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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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フワフワとまっすぐに

 数刻後には精悍な武家らしい人物と長生(ながたか)らは膳を囲んでいた。相手は菊池武時(きくちたけとき)。肥後の御家人であり、楠木党とのつながりもあり、橘正遠(たちばなのまさとお)もよく知る武士だった。

「幕府が鎮西探題(ちんぜいたんだい)を置いてからの、風向きが変わった。(げん)の侵攻もあったのに締め付けが強い。鎌倉からは、こんな遠くは見えておらんのであろうな」

 武時は明らかな文句を口にする。正遠からはハッキリとした性格だと聞いていた。すると、長生の横にいた行子が急に言う。

「武時様、お芋の汁は、お口に合いませんかの? 道すがらあちこちでとってきたんです」

 武時も関長生の横にいる美女には気づいていた。でも、武辺者らしく、そこは感知せぬことにしていたのだ。

「い、いや、すみません。怒りばかりで、せっかく馳走いただいたのを忘れて……」

 そう言って、汁を口にする。あきらかに武時の顔が変わる。

「よかったぁ。おいしいですよね。私もお魚の出汁でいただくお芋が大好きです」

 行子が唐土の酒器に酒を注ぐ。すぐに飲み切る武時。

「関長生の妹、関行子(せきのいくこ)です。兄がご迷惑をおかけしてませんかぁ」

 酒を注ぐ行子に武時はしどろもどろになった。


 華やかな行子の存在で、急に座に血が通った。

「長生殿、あなたこそが、赤坂城での赤ら顔の猛将ですよな! 武蔵の関羽ですよ」

 酔った武時は聞く。

「いや、そんな立派なものではござらん」

 長生はその風聞が余計なので、なるべく自分から遠ざけようとする。すると、笑う行子を見た武時が言う。

「そうなるでしょうなあ。ですがな、あの赤ら顔の猛将に一言だけ伝えたいのです。人違いでも聞いていただけますかな?」

 困る長生だったが、行子が大きな声で言う。

「武時様、おっしゃってください。もし、私が知る人ならば、必ずお伝えしますよ」

 武時はうれしそうだった。胸を張り、長生を見る。

「私は伝え聞く関羽の豪勇に惚れました。それが三尺の剣をひっさげ、生きる武人の心。回天なるとき、そういう武神が現れるのでしょう。私も、勇気凛凛です。その旗の下に集い、回天の音を聞きたい」

 菊池武時は圧倒的な宣言をした。茶化してはいけない。そして、それを受け取るのは、橘正遠では足りない。関長生しかいない。

「武時殿、武勇なんぞは咲くべき花の露払いでしかない。咲いたときに、誰かが笑えば、それで十分」

 長生は飾らずに彼の死生観を話した。

 その光景に菊池武時は涙があふれる。長生は年下の背の高い男だった。だけど、彼が関羽だと理解する。ただまっすぐな武神が自分の道を示してくれた。

「あなたと会い、あなたの御妹に酒を注がれ、あなたの言葉を聞く。私は恵まれすぎた。この果報は、わが一族のもとにあればいい」

 武時は何かを決意し、頭を下げる。

「武時様、そんな立派に聞いてはいけません。必死はいいが、死んではいけません。生きていくのは、楽しいのです」

 関羽の妹の言葉も好きだった。それを武時は家族らにあげたいのだと、理解した。


 近いうちに、会合予定の名和長年(なわながとし)の船が来るという。伯耆(ほうき)で水運を統べる新興武士らしく、橘正遠とはよく知った間柄だった。

「私、この船旅でいろいろ学びました。私が好きになった最初の人は、長生兄じゃ、そう気づいたのです」

 行子と海を眺めていると、正遠はそんな言葉を聞く。

「そりゃ、そうでしょうね」

 正遠は答えるしかない。

「だけどね、正遠もいいな、と思いました。船の上ではなんでもできる。なのに、いつもプンプンして、面倒があったら、海に逃げる。そのくせ、ホンマはやさしい」

 何を言っていいかわからない。正遠は海を眺めて黙ってしまう。

「わかっとらんの。私が好きになった2番目の人は、正遠、お前じゃ」

 行子は生まれてはじめて認識した複数の愛情を、ただ言葉にした。ここで言わなければ、ずっとできない気がしたからだ。

 それを理解した正遠の心で何かが爆発する。隣で、フワフワとしながらも、必死に気持ちを伝えようとする娘に、応じたかった。

 でも、それはしてはいけないこと。両腕を組んだまま、クワッと海を睨んだ。

 数瞬が過ぎ、ようやく、正遠は行子の方を見た。最初に見たときから、端正な美しさが拠り所なくフワフワした人だった。

 だから、酷薄にも見えた。長生というやさしさの上に座ると、ただ可憐に咲いた。今、自分に向けてくれる顔は、まっすぐ、凛として美しい。

 言えることを言葉にしようと思う。

「行子様、なんかあったら、ワシを頼ってください。兄者ほどでないけど、安心はできますよ」

 応じてくれた笑顔を、正遠は忘れられなくなった。


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