反幕派、それぞれの平穏
新田義貞は剣を振っていた。関長生に負けてから2年以上、自分の武勇を変えようと続けてきたことだった。
「まだまだ、この程度では長生には勝てんな」
つぶやいて、館に戻る。関東を中心に陸運に大きく食い込んでいるのが新田一族だった。弟の脇屋義助が来ている。
「帝は隠岐ですが、大塔宮も楠木正成も生きていますよ。そして、関長生も」
義助が言うと、義貞が笑って酒を口にする。
「死ぬわけなかろう。全部、偽装だ。次がある。そろそろ動く」
義貞は弟のかわらけに酒を満たす。
「で、次は新田の出番になる。静かに、気づかれぬように備えよ。足利は高氏、師直以外には知らすな」
言われた義助がうなずいた。
「それからな、箱根の先、駿河湾の手前に流民が集落を築いておる。手を出すな。いや、守ってやれ。姫様の御料地と思え」
さすがに、脇屋義助には意味がわからない。
「関長生とヒナギク君に縁のある地のようじゃ。守って、損は何もないぞ」
理解した義助がうなずいた。機嫌のいい義貞が言う。
「義助よ。新田に関長生がいたら、どうなる?」
脇屋義助は関長生を見たことはなかった。だが、赤坂城での赤鬼は関であると聞いていた。兄以上の天下の豪勇だと判断していた。
「それができれば、鎌倉に新田の旗が立つでしょうな」
弟の言葉に、義貞が笑い、酒を口にした。
「長年様、こちらのお部屋、掃除してみました。上手にできてたら、釣りを教えてくださいな」
一条行子の声に、名和長年が驚いた。
「い、いや、そんなことは家の者にやらせれば……」
楠木党から預かった、帝に近い人だった。そんな雑用をやらせる人ではない。
だけど、行子は笑う。
「何を言ってるんです。帝がここに渡らせられるかもしれない。私は女御。ならば、準備するのは当然です」
長年はクラクラする。この朗らかな女御を見るだけで、帝に近づいてしまった気がするのだ。
「私は都向けのことは何もできません。だから、釣りを教えてくださいな。それで、帝に喜んでもらい、お妃さまに気に入っていただき、わが兄を屈服させるのです」
長年は、この娘を気に入ることにした。
「いいでしょう。危ないので舟からというわけにはいかんですが、船着き場でも、そこそこ釣れるものです」
行子が笑った。
「やったぁ!」
ヒナギクのいる館に、公家がひとり顔を出していた。
「ヒナ姉様、こんなことでよろしいのでしょうか?」
その公家はヒナギクをよく知るらしく、姉と呼んで時勢の愚痴をこぼす。ヒナギクはそれを聞いているのか、いないのか、特に返すことなく庭先で火を起こしていた。
そこに関長生とツキが帰ってくる。
「お帰り~。おおっ、鳩が3羽もおるの!」
ヒナが笑って、ひとりと一匹に言う。
公家はその光景を見て、驚く。ヒナギクが心底うれしそうに、背の高い男に声をかけ、意地汚い顔をした犬をなでている。
違和感をおぼえた長生が座敷を見た。若い公家がいる。いや、若いのではない。どちらかといえば子どもだ。
「ほお、お客人か。ならば、ワシとツキは裏で夕餉にするかの」
長生が言うと、ツキはビョンビョンはねて、よだれをまき散らす。
(どこでもいいから、はよう、食いましょう!)
ヒナギクは笑いながら、少し考える。そして、言う。
「いや、あのお客人とも、一緒に鍋を食おう。ただし、あいつは潔癖症じゃ。こちらが合わせる義理はないが、ガキなんじゃ。長生もツキも、ちょっと身体を清めてくれ」
言われた長生がうなずく。ツキをうながして、井戸へ向かう。
ヒナギクは何も言わずに鳩の首を打ち、毛をむしり、肉にした。
その豪気な仕草に気圧され、公家は何も言えない。
鍋の湯が煮えたころに、長生はツキと一緒に庭側から戻ってきた。衣服も質素ながら、サッパリとしたものだった。何もかもわかっているのだと、ヒナは思う。
「長生、あれは北畠顕家という。帝のおぼえ高い、北畠親房様の御嫡子じゃ。もうな、従三位じゃ。ガキのころから、にょきにょきと昇進して、私よりふたつも下なのに、世間の人はだあれもつけない職位におる。エライらしいぞ。拝むか?」
思いきり嫌味を言うヒナギク。公家は面食らい、怒る。
「しょ、昇進したくて、したのではない! 天下が万事治まるように、私のような若輩でも、やらねばあらんことがあるのです。ヒナ姉なら、知っておるでしょう」
ヒナギクは辟易した顔をして、鍋に肉と芋を放り込む。
「知らんがな。どうでもええけど、私らはお腹がすきましたので、夕餉にします。その辺でとってきた鳩肉と芋ですからね。従三位のお公家の口に合うわけございませんが、いるなら食うてもよろしい」
ヒナギクが返している間にも、長生は黙って出汁の味を調整する。煮えてきたところで、ツキのために器にある程度をとる。
そして、何も言わずにネギとノビルを入れ、さらに味噌を融かす。どうしようもなく、腹をくすぐる香りが満ちる。
「ヒナ姉様、いじわる言わんでくだされ。私も、食べたいです」
ヒナギクは笑った。言葉を口にすることなく、夕餉の準備が進む。




