陵王と項羽
器に盛られた肉を口にして、北畠顕家の思考は緩む。食ったことない、うまいものだ。考えているのがバカバカしい。とにかく、食う方がいい。
次々に口にすると、椀が空になる。背の高い男が微笑みながら、その椀を求める。渡すと、さっきより多く、肉が盛られた。また食う。
「顕家、おいしいやろ?」
口いっぱいに食い物があるので、言葉が出ない。ただうなずく。庭を見ると、自分以上に犬が食っている。目の前の長身の男とは、まだ、口もきいていない。
でも、その男は終始、笑っていた。ヒナギクはその顔をうれしそうに何度も見ている。
「ヒナ姉、そいつは、何者じゃ?」
気がつくと、口にしていた。
顕家らしいと、ヒナギクは感じた。だから、長生の手を少し握る。その姿を見て、顕家が驚いているのも感じた。そして、めいっぱい笑う。
「顕家、この方は関長生様。私の思い人で、私が終生、一緒に生きる人です」
顕家は驚愕した。吸っていた出汁を吹き出した。恥ずかしいのか、あわてて口を拭く。でも、言葉も出る。
「何を言うんです! ヒナ姉様をいつか、妻にもらい受けようとしていたのは、この私です!」
うろたえている顕家に、ヒナギクは少し笑う。
「そうか、顕家は私と仲良かったもんね。齢も近いし、周りは大人ばっかりやし、遊ぶ相手も少なかった」
顕家はうなずく。そうなのだ。朝廷に侍る顕家は幼く、そこにヒナギクは何度もやってきた。一緒に子どもである時間を過ごした。
「だけどな、顕家。そんなんは、狭い京の中の、これまた狭い館でのことじゃ。私は外に出され、たくさんの人に会い、たくさんの孤独を感じた。でも、ただひとり、長生様だけが、私の孤独を掃ってくれた。私は大好きになった」
ヒナギクの言葉に納得がいかない顕家は、余計なことを口にする。
「それは、間違いです。あなたは皇女ですよ。貴賤の……」
最後まで口にさせないように、ヒナギクは激怒した。
「何をほざくか、このガキが! お前に何ができる? 従三位らしい何をする? できんやろうがっ」
顕家がムッとした。
「できますよ。陵王でも舞いましょうか?」
ヒナギクが鼻で笑う。
「帝にもそれで気に入られたらしいの。いいやろう。笛くらい吹いたる。ただし、その後は長生様の舞を見ろ。ええな!」
顕家がうなずく。長生はヒナギクの顔を見て、これが彼女流の教育なのだと知り、それに乗ることにした。
ヒナギクが吹く笛に北畠顕家の舞が乗る。小さな桴を振りながら、足を踏みかえ、姿勢をつくる。北斉の皇族で名将だった蘭陵王が、秀麗な面貌を獣神の仮面で隠し、戦に勝った姿を描く。
顕家の若すぎる端正な面持ちは、その雰囲気を存分に発する。
美しい子だと、ヒナギクは笛を吹きながらも感じる。だけど、どこもかしこも、何もわかっておらず、ただ、危ない。
舞い終わり、顕家はスッと立った。その姿も美しい。だけど、健気すぎる。
「いかがですか? 私の舞は?」
これでチヤホヤされてきたのだろうと想像がつく。だから、ヒナギクは冷たい。
「よくおぼえ、間違えなかったね。でも、次は長生様が舞います。剣舞ですので、私が吟じます。詩は垓下」
顕家が差し込まれる。武の権化である項羽をやるのだ。
長生の一閃目で、顕家は殺されたと理解した。切っ先が突っ走っていた。
先頭で突っ込んできた長生に、自分の首が飛ばされたように思う。
次々に剣をなぐ姿に、周囲が跳ね飛ばされたようにも感じる。斬撃の後、クルリと体勢を立て直し、まっすぐに立つ。月を背負っていた。
そのまま、飛んだ。切り伏せられ、さらに横なぎにされた。十文字に絶たれた自分を感じる。
振り返った長生は、両手を広げて、月を浴びていた。自分は切り刻まれて、それを浴びることはない。
自分は何をやっても、こうなれないだろう。だけど、これこそが力だ。官位とか、権威とか、そういうものでは、ごまかせない。
本物の力と強さ、それがわかる。
「あ、ああ、お見事です。私はこうなれない。届かない」
つぶやいた顕家に、長生がはじめて言葉を発する。
「あきらめが早いのう。こんなもんは、お前がしっかり食って、しっかり鍛錬すれば、届く世界じゃ」
顕家が目を見開く。
「先回って、わかったような口を利くな。いや、そういうことを考えるな。貴様はガキじゃ。成したことなどなく、あるのは可能性だけ。多くを見聞きし、鍛錬して、経験し、それを拓け」
月下の剣士が笑った。顕家は、ただうなずいた。




