私って、どうすればいいの?
「私って、どうすればいいんですかね?」
一条行子は瀬戸内を走る船上で聞いた。近くにいる関長生は少し考える顔をする。
「せっかく、作法を学びに出たとたんに政変となりました。何も教えていただけませんでした。都の端の何もできぬ娘のまんま、今ここにいますよ」
最初の人を見下す雰囲気は精一杯の芝居だったらしい。嫌になったらしく、どこかの村娘のような風情で行子は話す。
「まあ、都から逃げるという奇特な経験をしたのだから、それは何かの役に立つかもしれませんな」
長生もまともな答えが出てこず、バカな話で返す。
「それはね、もう教えてあげられるほど知ってます。まず、汚い服を着るのです。髪が美しいといけません。火鉢の灰に手を突っ込み、適当にまぶします。表情もだらしなく、こんな感じにします」
行子は生気のないバカな顔をして、長生を見る。あまりの崩れ方に、笑ってしまう。
「そ、それは、行子様が高貴な姫には見えんです!」
長生の反応に、行子も大笑いする。ふたりでケラケラと笑い合う。
「ね、私を呼ぶとき、その“様”はとってもらえませんか? ただ、行子と呼んでほしいのですが」
行子に言われ、長生は彼女の顔を見る。
「いいのですか? あなたは、貴族の娘で帝に仕える女御ですぞ」
返す長生に行子は笑う。
「できれば、その敬う言葉もやめてくださいな。ヒナギク君にも、そうでしょ。たぶん、紫苑様にもそうでしょう。同じようにしてほしい。私も関長生の妹みたいに。そうだ! 私は関行子ということにしましょう。ね!」
必死に言う行子を見て、何をしたいかが長生にわかってきた。応じてあげたい気がしてくる。
長生は行子の顔をじっと見た。少しの時間。
行子はドキドキしてしまう。異性とこんな風にかかわったことがない。
すると、大きな手が頭を包む。髪をクシャクシャにしながら、やさしく笑ってくれる。
「わかった。行子は関長生の妹じゃ。お兄やんの言うことをよく聞いて、宮中で学べなかったことを、しっかり学びなさい」
長生の言葉がとてもうれしい。はしゃいでしまう。
「うん、いっぱいおぼえる。なんでもやる! お兄やん、何したらいい?」
長生はもう一度笑ってやる。
「まず、生きていくこと。そのためには、しっかり食べる。しっかり寝る。食べるために、寝るためにやるべきことを、率先してやる!」
長生にとって、ヒナギクや紫苑、里のみんなに教えたことと同じだった。だけど、行子にはそれが楽しい。
「うん、やる。教えて!」
一条行子という娘は、前向きな部分を宿していた。都の生活では発揮できなかったのだろうが、長生の前では、何にでも手を出そうとする。
「このあたりでは今の季節、小さいけどうまい魚がバカみたいに獲れるんですよ。網で引くんです」
橘正遠が網を引く素振りをしながら、そんな風に声をかける。すると、行子が応じる。
「それ、やります! 網引いてみたい!」
言われた正遠が驚き、猛烈に否定する。
「な、何を言うんですか! 網引くのって、危ないんですよ。落ちたら、どうするんです? そんなもん、漁舟での仕事ですよ」
完全拒否され、行子はつまらない顔をする。だが、長生が小さな声で言う。
「行子、隙あれば、芋を掘ろう。長生の妹は、誰でもできることじゃ。教えるから、身につけろ」
行子の顔が明るくなる。
港近くの宿所を使うが、林も見えた。なんとかなるだろうと、長生は思う。
夜、言っていた魚がバカみたいに獲れたと正遠がいう。釜で茹でられて膳に並ぶ。
「これをね、塩や味噌なんぞで食うのですが、楠木党は酢も商う。これと混ぜると、ホンマにうまいんです」
正遠が説明しながら、魚を口にする。長生と行子も食う。間違いなくうまい。
「お、これは、芋と汁にもしてくれたんですな。これはいい。ほっこりするの」
正遠は好きに食っていた。だが、行子がニンマリと笑う。長生を見る。
「よかったぁ。私のお芋、おいしいそうです!」
行子が顔を崩す。長生も笑う。驚いた正遠。
「ええっ、い、行子様のお芋?」
長生が説明する。
「夕方な、行子と裏で芋を掘ったんじゃ。こいつもなかなか上手じゃ。長生の妹であること、疑いなし」
言いながら、長生も芋汁を口にし、酒も飲む。正遠はあわてる。
「ああ、うまいなあ。今日の夜は楽しい」
長生が言うと、行子も自分で掘った芋を食べた。魚の出汁が沁み、なんとも言えない味わいを感じる。いや、食った味だけではない。心地よい、温かさ。
なぜだか、涙が出てしまう。こういう気持ちは、生まれてはじめてだ。
「楽しい、ですね」
長生は行子の頭をクシャクシャとしてやる。
「そう、生きていくのは楽しいんじゃ。行子、今日はよくできました。明日もよろしくな」
行子はただお椀の芋をながめていた。幸せで、どうにもならない。
正遠は呆然と見ていた。




