第二十七話 どうする長政
第二十七話 どうする長政
四月初旬。
小谷城の空気は、春とは思えぬほど張り詰めていた。
「織田信長、越前へ侵攻――」
その知らせが届いた瞬間、家中はざわめきと不安で満ちた。
朝倉家は浅井と数十年来の盟約を結ぶ“旧き友”。
だが、織田はお市を嫁がせ、新たに浅井と縁戚となった“新しき盟友”。
二つの義が、真正面から衝突したのだ。
◆
評定の間。
長政は黙して腕を組んでいた。
眉間の皺は深く、答えの出ぬ苦悩がにじむ。
家臣たちが声を上げる。
「ここは織田に従うべきにございます!
畿内四カ国を抑えた勢いは止まりませぬ!」
「いや、我ら浅井は代々、朝倉様の庇護を受けてきた!
御恩を忘れるわけにはいかぬ!」
声は割れ、議論は混迷し、長政の判断を待ち続けていた。
そんな中――
「殿。」
すずが一歩、前へ進んだ。
家臣たちが驚いた目を向ける。
この時代、女が政に口を出すことは稀だ。
しかし長政は、すずを見据えた。
その瞳には厳しさと信頼が同居している。
「申してみよ。」
すずは深く息を吸い、静かに言った。
「……織田方につくことを、お勧めいたします。」
家臣たちがざわり、と動く。
「朝倉家は国内の一揆に追われ、今は余裕がありません。
戦力・領地・財力――どれを比べても、織田家が一歩も二歩も勝っています。」
長政の目が鋭く光った。
「……先祖代々の御恩に背く気か。」
その声は、いつになく冷たかった。
すずは一瞬、胸が痛むほどの緊張を覚えた。
しかし――逃げるわけにはいかない。
「御恩、ですか……。」
すずは長政をまっすぐ見つめ、言葉を紡いだ。
「勝手に乗り込まれ、勝手に城を改造され、恐怖を植えつけられ、援軍を求めれば、助けが来るのはいつも遅い。」
長政の表情が動く。
家臣たちも息を呑む。
「それのどこが……御恩なのでしょうか?」
沈黙が痛いほど重く落ちる。
長政は苦悩を隠せないまま、すずへ一歩近づき、低く反論した。
「朝倉家が無ければ、浅井のいまは無い。
すず……それでも言えるか。」
「はい。」
すずは迷いのない声で答えた。
「“昔の御恩”より、“今の脅威”を見るべきです。」
その瞬間――
「もう、おやめになって。」
清らかで、しかし厳しい声が響いた。
◆
襖が開き、お市が姿を現した。
その瞳は決意に燃えていた。
「殿、すず様。
これ以上、互いを責め立てても何も生まれません。」
評定の間の空気が一変し、家臣たちですら口をつぐむ。
お市はゆっくりと長政の前に進み出た。
「私は、もう織田の者ではありません。」
長政の目が揺れる。
「兄上――いいえ、織田信長を、必ず討ち取りなさい。」
周囲が一気にざわめいた。
「私は浅井の女です。
浅井に仇をなす者ならば……たとえ兄でも、容赦いたしません。」
長政は深く息を吐き、
「……市。」
言葉を失いながらも、その決意の重さを理解していた。
家臣たちも次々と膝をつき、
「浅井は、朝倉殿に味方いたします!」
という声が上がった。
評定は――終わった。
浅井家は織田に反旗を翻すと決したのだ。
◆
その日のうちに、長政は出陣の支度に入り、
数日後には兵を率いて小谷を発つこととなった。
城には女、子ども、老人のみ。
出陣の朝。
すずは遠ざかる軍旗を見つめながら、胸の奥が締めつけられるような不安に飲まれていた。
◆
長政を見送った日の夕刻、お市がすずを呼び寄せた。
「……すず様。」
「はい。」
お市はすずの手を取り、思ったよりも強く握りしめた。
「先日は……ありがとう。」
「え……?」
「あなたが“織田の者”であることを念頭において、ああして進言してくれたのでしょう?」
すずは目を見開いた。
お市はわずかに微笑む。
「織田に遠慮しているのではないと、皆が理解したわ。
でももういいのです。
私は織田の女ではなく、浅井の女ですから。」
お市はすずの手を離し、柔らかく言った。
「今日から、もう遠慮は要りません。
今までのことは水に流しましょう。
――私を本当の姉だと思ってくれていいから。」
その言葉は、春の風よりも温かくすずの胸を包んだ。
『お市様……私を、妹のように…?』
こうして、冷たく張り詰めていた二人の関係は、静かに、しかし確かな変化を迎えた。
すずとお市は、この日を境に姉妹のように寄り添うようになる。
そして――織田信長人生三代危機の一つと呼ばれる「金ヶ崎の戦い」が、いよいよ始まろうとしていた。
ついに時が来てしまいました。
どうする長政。
実際のところ、信長に謀反を起こした理由はわかっていません。
朝倉との関係を重んじた、信長の思想についていけなかった、義兄弟なのに家臣のように扱われたのに納得がいかなかった、などと専門家の間でも意見が割れています。
個人的には父・久政が強引に…とか考えてますけど、それは推し贔屓ってやつですね、多分笑。
(実際に浅井家は、隠居したにも関わらず、久政も権力を持っていました。当主が長政に代わっても家臣は久政の頃とあまり変わり映えしていないので、私の見解では久政の圧か、古き考えが集まったのかで反信長派の意見がまとまり、この結果になったのではないかと思います。
長政もわざわざ尾張・美濃・畿内を治める信長を敵国にしようと積極的に考えたはずはないでしょうから、個人的には長政の本意ではないとおもいます。)
皆さんの意見もコメントでお待ちしております。




