恋文を書きたいのじゃ
船と陸とを行き来する生活に行子は慣れたようだった。正遠とも、友人のような間柄になっていく。
「正遠、いつになったら、網を引けるのですか?」
顔を見れば、余計なことを言う。
「アカンに決まってるでしょ! そこの竿を貸したるから、釣りでもやってなさい。ただし、それでも危ない。ひとりでやったら怒りますよ。長生兄と一緒にやれ」
行子が少し好きになっていた正遠だが、船と港ではやることばかり。そう言って去る。
「兄様、釣りを教えてください」
行子が言うのだが、長生も困る。
「ワシは陸を行き来する生き方をしてきた。弓はできても、釣りはなあ」
そう言って、ふたりで試行錯誤する。サッパリ釣れない。
港町での夜。行子は長生に言う。
「兄様は文を書いたりしますか?」
長生は当たり前のように応じる。
「おう、書くなあ。ワシらは情報のやり取りが大事での。案外、戦場で書くことも多い」
聞いた行子は、ぷぅーっとした顔になる。話の方向がつまらない。
「そういうものではありません。文といえば、恋する相手へのものじゃ。兄様が言うような、固く、トゲトゲしいものでなく、もっと、まろやかなものです」
そう言いながら、行子は墨に筆を触れる。さらさらと文字を紙に乗せる。
「ながたか兄、つきはうつくしく、はるのしおかぜここちよきよにございます……」
行子の筆は止まらず、ブツブツと口から言葉もあふれる。
「でも、兄様への手紙では、まろやかな恋文にはなりませんな。なんか、食うたものがうまかった話ばかりになりそうです。歌を詠みたいが、うーん」
長生は笑う。
「食いたいものへの思いは綿々として慕うを増し、夜はこうこうとして眠れず、という感じであろう」
言われた行子は怒ろうとして気づく。長生が口にしたのは『洛神賦』という洛水の女神を詠った一節だった。行子が好きだった唐土の詩。
「さすが、武蔵の関羽じゃ。兄様は漢籍も読むのですか?」
長生が少しおどける。
「ガキのころに、よいものをいくつか読ませてもろうた。その中のひとつじゃな。基本、ワシは無学じゃ」
長生はウソを言っていると行子は思う。この人の奥深さに驚き、うれしくなる。
「兄はホンマにまろやかさがありませんね。でも、行子は恋文を書きたいのじゃ」
怒ったふりをしてみる。この時間が楽しいのだ。
「上手に書けばよい。なんならば、ワシが添削してやろう」
それでは意味がないと行子は思う。でも、結果として、長生に送った文を添削されるのもいい。思うだけでも楽しい未来だった。
「わぁ、ああいう衣を買うていただけたら、行子も美しいと思っていただけるのではないでしょうか?」
博多に至ると、行子は道行く貴人らの衣類を見ながら、そんなことを言う。
「お前も貴人なんじゃ。あんまり、目立つな」
長生にたしなめられ、行子はつまらない顔をする。
博多は大宰府の外港であり、唐土との貿易で栄える場所だった。海運国家の南宋が強勢だったころは、華やかさは京どころではなかった。元寇が起き、一度、衰退もしたが、また、交易港として再建され、元が衰退する中、繁栄は際立つようになっていた。
「ここで、伯耆の名和様と談合の予定です。あまり知られたくないのですよ」
橘正遠も怒って釘を刺す。ますます、行子はつまらない。
「そういうことは正遠が好きにやればいいのです。私とお兄やんは、この博多を楽しむためにおるのです」
そう言って、行子は笑う。
夜になると、長生らが寄宿する館に来客がある。
「行子様は身元がわかるとよくない。客人に会う必要はない」
正遠がそう告げる。でも、行子は反論する。
「私は関長生の妹です。御客人にはご挨拶するのが正しい。そうだ! 道すがらとってきた芋を煮ましょう。魚の出汁でいただいてもらいましょう」
どうやら、行子はやりたいようだった。長生は正遠に目配せし、了解を得る。
「行子、ホンマに鎮西の名士との会合じゃ。朗らかなお前に甘えるからな。しっかりと頼むわ」
行子が喜ぶ。




