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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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陵王と項羽

 器に盛られた肉を口にして、北畠顕家(きたばたけあきいえ)の思考は緩む。食ったことない、うまいものだ。考えているのがバカバカしい。とにかく、食う方がいい。

 次々に口にすると、椀が空になる。背の高い男が微笑みながら、その椀を求める。渡すと、さっきより多く、肉が盛られた。また食う。

「顕家、おいしいやろ?」

 口いっぱいに食い物があるので、言葉が出ない。ただうなずく。庭を見ると、自分以上に犬が食っている。目の前の長身の男とは、まだ、口もきいていない。

 でも、その男は終始、笑っていた。ヒナギクはその顔をうれしそうに何度も見ている。

「ヒナ姉、そいつは、何者じゃ?」

 気がつくと、口にしていた。


 顕家らしいと、ヒナギクは感じた。だから、長生(ながたか)の手を少し握る。その姿を見て、顕家が驚いているのも感じた。そして、めいっぱい笑う。

「顕家、この方は関長生(せきのながたか)様。私の思い人で、私が終生、一緒に生きる人です」

 顕家は驚愕した。吸っていた出汁を吹き出した。恥ずかしいのか、あわてて口を拭く。でも、言葉も出る。

「何を言うんです! ヒナ姉様をいつか、妻にもらい受けようとしていたのは、この私です!」

 うろたえている顕家に、ヒナギクは少し笑う。

「そうか、顕家は私と仲良かったもんね。齢も近いし、周りは大人ばっかりやし、遊ぶ相手も少なかった」

 顕家はうなずく。そうなのだ。朝廷に侍る顕家は幼く、そこにヒナギクは何度もやってきた。一緒に子どもである時間を過ごした。

「だけどな、顕家。そんなんは、狭い京の中の、これまた狭い館でのことじゃ。私は外に出され、たくさんの人に会い、たくさんの孤独を感じた。でも、ただひとり、長生様だけが、私の孤独を掃ってくれた。私は大好きになった」

 ヒナギクの言葉に納得がいかない顕家は、余計なことを口にする。

「それは、間違いです。あなたは皇女ですよ。貴賤の……」

 最後まで口にさせないように、ヒナギクは激怒した。

「何をほざくか、このガキが! お前に何ができる? 従三位(じゅさんみ)らしい何をする? できんやろうがっ」

 顕家がムッとした。

「できますよ。陵王(りょうおう)でも舞いましょうか?」

 ヒナギクが鼻で笑う。

「帝にもそれで気に入られたらしいの。いいやろう。笛くらい吹いたる。ただし、その後は長生様の舞を見ろ。ええな!」

 顕家がうなずく。長生はヒナギクの顔を見て、これが彼女流の教育なのだと知り、それに乗ることにした。


 ヒナギクが吹く笛に北畠顕家の舞が乗る。小さな(ばち)を振りながら、足を踏みかえ、姿勢をつくる。北斉の皇族で名将だった蘭陵王(らんりょうおう)が、秀麗な面貌を獣神の仮面で隠し、戦に勝った姿を描く。

 顕家の若すぎる端正な面持ちは、その雰囲気を存分に発する。

 美しい子だと、ヒナギクは笛を吹きながらも感じる。だけど、どこもかしこも、何もわかっておらず、ただ、危ない。

 舞い終わり、顕家はスッと立った。その姿も美しい。だけど、健気すぎる。

「いかがですか? 私の舞は?」

 これでチヤホヤされてきたのだろうと想像がつく。だから、ヒナギクは冷たい。

「よくおぼえ、間違えなかったね。でも、次は長生様が舞います。剣舞ですので、私が吟じます。詩は垓下」

 顕家が差し込まれる。武の権化である項羽をやるのだ。


 長生の一閃目で、顕家は殺されたと理解した。切っ先が突っ走っていた。

先頭で突っ込んできた長生に、自分の首が飛ばされたように思う。

 次々に剣をなぐ姿に、周囲が跳ね飛ばされたようにも感じる。斬撃の後、クルリと体勢を立て直し、まっすぐに立つ。月を背負っていた。

 そのまま、飛んだ。切り伏せられ、さらに横なぎにされた。十文字に絶たれた自分を感じる。

 振り返った長生は、両手を広げて、月を浴びていた。自分は切り刻まれて、それを浴びることはない。

 自分は何をやっても、こうなれないだろう。だけど、これこそが力だ。官位とか、権威とか、そういうものでは、ごまかせない。

 本物の力と強さ、それがわかる。

「あ、ああ、お見事です。私はこうなれない。届かない」

 つぶやいた顕家に、長生がはじめて言葉を発する。

「あきらめが早いのう。こんなもんは、お前がしっかり食って、しっかり鍛錬すれば、届く世界じゃ」

 顕家が目を見開く。

「先回って、わかったような口を利くな。いや、そういうことを考えるな。貴様はガキじゃ。成したことなどなく、あるのは可能性だけ。多くを見聞きし、鍛錬して、経験し、それを拓け」

 月下の剣士が笑った。顕家は、ただうなずいた。


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