表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
76/85

恋文を書きたいのじゃ

 船と陸とを行き来する生活に行子(いくこ)は慣れたようだった。正遠(まさとお)とも、友人のような間柄になっていく。

「正遠、いつになったら、網を引けるのですか?」

 顔を見れば、余計なことを言う。

「アカンに決まってるでしょ! そこの竿を貸したるから、釣りでもやってなさい。ただし、それでも危ない。ひとりでやったら怒りますよ。長生(ながたか)兄と一緒にやれ」

 行子が少し好きになっていた正遠だが、船と港ではやることばかり。そう言って去る。

「兄様、釣りを教えてください」

 行子が言うのだが、長生も困る。

「ワシは陸を行き来する生き方をしてきた。弓はできても、釣りはなあ」

 そう言って、ふたりで試行錯誤する。サッパリ釣れない。


 港町での夜。行子は長生に言う。

「兄様は(ふみ)を書いたりしますか?」

 長生は当たり前のように応じる。

「おう、書くなあ。ワシらは情報のやり取りが大事での。案外、戦場で書くことも多い」

 聞いた行子は、ぷぅーっとした顔になる。話の方向がつまらない。

「そういうものではありません。文といえば、恋する相手へのものじゃ。兄様が言うような、固く、トゲトゲしいものでなく、もっと、まろやかなものです」

 そう言いながら、行子は墨に筆を触れる。さらさらと文字を紙に乗せる。

「ながたか兄、つきはうつくしく、はるのしおかぜここちよきよにございます……」

 行子の筆は止まらず、ブツブツと口から言葉もあふれる。

「でも、兄様への手紙では、まろやかな恋文にはなりませんな。なんか、食うたものがうまかった話ばかりになりそうです。歌を詠みたいが、うーん」

 長生は笑う。

「食いたいものへの思いは綿々(めんめん)として慕うを増し、夜はこうこうとして眠れず、という感じであろう」

 言われた行子は怒ろうとして気づく。長生が口にしたのは『洛神賦(らくしんふ)』という洛水の女神を詠った一節だった。行子が好きだった唐土の詩。

「さすが、武蔵の関羽じゃ。兄様は漢籍も読むのですか?」

 長生が少しおどける。

「ガキのころに、よいものをいくつか読ませてもろうた。その中のひとつじゃな。基本、ワシは無学じゃ」

 長生はウソを言っていると行子は思う。この人の奥深さに驚き、うれしくなる。

「兄はホンマにまろやかさがありませんね。でも、行子は恋文を書きたいのじゃ」

 怒ったふりをしてみる。この時間が楽しいのだ。

「上手に書けばよい。なんならば、ワシが添削してやろう」

 それでは意味がないと行子は思う。でも、結果として、長生に送った文を添削されるのもいい。思うだけでも楽しい未来だった。

 

「わぁ、ああいう衣を買うていただけたら、行子も美しいと思っていただけるのではないでしょうか?」

 博多に至ると、行子は道行く貴人らの衣類を見ながら、そんなことを言う。

「お前も貴人なんじゃ。あんまり、目立つな」

 長生にたしなめられ、行子はつまらない顔をする。

 博多は大宰府(だざいふ)の外港であり、唐土との貿易で栄える場所だった。海運国家の南宋が強勢だったころは、華やかさは京どころではなかった。元寇が起き、一度、衰退もしたが、また、交易港として再建され、元が衰退する中、繁栄は際立つようになっていた。

「ここで、伯耆(ほうき)名和(なわ)様と談合の予定です。あまり知られたくないのですよ」

 橘正遠(たちばなのまさとお)も怒って釘を刺す。ますます、行子はつまらない。

「そういうことは正遠が好きにやればいいのです。私とお兄やんは、この博多を楽しむためにおるのです」

 そう言って、行子は笑う。


 夜になると、長生らが寄宿する館に来客がある。

「行子様は身元がわかるとよくない。客人に会う必要はない」

 正遠がそう告げる。でも、行子は反論する。

「私は関長生の妹です。御客人にはご挨拶するのが正しい。そうだ! 道すがらとってきた芋を煮ましょう。魚の出汁でいただいてもらいましょう」

 どうやら、行子はやりたいようだった。長生は正遠に目配せし、了解を得る。

「行子、ホンマに鎮西(ちんぜい)の名士との会合じゃ。朗らかなお前に甘えるからな。しっかりと頼むわ」

 行子が喜ぶ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ