表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/27

第二十四話 春よ、来ないで

第二十四話 春よ、来ないで

 二月の近江はまだ深い雪に閉ざされている。

 その夜も、北風が城の壁を震わせるほど冷たかった。

 すずは、廊下を渡る風に身を縮めながら、長政の部屋に届け物を持って向かっていた。

 春まであと少しとはいえ、冬の冷たさは骨の奥まで沁みる。

『……さ、寒い……』

 襖の前にたどり着いたとき、部屋の中から灯りの揺れる影が見えた。

 声をかける前に、すっと襖が開く。

「すず……?」

 そこに立っていた長政は、雪を照り返すような白い息を吐いた。

「外は酷く冷える。早く中へ。」

 そのまま袖を軽く取られ、すずは引き入れられる。

 部屋の中は火鉢が赤く、まるで別世界のようだった。

「手が……こんなに冷えている。」

 長政がすずの両手を包むと、その大きさと温かさにすずは思わず肩をすぼめた。

「す、すみません……」

「謝る必要はない。

むしろ、こんなに冷えてしまうほど働いていることの方が心配だ。」

 長政の声はいつもより静かで、やわらかかった。

 

 

 手を包んだまま、長政はすずの指先を軽く揉みほぐす。

 その動きは丁寧で優しく、しかしどこか “すずを離したくない” 気配を纏っていた。

「……市の産後で忙しいのは分かっているが、お前はお前の体を労わらねばならない。」

「だ、大丈夫です……」

「すずが ‘大丈夫’ と言って、本当に大丈夫であったことは少ない。」

 少し呆れたように言いながら、

 長政は指先から手首へと温めるように触った。

 そのとき、ふっと長政の眉が寄る。

「……他の誰のところへ行っていた?」

「えっ……? いえ、侍女の皆さま方のもとへ……」

「そうか。」

 安心したように息をつき、視線を伏せる。

『……今、殿……私のこと、心配して……?』

 胸が熱くなる。

 長政はすずの凍えた頬にそっと手を添えた。

「……すずが寒さで倒れでもしたら、俺は……耐えられない。」

 低い声――

 それが自分のためだけのものだと思うと、すずは息を飲んだ。

 

 

「少し……髪が濡れているな。雪に当たったか?」

「は、はい……少しだけ……」

「風邪をひく。」

 長政はすずの肩にかかった髪をそっと持ち上げ、火鉢の近くへ導くように整える。

 髪をほどく仕草に、すずの胸がくすぐったくなる。

「あの……殿がなさらなくても……」

「いい。

すずの髪は……すべらかで、温めてやりたくなる。」

 そう言いながら、長政は手でそっと髪先を包んだ。

 その仕草は、恋慕よりもむしろ “守ろうとする強さ” が滲んでいた。

 

 

 髪が乾き始めたころ、長政が静かに言う。

「……来い。」

 言われるより早く、すずは温かな胸へと引き寄せられた。

 大きな腕が背を包む。

 すずの体に残っていた寒さが、溶けて消えていくようだった。

「すず……寒かっただろう。」

「……はい。少しだけ……」

「もっと早く呼べばよかったな。」

 長政の声が、耳元で震えるほど近い。

 すずは胸がきゅっと締まる。

「殿……あの、私……」

「なんだ。」

「……殿に抱きしめられると……あたたかくて……」

 言い終える前に、長政の腕に力がこもった。

「……それは、よい。」

 低く甘い声。

「すずが、俺の側に来てくれるなら……いくらでも、あたためる。」

 そのひと言に、すずの胸は、寒さとは無縁の熱で満たされていった。

 

 

 火鉢の赤い灯りが揺れる中、すずは長政の胸にそっと額を寄せる。

 ただ寄り添うだけなのに、二人の間には春を思わせるほどのぬくもりがあった。

 長政はすずの肩を抱いたまま、囁く。

「外はまだ冬だが……すずが来れば、俺には春が来たようだ。」

 その言葉に、すずは小さく息を呑み、うつむいたまま――静かに微笑んだ。

 雪深い二月の夜。

 二人の間だけに、ひそやかな春の気配が生まれていた。

今回のタイトル、お気づきでしょうか。

長政の最後のセリフと噛み合わない。

勘のいい皆さんならお分かりかと思います。

運命の判断まで、あと3回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ