【第二章完結】無理難題を行こう
丹波のヒナギクが身を寄せる地に、橘正遠が久しぶりに戻る。
「兄者、楠木党があなたの武勇を再度、借りる日が来ました」
庭先で果実をひっくるめて煮ていた長生とヒナギクが振り返った。
「まあ、そうなるわな。名和様は動く気になったか?」
長生の言葉に、正遠は少し下を向く。行子のことでは、何もかも間違った気がしていた。
「あの、行子やもんな。名和様を味方にしてくれるよ。いよいよ、先が読めない時代になるな」
長生に言われ、行子を人身御供にした気がしてくる。自分が許せない。
「正遠、今日は、ここで過ごせ。兄の命じゃ」
迷う正遠に長生が言う。それだけで、正遠は救われる。
「正遠、行子のいいところを言うてみい」
やけ気味に酒を飲み、鍋を口にしていた正遠がムッとした。
「あの子に、感じ悪いところあったか? 朗らかで美しうて、けなげじゃ。エラそうな口を利いたときは、不安しかなかったからじゃ。以後、兄様思いの、いい妹をやってたやろうが!」
正遠の言葉が突っ走ると、長生が笑う。
「そうやな。そういう子や。何にもなくて、さみしい子や。ツキならばどうする?」
ガツガツと肉を食っていた犬が振り返る。
(おやさしい方は好きです。肉をいっぱいもらえますから)
ツキのぼんやりとした顔を見て、正遠とヒナギクが笑った。
「そういう人が生きていける時代にするのが、ワシら剣をおぼえた連中の仕事じゃ」
急に長生は正遠の胸倉をひっつかんで言う。
「俺とお前で、それをやろうや。妹の行子を取り戻す。 異存あるか?」
長生に言われ、正遠が不遜な顔に変わる。
「ないですね。あんなにかわいらしい行子を助けられん自分なんぞ、クソじゃ」
長生が笑い、正遠を羽交い締めにした。
回天の業がはじまる。
「紫苑殿、もうすぐやる。ここを離れなさい。私は吉野に向かい、挙兵する。あなたは伊賀にでも身を潜めてほしい」
月のキレイな夜、大塔宮、いや、今は還俗した護良親王が言う。
「もう、はじまるのですか?」
紫苑はこれから起きる動乱を理解していた。もう、取り返しがつかない。
「はじまるなあ。あなたにまた会えるのかな。会えないのかなあ。もう、わからないよ」
護良親王は正直な言葉だけを口にした。紫苑はまっすぐ答えないといけないだろうと思う。
「私は、ヒナと出会って変わった関長生と出会い、ここにいます。関長生を好きになって、少しまともになってから、あなたに出会いました。あなたを好きになれる時間は、今生ではありませんでした。すみません」
護良親王がクスっと笑う。
「紫苑殿、好きになるのに、順番はいるのかな?」
紫苑は驚く。月下に立つ護良親王の姿は、関長生と同じようにやさしく、美しい。
「私はあなたに教えてもらった言葉で、あなたを好きになった。生きているのは、楽しんだよね」
コクンと紫苑はうなずく。
「私は、あなたに出会えて、それを知れた。あなたに会えて、本当によかった」
ニッコリと笑う護良親王。
「何年かかるかわからない。だけど、やるべきことがある。私は死んでも、やらなきゃ」
何かを決意していた。
紫苑はそれがわかった。だから、怒って、飛んだ。
「お前は死ぬなあぁー」
張り倒される親王。無防備に紫苑を見る。
「バカか! お前が死んで、誰がこの世を、弱き私のような人間を守れる? 長生とか、正成様にはできんのじゃ。アンタがやらんで、どうする?」
紫苑の剣幕に圧倒される親王。
「ええなあ、最高の張り手からの、その剣幕。 大好きじゃ」
護良親王は徹頭徹尾、言いたいことを口にした。
「紫苑、待っててよ。私は死ぬことをやめる。そして、恋に身分も順序もない。護良はいつか、キミを迎えに行くからね」
黙っていた紫苑が赤くなる。こんなにまっすぐに愛された経験がなかった。
関長生は思う。大事なものなどない生き方だった。
だけど、ヒナギクと出会い、守りたいと思った。紫苑も石動力も、正遠も行子も、誰も守りたい。その思いだけは、どうにもならない。
「ヒナ、また、ワシは戦に行くよ」
ヒナギクは長生を失うような気がしてしまう。下を向く。でも、言葉が出る。
「また、逃げようと言いたい。だけど、それでは、なんで私がふんぞり返って姫君をしているのか、説明がつかない。ヒナギクという私は、この姫君を全うしながら、どこかで消えるしかないのよね」
長生は小さく笑う。
「まあ、そういうことじゃ。そのために、関長生は武勇を誇る。褒美にヒナギク君をもらう。どこかで生きているのか、死んだのか、わからんようにする。それが、ワシとヒナのめざす道」
それを聞いて、ヒナギクはニッコリする。
「まず勝つ。でも、忘れてもらう。無理難題だね」
たしかに、これから起こる乱世の中で、武名をとどろかせ、そして消えるのは不可能に近い。関長生は、そこに足を突っ込んでいた。
だけど、長生はヒナを見る。その髪に触れ、クシャっとする。
「最初から、難題じゃ。お前を守って、囲んできた3人を斬らねばならんかった。だけど、ツキのおかげでできた。今度も同じ」
名をあげられたツキが、庭先で暴れる。
それを見たヒナギクは、笑って長生の手を握る。
「待ってるね。どこに行っても、あなたを待ってる」
たくさんの思いを伝えたかった。だけど、言葉にならない。
だから、口づけをした。すべてが伝わったように、ヒナギクは感じた。




