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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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反幕派、それぞれの平穏

 新田義貞(にったよしさだ)は剣を振っていた。関長生(せきのながたか)に負けてから2年以上、自分の武勇を変えようと続けてきたことだった。

「まだまだ、この程度では長生には勝てんな」

 つぶやいて、館に戻る。関東を中心に陸運に大きく食い込んでいるのが新田一族だった。弟の脇屋義助(わきやよしすけ)が来ている。

「帝は隠岐(おき)ですが、大塔宮(おおとうのみや)楠木正成(くすのきまさしげ)も生きていますよ。そして、関長生も」

 義助が言うと、義貞が笑って酒を口にする。

「死ぬわけなかろう。全部、偽装だ。次がある。そろそろ動く」

 義貞は弟のかわらけに酒を満たす。

「で、次は新田の出番になる。静かに、気づかれぬように備えよ。足利は高氏(たかうじ)師直(もろなお)以外には知らすな」

 言われた義助がうなずいた。

「それからな、箱根の先、駿河湾の手前に流民が集落を築いておる。手を出すな。いや、守ってやれ。姫様の御料地と思え」

 さすがに、脇屋義助には意味がわからない。

「関長生とヒナギク君に縁のある地のようじゃ。守って、損は何もないぞ」

 理解した義助がうなずいた。機嫌のいい義貞が言う。

「義助よ。新田に関長生がいたら、どうなる?」

 脇屋義助は関長生を見たことはなかった。だが、赤坂城での赤鬼は関であると聞いていた。兄以上の天下の豪勇だと判断していた。

「それができれば、鎌倉に新田の旗が立つでしょうな」

 弟の言葉に、義貞が笑い、酒を口にした。


「長年様、こちらのお部屋、掃除してみました。上手にできてたら、釣りを教えてくださいな」

 一条行子(いちじょういくこ)の声に、名和長年(なわながとし)が驚いた。

「い、いや、そんなことは家の者にやらせれば……」

 楠木党から預かった、帝に近い人だった。そんな雑用をやらせる人ではない。

 だけど、行子は笑う。

「何を言ってるんです。帝がここに渡らせられるかもしれない。私は女御。ならば、準備するのは当然です」

 長年はクラクラする。この朗らかな女御を見るだけで、帝に近づいてしまった気がするのだ。

「私は都向けのことは何もできません。だから、釣りを教えてくださいな。それで、帝に喜んでもらい、お妃さまに気に入っていただき、わが兄を屈服させるのです」

 長年は、この娘を気に入ることにした。

「いいでしょう。危ないので舟からというわけにはいかんですが、船着き場でも、そこそこ釣れるものです」

 行子が笑った。

「やったぁ!」


 ヒナギクのいる館に、公家がひとり顔を出していた。

「ヒナ姉様、こんなことでよろしいのでしょうか?」

 その公家はヒナギクをよく知るらしく、姉と呼んで時勢の愚痴をこぼす。ヒナギクはそれを聞いているのか、いないのか、特に返すことなく庭先で火を起こしていた。

 そこに関長生とツキが帰ってくる。

「お帰り~。おおっ、鳩が3羽もおるの!」

 ヒナが笑って、ひとりと一匹に言う。

 公家はその光景を見て、驚く。ヒナギクが心底うれしそうに、背の高い男に声をかけ、意地汚い顔をした犬をなでている。

 違和感をおぼえた長生が座敷を見た。若い公家がいる。いや、若いのではない。どちらかといえば子どもだ。


「ほお、お客人か。ならば、ワシとツキは裏で夕餉にするかの」

 長生が言うと、ツキはビョンビョンはねて、よだれをまき散らす。

(どこでもいいから、はよう、食いましょう!)

 ヒナギクは笑いながら、少し考える。そして、言う。

「いや、あのお客人とも、一緒に鍋を食おう。ただし、あいつは潔癖症じゃ。こちらが合わせる義理はないが、ガキなんじゃ。長生もツキも、ちょっと身体を清めてくれ」

 言われた長生がうなずく。ツキをうながして、井戸へ向かう。

 ヒナギクは何も言わずに鳩の首を打ち、毛をむしり、肉にした。

 その豪気な仕草に気圧され、公家は何も言えない。


 鍋の湯が煮えたころに、長生はツキと一緒に庭側から戻ってきた。衣服も質素ながら、サッパリとしたものだった。何もかもわかっているのだと、ヒナは思う。

「長生、あれは北畠顕家(きたばたけあきいえ)という。帝のおぼえ高い、北畠親房(きたばたけちかふさ)様の御嫡子じゃ。もうな、従三位(じゅさんみ)じゃ。ガキのころから、にょきにょきと昇進して、私よりふたつも下なのに、世間の人はだあれもつけない職位におる。エライらしいぞ。拝むか?」

 思いきり嫌味を言うヒナギク。公家は面食らい、怒る。

「しょ、昇進したくて、したのではない! 天下が万事治まるように、私のような若輩でも、やらねばあらんことがあるのです。ヒナ姉なら、知っておるでしょう」

 ヒナギクは辟易した顔をして、鍋に肉と芋を放り込む。

「知らんがな。どうでもええけど、私らはお腹がすきましたので、夕餉にします。その辺でとってきた鳩肉と芋ですからね。従三位のお公家の口に合うわけございませんが、いるなら食うてもよろしい」

 ヒナギクが返している間にも、長生は黙って出汁の味を調整する。煮えてきたところで、ツキのために器にある程度をとる。

 そして、何も言わずにネギとノビルを入れ、さらに味噌を融かす。どうしようもなく、腹をくすぐる香りが満ちる。

「ヒナ姉様、いじわる言わんでくだされ。私も、食べたいです」

 ヒナギクは笑った。言葉を口にすることなく、夕餉の準備が進む。


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