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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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武蔵の月を見ていた

 本当に異様にうまいものを食っていると足利直義(あしかがただよし)は理解した。

 紫苑(しおん)の勧めで、味噌を鍋の出汁で溶いたものに刻んだネギとノビルを放り込み、鳩の肉を口にした。驚いて、言葉が出ない。

「ね、おいしいでしょ」

 そう言う紫苑に注がれた酒を口にして、さらに驚いてしまう。

「う、うまいよ」

 かわらけと椀を見つめる直義を、紫苑とサクラが笑う。アケボシが変な顔で眺めている。

「直義様、ウソはいけません。足利様なのですから、もっとおいしいものを知っておるでしょうに」

 サクラがケラケラと笑って言う。

「違う! 本当にうまい。こんなにおいしくて、ホカホカするのは、はじめてじゃ」

 紫苑も笑う。

「これは抜群なのです。お酒にも合うのです。兄が大好きな食べ方なのです」

 あの関長生(せきのながたか)の好物らしい。わかる。これはうまい。長生という人も、少しわかる気がした。

「その長生殿じゃが、心配はいらんと私は思っている。紅蓮に包まれたように見えたが、私はあれが計画的な行動に思えたし」

 関長生は死んだと喧伝されていたのだ。だから、紫苑を少しでも安心させたくなって、そう言う。

 すると、紫苑はクスっと笑う。その笑顔がまた直義をときめかせる。

「お気遣い、ありがとうございます。でも、それは私も知っていることです。どこかで生きて、同じようにこんなものを食べているはずです。わかるのです。なんとなく」

 紫苑に言われ、直義は怪訝な表情をする。

「長生に出会うまでは、自分以外のことなど感じることもありませんでした。でも、長生やヒナギクを知ってからは、その息遣いのようなものを遠くにいても感じる気がするのです。だから、私は心配していないかな」

 紫苑は関長生が死ぬわけがないから、平気だと言った。だけど、長生の死という想像に心を押されたのを見た。最後に涙を流してしまったのを目にしてしまう。

 とても美しい人の不安がこぼれていた。直義はただ首を左右に振る。

「安心しなさい。長生殿は絶対に死んでない。私は赤坂城下でそう感じたのだ。だから、あなたたちに会いに来た。宮様も正成殿も、長生殿も生きていると思うから、こうして、会いに来ている。これは、私の勘だ。ほぼ、当たる」

 涙をこぼしながらも紫苑は直義をまっすぐ見る。

「あなたがそう言うなら、私は少し安心します。長生が言っていました。足利様で有能なのは高師直(こうのもろなお)様、鋭いのは足利直義様。先が見えているようで、根に人間性も感じる。いつか、会いたい。そんなことを言っていました」

 紫苑の美しすぎる横顔に倒れそうになった直義に、関長生の言葉が刺さる。

「長生様って直義様に期待していましたよね。足利は直義次第、とか。関東を知り、弱い人が見えている、とか。だからかなあ、私も直義様に興味を持ったんですよ」

 サクラも同じように言う。直義は不思議な気分だった。兄と比べられ、神経質で劣るように扱われてきた。だけど、見ていてくれる人がいた。この紫苑やサクラにつながる、関長生という豪勇が、自分なんかを高く値踏みしてくれていたのだ。

 くすぐったくて、なんだか、うれしい。

「私の素敵な知己である、紫苑殿やサクラ殿につながる人に、そう思われたなら、私も本望だよ。会いたいなあ、長生殿に。城下から見るあの人は怖すぎた。だけど、本当はやさしい人なんだろうね」

 言った瞬間に笑ったのが、サクラだった。

「あなたと同じように、臆病な方です。でも、あなたと同じように鍛錬を怠らなかった。紫苑姉らを守り、関東の隠れ里を生み、私のような者さえ、生きていけるようにと願う。そして、絶世の剣を振るう。私にとって、神様のような方ですよ」

 そう笑って、アケボシをなでている。この少女の笑顔こそ、守れればいい。そのために、自分は足利家の中を生きればいい。

「ここも月がキレイだ。私は足利と鎌倉を往復しながら、人の少ない武蔵あたりで見る月が好きでね。そんな風情だ」

 感傷的になった直義はそんなことを口にする。

「長生と同じ月を見ていたんですね」

 紫苑の言葉が、関長生という男を近く感じさせた。


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