第二十一話 お市の出産
第二十一話 お市の出産
冬の夜明け前。
近江の城はまだ静まり返っていたが、奥の部屋だけは灯が揺れ、慌ただしい気配が満ちていた。
「――お市様に、お産の気がございます!」
お市付きの侍女の声で、すずははっと目を覚まして駆けつけた。
◆
戦国の出産は“座位”だ。
産婦は布団の上に座り、上からつるした布――いきみ綱を握って力を込める。
産婆と侍女が忙しく動き、部屋の四隅には清めの紙が張られ、湯気の立つ桶がいくつも並んでいた。
外の冷え込みと反対に、産屋は熱気のこもるほど温められている。
すずは侍女に呼ばれ、湯の替えや布の用意を任された。
「すず、湯をもう一桶。急ぎなさい。」
「は、はいっ!」
眠気など一瞬で吹き飛ぶ。
廊下を走るたびに寒気が刺さるが、湯を運ぶ手は熱でじんじんする。
◆
産屋へ戻ると、お市は布団に深く座り、天井から下がる綱を両手で握りしめていた。
その傍らに――本来は穢れとされ、普段は決して入れぬはずの長政がいた。
夫が出産の場に立ち会うのは特別な時のみ。
まして武家であればなおさらだ。
しかし、お市が深く息を吐くたび、長政は後ろから静かに腰を支え、崩れそうな身体を受け止めている。
「苦しいか……市」
「……大丈夫です……殿が支えてくれるのならば……」
そのやり取りは、声を荒げるでもなく、ただ深いところで結ばれた夫婦のやり取りだった。
すずは胸が締めつけられた。
あの二人は、正室と夫であり、互いを支える主従でもある。
自分とは違う絆がそこにあった。
産婆が声をかける。
「お市様、しっかり綱を握って。息を合わせて……はい、ゆっくり!」
お市は歯を食いしばり、何度も深く息を吐く。
長政はそのたび身体を支え、揺れる肩を押さえていた。
すずは――ただ祈るように、次の湯を抱えて走り続けた。
◆
外は雪、部屋の中は、産声を待つ人々の静かな緊張。
すずは湯気にむせながら、布を運び、産婆の指示に従い、何度も湯を入れ替えた。
気づけば指先は赤くなり、息も白くなっていた。
やがて――
「生まれますよ……! もう少し……!」
産婆の声が重く響き、そして、しばらくの後。
かすかで力強い、赤子の泣き声が、産屋に満ちた。
長政の肩がふっと落ち、お市は涙を滲ませ静かに目を閉じた。
「……女子でございます」
産婆が包み上げた赤子を見せると、お市はかすかに微笑む。
「無事なら……それで……いいの……」
すずは胸が熱くなり、思わず布束を抱えしめた。
長政は産屋にいるのはここまで。
穢れを避けるため、産声を聞くと同時に静かに退室した。
その背は、安堵と誇りに満ちていた。
◆
数刻後。
部屋を落ち着かせ、赤子が眠りついた頃。
侍女が小声ですずを呼んだ。
「お市さまがお会いになりたいと」
「わ、私が……?」
おそるおそる部屋へ入ると、お市は疲労の色を浮かべながらも穏やかに座っていた。
「すず様……ここに来てください。」
すずが膝をつくと、お市は細い息で言った。
「あなた……少しずつ、月のものが戻ってきていますでしょう?」
すずはびくりと肩を震わせた。
侍女たちにも言っていない。
自分でもようやく気づく程度の変化だ。
「心と身体が落ち着けば、また巡ってくるものですら。
……私には、わかるのよ」
お市はゆっくりと続けた。
「だから――今日、見せたかったの。」
「……み、見せた……かった?」
お市はすずをまっすぐ見た。
「殿の側室である以上、あなたもいずれ……子を授かる身。
何をするか、周りは何をしているのか、知っていて損はないでしょう?」
すずは息を呑んだ。
『わたしに……“出産とはこういうもの”だと……教えてくださったの……?』
お市は疲れた笑みを浮かべる。
「未知のものを恐れるだけではいけない。
知ることで、心が軽くなることもあるのよ。」
すずは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。
私……今日のこと、絶対に忘れません……」
雪がしんしんと降る夜。
新たな命が誕生したその部屋で、すずは自分の未来の重さをそっと胸に抱いた。
昔のお産は過酷でした。
まず、臨月に入った妊婦は産屋と呼ばれるプレハブ的な粗末な建物か、屋敷の隅っこの方の部屋に移動します。
その後なんやかんやで子供を産みます(本編で触れてるので割愛します)。
さらに大変なのはこのあとで、産後3日は不眠不休で食事も取らない、1ヶ月は産屋で過ごす、とか。
ちなみに産屋は粗末なプレハブなので当然環境は劣悪です。
出産で体力かなり使ってるのにどんだけ酷い扱い
なのよ…(ToT)
周りもあれだけ『跡継ぎ』とか言っといてさ
あ!!o(`ω´ )o
それもこれも仏教の考えで、『女性は穢れ」という風に言われていたからですね。
女性が戦場に立たない理由もこれです。
お産は特に出血もするし、血液は男の人にとっては馴染みがないのかも。
(いやでも戦で血流してるで、普通に!!)
出産自体はなんとか越えられても、その後の過酷な環境自体に耐えられず亡くなったお母さんも当時はいただろうなあ。
そう考えると現代って結構恵まれてますね。




