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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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悲しそうに笑う女

 数日して、正遠(まさとお)が難しい顔をしてヒナギクと長生(ながたか)の下へ来た。同時に丹波衆の主だった者も来る。

「帝の配流が決まったようです。隠岐(おき)、です」

 正遠が言った相手は、ヒナギクなのか長生なのかわからなかった。ヒナギクは、ちょうど、隣に座っていてくれた長生の手を制する形にした。

 見ている方からは、主従の形をハッキリさせたように思えた。

 でも、長生の感じ方は違った。その手は「助けてください」と伝えていた。

「まあ、あちらからすれば予定通りやな。もっと遠くなくてよかったとしよう。ただし、宮様との連絡はより密に慎重に、という方向でいかがでしょうか? ヒナ様」

 長生は方向性をつくってから、その裁定をヒナに委ねる形にした。

「そうですね。私ごとき村娘で理解できることではございませんが、みな様がその方向で進んでいただければ、異存はございません」

 ヒナギクが言うと、正遠や丹波衆が頭を下げる。

 すると、そこにひとりの女が顔を出す。

「あれ? 不思議。村娘なんぞの意見を、どうして聞いているのです?」

 声を聞いた瞬間に、正遠が嫌な顔をした。

 長生は面倒が来たと感じ、ヒナの手をそっと握る。ヒナがちゃんと理解し、応じたこともわかる。

 逃げてきた疲労を、美しい衣装でごまかす酷薄そうな女を見た。

「この場では、この娘こそ神事を司り天命をいただく存在。ご無礼であるかと存ずるが、しきたり(ゆえ)に、ご非難はお側に仕える当方がお受けいたしまする」

 長生はそう言いながらヒナギクの手を握り、後ろに遠ざける。控えていた支石(しせき)がヒナギクをさらに後ろへと下げる。そして、長生は庭先に出る。頭を下げる。

関長生(せきのながたか)一条行子(いちじょういくこ)と申します。あなたが私の護衛をするそうです。顔を上げなさい」

 長生は、とんでもない面倒だと理解した。そして、顔を上げる。

 女が悲しそうに笑ったのを見た。酷薄に見えたのが間違いだったと気づく。ただ救いを求める不安な目が、そこにあった。


「正遠、ちょっと説明してくれんか?」

 ヒナギクの声が後ろから響き、橘正遠(たちばなのまさとお)は思いきり嫌になる。

「あの女、誰?」

 正遠は困る。いろいろ考え、長生、紫苑(しおん)との関係、ヒナギクとの間柄、すべてを頭に浮かべる。取り繕うのはムリだと判断する。

「摂関家につながる方です。京からここへ落ちてこられました。聡明で慈愛深い方だと聞いています」

 ヒナギクは何も納得しない。

「だから、何?」

 正遠は言いたくないことを言うしかない。

「帝の女御なのです。今の都には置けません」

 ヒナギクは怒る。

「なんで、一条の出で、帝につながってる女を、長生が守らなあかんのじゃ!」

 この質問が正遠は嫌だった。この人にそういう利己的ことを言ってほしくない。だから、怒った。

「アンタもそうでしょう! 藤原家の行子様よりも、名字さえ示せないアンタの方が重要やから、先に天下の豪剣が護衛になったんちゃうんですか! 今、行子様が大事なんで、兄者が命じられたんでしょう? 兄者がいちばん困ってるんですよ!」

 仲良くなっていた正遠に言われ、ヒナは呆然とした。そうだった。関長生は自分が好きで守ってくれたのではない。命令と報奨があったから、やったのだ。

 でも、長生は私を好きになってくれた。だから、ずっと守ってくれたんだよ。やはり、思う。ふざけるな!

「わかりました。私が身分を明かします。あきらめてもらいましょう」

 ヒナギクがハッキリ言うと、黙って聞いていた支石が急に言う。

「そういうことは言わないでください。何でもないあなたを大事にしようと決めたのが長生様です。身分とかではない。その思いだけは、壊さないで」

 半狂乱になっていたヒナギクが、そこで止まった。長生がくれた愛情をたくさん思い出す。涙があふれる。

 私、本当の名前さえ言わなかった。なのに、そのままの私を大事にしてくれた。

「ごめんなさい。ごめんなさい。私、どうかしてます! でも、でも……」

 支石と正遠が小さく笑う。

「ヒナ様、やっと長生様に逢えたんですから、独りよがりも仕方ないことです」

「よかった。私の好きなヒナ様に戻っていただけて。大丈夫です。正遠は兄者を助けます。ちゃんと、ヒナ様と紫苑様の元に戻しますから」

 ヒナはうんうんとうなずく。

 支石も正遠も、この姫がまた好きになる。ただ、純粋なのだ。


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