北畠顕家の運命を生きます
結局、北畠顕家は7日もヒナギクらと一緒に過ごした。2度ほど、都からの使者が来ていたが、彼は好きな口上を言って、追い払ったのだ。
でも、それを続けられないことは本人がわかっていた。
ヒナギクに急に話しかける。長生もツキもいない時間だった。
「ねえ、姉様。顕家が姉様を好きでいるのは、もうやめた方がいいのですか?」
急な問いにヒナギクが驚く。少し、考える。
「私が顕家を好きだった時間、顕家が私を好きだった時間、それは本当に大事な時間だと思います。子どもだったからだけど、あなたと私しか分かち合えない時間でした」
堅苦しい宮中の中、ふたりの子どもは怯え、互いに手をとり合っていた。
「だけど、あんな閉じた思いは、ずっと必要ではない気がします。私はあなたを頼りにしていました。あなたもそうでしょう。でも、私の今の頼りは長生様です」
ヒナギクの言葉をちゃんと受け止めながら、顕家が微笑む。
「そうなんでしょうね。あのころ、私は何もかも怖かった。ただ、ヒナ姉様が笑ってくれれば、それだけがうれしかった。ちゃんとあなたを好きなのではない。私の逃避先」
そう言った顕家の姿は、背丈が伸びて、少し雄々しく見える。
「私は幼いころの幻を追ってここに来た。出会ったのは、強く大きくなられた姉上と、かなわないほどやさしき人、笑ってしまうけど、とても奥深い犬」
顕家は笑って、ヒナギクを見る。そこに大人の強さと悲しさをヒナギクは見た。
「私はもう少しだけ、強くなります。長生兄にはかなわないだろうけど、そこらの者には負けん。人の生き方や心も知って、頼られるようにもなる。腹すかしてる人には、鳩くらい射てやる。そんな男になります」
不思議なのだが、ヒナギクには顕家が長生みたいに見える。そんな人を見ると、彼女は微笑んでしまう。
「うん、みんながお腹いっぱいになるくらい、鳩を射てきて。私はお芋を見つけておくよ」
顕家はその笑顔に詰まる。やっとわかった。
「それなんだ。顕家がほしかったものは。やっとわかった! 遅かったなあ。いや、長生兄に出会わなければ、こうなれないから、どうにもならないなあ」
顕家は言いながら、腰に太刀を吊るす。
「ヒナ姉様、私は北畠顕家の運命を生きます。ですが、ヒナ姉様は長生兄との運命を生きなさい。これだけが、小さなころに出会った、つまらない弟の祈りです」
ヒナギクが居住する地と京までは半日もかからぬ道のりだった。そもそも、足利の勢力圏だから六波羅も気にしない。だが、あきらかに隠岐の天皇方である北畠顕家が、そこからのこのこ帰ってくると、めんどうが起こる。
山道を通るので不安がある。関長生がその護衛を買って出た。人数がいてもよくないので、顕家と長生のふたりだけの道になる。
たった7日だったが、顕家は剛健になりつつあった。歩きながら言う。
「長生兄、武術の極意とやらは教えていただけませんか?」
顕家の言うことが分不相応で、長生が厳しく返す。
「10日足らずでそこに至れるならば、世の中は豪傑だらけになるぞ」
聞いた顕家が失言だったと思い、下を向く。
バカな子どもだと長生は思う。でも、顕家はずっと生き急いでいる。だから、こんな変な言を吐くのだと考え直す。
「顕家、一朝一夕に得られると思うな。教えてやれるのは、ごく普通。でも、誰も論理としては知っていない。それを知って、続けろ」
長生が何かをくれる気がして、顕家が大きくうなずく。
「今まで教えたことと、何も変わらん。剣は全力で振って稽古しろ」
その意味は知った。価値ある助言だが既出だった。顕家は少し失望する。
「ただし、それは3日か2日に一度でいい。毎日、身体が痛くなるほどにやるな。痛くなるほどやったときこそ、肉を食え。翌日はやらず、しっかり寝て、適度に動き、後は書や芸で頭をきたえろ。その間に心と体が育つ。これを繰り返せ。100日で見えて変わる。1000日あれば、豪傑になれる」
顕家が知らなかった鍛錬法を長生は話してくれた。
「なぜ、毎日ではいかんのです?」
疑問をそのままにできないのが、顕家の美点であり、欠点にもなる。だが、今は前者。
「なぜかはわからん。じゃが、毎日痛くなるほどに稽古すると、身体が痩せていく。力が出なくなり、身体のキレも悪い。だから、休んで食った。そうした方が強くなった気がした。その流れでやると、常に前よりも強くなれた」
それは身心をきたえぬいた長生の経験値だった。顕家にも少し合点がいく。
「続けると煮詰まり、見失うことも多いです。少し離れたときに、また、上手になったと感じられる気もします。身心も、同じようにできているのかもしれませんね」
顕家が何かを得てくれた気がした。長生はそれが彼を救ってくれると信じることにする。




