三十七話 寄り添う

 出陣前最後の夜。

 小谷城の空気は、昨日よりも静かだった。

 戦支度を終えた兵たちはそれぞれ持ち場へ戻り、焚き火の煙だけが細くのびて夜空へ消えていく。

 すずの部屋の灯りを、長政はそっと叩いた。

「すず、起きているか」

 聞き慣れた優しい声。

 けれどどこか張りつめていた。

「……殿。どうぞ」

 襖を開けて入った長政は、すずを見るなり一瞬だけ息を止めたようだった。

 鬢曽木を終え、髪を美しく整えられたすずは柔らかい灯の中で、以前よりもずっと“大人びて”見えた。

「……お前は本当に……」

 言葉の続きを飲み込み、すずの横に静かに座る。

 すずは気づく。

 長政の手がわずかに冷えている。

『殿……戦が、近いから……』

 長政は手を伸ばし、すずの指をそっと包んだ。

「すず。今夜は……お前の傍にいたい」

 低い声。

 どこか “懇願” に近い響き。

 すずは、胸の奥に熱いものが広がるのを感じた。

「……殿が、望むなら」

 言い終えるより早く、長政はすずの手を引き寄せた。

 抱きしめる力は、今までで一番強い。

 だが決して乱暴ではない。

 “離したくない”

 その想いだけが込められた、深い抱擁。

「すず……明日、俺は戦へ向かう。

 すずと離れるのが、苦しいほどだ」

 すずはその胸に顔を埋め、小さく震えながら言った。

「……私もです。殿がいない城なんて、もう考えたくありません」

 長政の指先が、すずの鬢へそっと触れた。

 その仕草は優しいのに、なぜか胸が痛くなるほど切ない。

「鬢が……似合っている。すずはもう、子どもではない。

 だから俺も……遠慮など、できぬ」

 声が低く落ちる。

 独占欲がはっきりと滲み出ていた。

 すずは耳まで赤くなりながら、しかし逃げようとはしなかった。

「殿……」

 長政はすずの額に触れ、そっと引き寄せた。

 それは触れ合いだけで心臓が跳ねるほどの近さ。けれどそれ以上を求めず、ただ抱きしめ続ける。

「すず。離れる前に……すずの温もりを覚えておきたい。

 戦中、何度も思い出せるように」

 胸が熱く締め付けられた。

「殿……私……いま、この時がずっと続けばいいと……そう思っています」

 長政はすずの後頭に手を添えて、髪を滑らせるように撫でた。

「俺もだ。明日にならなければいいのにと、こんなにも思ったのは久しぶりだ」

 ふたりの距離は、灯の揺らぎの中で自然と近づいていく。

 言葉も少なく、ただ互いに触れて、寄り添い、その温もりを確かめる。

 長政はすずの肩を抱き寄せ、目を閉じた。

「すず。今夜、すずを離すつもりはない。

 ……命を懸けて戦う分、心に刻ませてくれ」

 その言葉に、すずの胸が甘く痛む。

『殿……どうか、ご無事で……』

 その夜、ふたりは静かに寄り添いながら、戦前の不安と、離れがたい想いを胸に、長い夜を過ごした。

 灯が消えても、長政の腕はすずを決して離さなかった。

37話


やっぱり戦って不安しかないですよね。

現代人じゃ想像し難いですけど、長政はこの時26歳。満年齢で24とか25です。

すずはもっと幼く、16歳、満年齢で14歳。

現代でいう中学3年生くらいです。

その歳で命を懸けて戦場で強敵と戦い、大切な人を失うかもしれない、最悪自分も死ぬかもしれないという不安に駆られるんですね。

私は無理ですね、この歳で戦国時代に行ってみろと言われても。

戦国とは想像以上に恐ろしい世の中ですね。

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