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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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足利直義、柔和になる

 紫苑(しおん)が久しぶりに伊賀へ顔を出す。いつものように、アケボシが駆けてくる。

「紫苑様、ちょうどいい! 直義(ただよし)様がおいでなんですよ」

 サクラの大きな声に、紫苑は動揺した。なぜ、足利直義(あしかがただよし)がいる?

 すると、服部(はっとり)の家の奥から、直義が顔を出す。以前とは少し違って、柔和な印象になっていた。

「紫苑殿、ご健勝でよかったあ。サクラ殿にも会えて、少しほっとしていたところなんです」

 表情の中に、何の険もなかった。ただ、サクラに会いたかっただけにさえ思える。

「直義様って、案外、ここが好きなんですね」

 紫苑はなるべく当たり障りないことを口にする。この状況になったのだ。足利は味方かどうかもわからない。

 すると、直義が笑う。

「紫苑殿、私を疑っているのでしょうね。心外だな。極めて悲しい。私は足利の中でも、兄のおまけでしかない。有能な師直(もろなお)にもかなわない。とりあえずいるだけの、数枚目の存在です。サクラ殿とあなたが心配でやって来た、という理由は通りませんか?」

 長生より、少し年上の人だった。だけど、世間のことはあまり知らないようだった。自分やサクラの存在が新鮮だったのだろう。

 だから、紫苑は思いついて言う。

「直義様、何枚目とかは面倒ですね。互いに無二の一枚目になりましょうか。この場所らしく、今日を生きませんか?」

 言葉と同時に、紫苑は弓をひゅうっと射る真似をした。その仕草のかわいらしさに、直義の心臓が躍ってしまう。

「いいですね。がんばってみます」


 狩猟には犬がいた方がよく、それはアケボシが務める。すると、自動的にサクラがついてくることになる。直義は、その気遣いに終始しそうになる。

 だけど、サクラは鋭敏だった。

「気配があります! 右斜め。声を出さないで」

 直義がそこを見た。たしかに、鳩が数羽いる。紫苑が手にしていた矢を渡してくれた。その方が、音が出ない自然な形だったからだ。直義は弓につがえ、最低限に引く。間髪入れずに弦をはじく。

 ほとんど音もせずに、一羽を射た。その音と同時にほかの鳩が飛ぼうとする。そこに、紫苑の一射が走る。命中する。

「お見事!」

 直義は口にする。どうせ、これ以上は射られない。最大の成果の後だから、もう声も発していい。

「ムダがないいい呼吸ですね。直義様は上手です」

 端的な評価をサクラにもらい、直義はうれしい。アケボシが走り、鳩をくわえて戻ってきていた。

「この大きさなら、二羽いれば十分ですね。帰りましょうか?」

 紫苑の言葉に直義はうなずく。

「今日はこれで楽しく食べられます。ムダに鳩を殺めることもないでしょう」

 そう答える。不思議だった。弓の優劣を競うとか、そういう気にならない。ほしいものが手に入ったら、次の支度を考えている。そんな自分の平穏さに直義は驚いていた。


 この夜は服部右衛門と過ごす予定もなかった。その自由はサクラと紫苑という、直義にとって、心躍る相手との時間となる。

「そうです。そうして血を抜き、毛をむしりましょう。お上手です」

 何も考えず、直義は鳩の下処理をしている。紫苑にほめられて、気分がくすぐったい。

「鳩があって、芋がありますが、ほかには?」

 手を動かしながら、直義は聞く。

「普通はそれだけで十分なのです。欲張りはいけません」

 サクラがぴしゃっと言う。直義は少したじろいでしまう。

「す、すまんです。鳩を射られたからか、なんだか、豪気になってしまいました」

 反省する直義に、サクラが大笑いする。

「そんなに小さくならなくていいですよ。実は、たくさん菜っ葉があります。さらにお豆腐もあるのですよ。そして、お味噌で味をつけます。絶対においしくなるのです」

 芋を洗っているサクラが元気だった。直義は、それだけでうれしい。

「あとね、ノビルもあります。もう、無敵ですよ。明日も元気になれます。そうそう、直義様には少しのお酒も用意しておきますね」

 紫苑が言ってくれた。生まれてきて一番幸せな時間を生きているように、直義は思ってしまう。


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