甘えられる相手
関長生と出会って、2年が過ぎていた。月山の里には新しい命も生まれている。流れてきた人もいた。石動力は、やってきた人すべてに会った。中には、この里に似つかわしくない者もいる。かつて、関長生が斬ってくれた唐山坊のような輩だった。
「ここは貧しく、生活は厳しいですからね。少しの路銀をお分けしますので、港の方へお出でになって、やり直されてはどうです?」
そう言って、力はその連中に金を与えた。彼らは喜んで去る。そして、次には仲間を呼んで寄生しに来ることも知っていた。
だから、力は里の男を連れて、彼らの後をつける。
里から離れ、道が交差するところをいくつも抜けた後、言う。
「右を射殺せ。驚いて、動くだろう。左はまかせる。中央の男は私の仕事」
弓のうまい男が射る。ひとりが倒れる。驚いた男たちが動く。石動力はその方向に石礫を投げる。そして、中央にいる男に突進する。
「おぬしらに、月見て笑う資格はない!」
抜刀する。剣は殺した者たちから奪い続け、いいものに替えてきた。もう、唐山坊のなまくらではない。立派な長剣。関長生のそれよりも長い、その切っ先が突っ走る。
月下に首がはね飛んだ。
太刀をぬぐい、収めると、力は首のない骸に手を突っ込む。渡した路銀を回収し、穴を掘る場所を決める。一同で穴を穿ち、死んだ者の首も身体もぶち込んで埋める。
「その鎧となまくらな刀でも、売れば、井戸を掘る道具くらいは買えるであろう。稚児たちの衣類や菓子は、私らの生産で得よう」
力の言葉にうなずく一同。そして、力の成長に恐怖する。関長生の剣よりも、恐ろしい気がしたのだ。
「殺すべき相手じゃったのか?」
弓の男が石動力に問う。
「知らんよ。だけど、月山の里は知られたくない。殺すしかなかろう?」
みんなが寒くなる。誰もが力のおかげで妻帯していた。だけど、力だけは独身だった。
関長生は摂津に戻り、そこから、丹波のヒナギクのもとへ戻った。
「お帰り!」
大喜びでヒナギクが迎えるのだが、なぜか、長生は橘正遠と目も合わせない。
「ヒナ、ちょっと身体洗ってくるわ。館の方で、ゆっくりと話そうか」
そう言って、長生はすぐに出ていった。ヒナギクは追いたいのだが、しょげている正遠も気になる。
「どうしました? 正遠」
すると、正遠は顛末を口にする。一条行子を強引に名和長年に委ねたことを、長生は許さず、正遠も悔いていた。
聞いたヒナギクは、長生の性格、正遠の実直さを加味して、すべて理解した。
小さな身体で正遠の前まで行く。手を握った。驚き、放心する正遠。
「あなたが長生の友でよかった。あの人ってね、私か紫苑か、たぶん、行子くらいにしか甘えられないの。でも、みんな女子でしょ。だから、男の子のあなたに、具体的なことは何もかも甘えちゃうのよ」
正遠はバカな、と思う。
「長生って、女の子はみんな妹にしちゃう。だけど、男の子はね、あなたともうひとりだけ。それが弟なの。何もかも預けて、信頼してるの。許してあげて」
考えてみれば、関長生は赤坂城陥落以来、ずっと正遠を頼っている。悔しいことをぶちまけてくれる。
「私が、長生兄の弟でいいのですね?」
ヒナギクはニッコリ笑う。
「あなたの方が年長ですものね。私も、こんな素敵な兄ができるなら、それはうれしいのですよ」
正遠はおかしくなりそうだった。
「長生が長兄で、正遠が次男。もうひとり男子がいて、紫苑と行子、ヒナが妹です。そんな家にしましょうね。行子も帰ってくるのです」
橘正遠の中で、何かが変わった。みんな大好きだったのだ。
「あなた方の兄として、大好きな長生兄を助けますよ。そうだ、関の姓をいただけませんか?」
ヒナギクはまたニッコリ。
「関正遠の兄様。みんなで生き抜きましょう。月山の里へ帰りましょうね」
正遠は心を決める。自分の生き方が定まった気がする。力強く、うなずいた。
「橘正遠は私の中では関正遠となりました。私の兄です」
甘えようとする長生に、ヒナはぴしゃっと言う。驚く長生。
「あなたは、正遠兄に甘えすぎです。行子を幸せにしたかったのはわかります。私と同じです。でも、最後まで連れ添えなかったのは、正遠兄のせいではありません」
ポカンとする長生。
「できもせんことをできると思うて、できないからと正遠のせいにする。つまらん男ですね。山の上で人を斬りまくって、すぐに爆死するような男が、そんな立派なことできますか? あなたの弟の石動力を見習いなさい」
長生は詰まる。反論できない。
「あなたにできることなんてね、何もない人に寄り添い、何かがあるように思わせることだけです。私も紫苑も、行子も、それだけで大好きなんです。忘れないで」
笑う長生。そうだったな、と思う。
「ごめん、ヒナ。明日、正遠にあやまる。だから、少し甘えていい? 行子の思い出を話したい。お前に話すことではないとわかってるけど、聞いてくれるのはお前しかいない。話さないと、行子がいなかったことになってしまう」
ヒナギクは胸を張って笑う。
「聞きますよ。大事な家族の話です。私が知らずに、どうするんです?」
安心して、長生は行子との道中を話す。想定通りのことを長生はしていた。それがうれしく、少し悔しい。ヒナギクはその心の動きを自分で笑った。
この日の会話の間。ツキは長生の横で、ずっと寝ていることも知っていた。




