悲しそうに笑う女
数日して、正遠が難しい顔をしてヒナギクと長生の下へ来た。同時に丹波衆の主だった者も来る。
「帝の配流が決まったようです。隠岐、です」
正遠が言った相手は、ヒナギクなのか長生なのかわからなかった。ヒナギクは、ちょうど、隣に座っていてくれた長生の手を制する形にした。
見ている方からは、主従の形をハッキリさせたように思えた。
でも、長生の感じ方は違った。その手は「助けてください」と伝えていた。
「まあ、あちらからすれば予定通りやな。もっと遠くなくてよかったとしよう。ただし、宮様との連絡はより密に慎重に、という方向でいかがでしょうか? ヒナ様」
長生は方向性をつくってから、その裁定をヒナに委ねる形にした。
「そうですね。私ごとき村娘で理解できることではございませんが、みな様がその方向で進んでいただければ、異存はございません」
ヒナギクが言うと、正遠や丹波衆が頭を下げる。
すると、そこにひとりの女が顔を出す。
「あれ? 不思議。村娘なんぞの意見を、どうして聞いているのです?」
声を聞いた瞬間に、正遠が嫌な顔をした。
長生は面倒が来たと感じ、ヒナの手をそっと握る。ヒナがちゃんと理解し、応じたこともわかる。
逃げてきた疲労を、美しい衣装でごまかす酷薄そうな女を見た。
「この場では、この娘こそ神事を司り天命をいただく存在。ご無礼であるかと存ずるが、しきたり故に、ご非難はお側に仕える当方がお受けいたしまする」
長生はそう言いながらヒナギクの手を握り、後ろに遠ざける。控えていた支石がヒナギクをさらに後ろへと下げる。そして、長生は庭先に出る。頭を下げる。
「関長生、一条行子と申します。あなたが私の護衛をするそうです。顔を上げなさい」
長生は、とんでもない面倒だと理解した。そして、顔を上げる。
女が悲しそうに笑ったのを見た。酷薄に見えたのが間違いだったと気づく。ただ救いを求める不安な目が、そこにあった。
「正遠、ちょっと説明してくれんか?」
ヒナギクの声が後ろから響き、橘正遠は思いきり嫌になる。
「あの女、誰?」
正遠は困る。いろいろ考え、長生、紫苑との関係、ヒナギクとの間柄、すべてを頭に浮かべる。取り繕うのはムリだと判断する。
「摂関家につながる方です。京からここへ落ちてこられました。聡明で慈愛深い方だと聞いています」
ヒナギクは何も納得しない。
「だから、何?」
正遠は言いたくないことを言うしかない。
「帝の女御なのです。今の都には置けません」
ヒナギクは怒る。
「なんで、一条の出で、帝につながってる女を、長生が守らなあかんのじゃ!」
この質問が正遠は嫌だった。この人にそういう利己的ことを言ってほしくない。だから、怒った。
「アンタもそうでしょう! 藤原家の行子様よりも、名字さえ示せないアンタの方が重要やから、先に天下の豪剣が護衛になったんちゃうんですか! 今、行子様が大事なんで、兄者が命じられたんでしょう? 兄者がいちばん困ってるんですよ!」
仲良くなっていた正遠に言われ、ヒナは呆然とした。そうだった。関長生は自分が好きで守ってくれたのではない。命令と報奨があったから、やったのだ。
でも、長生は私を好きになってくれた。だから、ずっと守ってくれたんだよ。やはり、思う。ふざけるな!
「わかりました。私が身分を明かします。あきらめてもらいましょう」
ヒナギクがハッキリ言うと、黙って聞いていた支石が急に言う。
「そういうことは言わないでください。何でもないあなたを大事にしようと決めたのが長生様です。身分とかではない。その思いだけは、壊さないで」
半狂乱になっていたヒナギクが、そこで止まった。長生がくれた愛情をたくさん思い出す。涙があふれる。
私、本当の名前さえ言わなかった。なのに、そのままの私を大事にしてくれた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、どうかしてます! でも、でも……」
支石と正遠が小さく笑う。
「ヒナ様、やっと長生様に逢えたんですから、独りよがりも仕方ないことです」
「よかった。私の好きなヒナ様に戻っていただけて。大丈夫です。正遠は兄者を助けます。ちゃんと、ヒナ様と紫苑様の元に戻しますから」
ヒナはうんうんとうなずく。
支石も正遠も、この姫がまた好きになる。ただ、純粋なのだ。




