長生、襲撃される?
丹波衆は長生とヒナギクの寝所を隣にし、支石も正遠も気を利かせて、遠くに離れた。ヒナギクがいつも使う建屋には、彼女と長生、犬だけになる。
ヒナギクは妙に緊張した。どうしたものかと考えてしまう。長生も似たような感じだった。しかも、いつも一緒にいた紫苑がいない。
紫苑とは、赤坂城で兄妹として生き、それを貫いたのだ。だが、今は伊賀か吉野か、伊勢。いや、生きていないかもしれない。
(みんなそろわないと、ダメだよな)
そんなことを長生は考える。
ヒナギクもそういう気持ちは感じていた。だから、少し遠い感じになる。
「長生、少しだけ、お酒を用意いただきました。飲みませんか?」
言われた長生は、ヒナの近くに行く。ヒナはかわらけを渡し、瓶子から少しの酒を注ぐ。
「生きていてくれて、ありがとう」
長生は飲んで、かわらけをヒナに渡す。ほんの少し注ぐ。
「ワシは死なないよ。誓ったままのことをしただけ」
聞きながら、ヒナは酒を口にする。涙がこぼれる。
「誓ったことを形にすることが、どれほど大変だったか……」
ヒナが全部言えない。だから、長生はその手を握る。
「たいしたことじゃない。かんたんではないが、ムリではない」
そう言って、小皿にあった猪肉の干物を軽く火であぶる。ただまっすぐヒナギクに向き合うのが、少しだけ、重かったから。
「ワフッ!」
急に庭先で犬が吠えた。
庭を見た長生が変な顔になる。次に笑う。
「はははっ、ツキ、相変わらず、お前はよだれまみれやの!」
見たヒナギクも笑う。
「あなたはねぇ! もう少し、上品になるべきです」
ヒナは怒ったが、長生はあぶった獣肉を手にしていた。ツキは庭から飛んで長生を襲撃し、目的のものを奪った。
「おのれ、ワシからモノを奪うとは、おそろしい手練れ!」
襲われる長生を見て、ヒナが怒る。
「足くらい拭かせなさいよ! このアホ犬め」
ふたりと一匹で大騒ぎになる。
さんざん格闘し、すべての肉を奪われた長生が笑う。
「ヒナ、疲れた。寝よう。ツキはどうせ真ん中で寝るから、仕方ない」
ツキは変な顔になって、もそもそと身体を伸ばしだす。
(たしかに、食うたら、眠うなってきましたわ)
「仕方ないねえ。お布団はできないから、ここで雑魚寝かな?」
もう、ツキはヒナの横であくびだった。
「ヒナ、そのままおやすみ。上掛けはかけてあげるよ」
「うん、お願い、ね」
ヒナギクにとって、幸福な日々が来た。
長生は支石と正遠と一緒になって、近隣の若い武家に武術を教えていた。もちろん、彼らがやるのは軍事訓練ではない。生きるための術だ。月山の里で長生がやっていたようなことを、支石も正遠もやる。
ただ、三者三葉の違いがあった。長生は平地を主に山や河原、海を知る術だが、支石の知識は山に偏っていた。虫や蜘蛛、百足さえ食う。正遠はもっぱら水場だった。魚釣が異様に上手だ。
夜はそれをヒナギクの庭先で食う。焼いた虫は香ばしく、煮つけても食えた。鍋では鶏と魚が煮え、丹波の滋味深い菜を加え、何ともいえぬ味わいになる。
案外に人気だったのが、支石の指南で得た蟻だった。バカほど集めたそれを水に浮かべて土と分け、軽く炒っただけのものだった。
「なんか、とても甘くておいしい」
若者らが言うので、ヒナギクもさじですくって口にする。驚いた。菓子のようだ。
「ですが、正遠様の美技には、感嘆しました。ねらった魚は、逃さない」
若い衆にほめられた正遠がニッと笑う。
「竿を持つ手先の感覚こそ大事じゃ。魚は獣肉ほど大きくはないが、出汁がうまくなるからの」
そう言いながら、その出汁で煮られた鳩肉を口にする。
「ああ、うまい。兄者の弓あっての鍋じゃあ」
言われて、若者らが肉や魚を口にする。
「ああ、菜っ葉さえ、こんなにうまい!」
「ここに、米入れて、煮たらどうじゃ?」
そんなことを言いだし、勝手に実行した。すぐに米が膨らみ、煮えてくる。汁が吸われていく。
若者のひとりが、毒見がてら口にする。目を見張り、ヒナギクを見た。ヒナギクの器を受けとり、少し盛り、足早に戻る。
「この世のものではありません! ヒナ様、ぜひ!」
仕方ないから、ヒナはそれを口にした。魚のうまみと、鶏のそれがすべて米に入っていた。
何も言わずに、目を閉じる。こぶしを上げて笑った。
「お許しが出たぞ! 食え」
若者や正遠らが鍋に殺到する。
うれしくなったヒナは、大好きな人を見る。大きく笑い、こぶしを向けてくれた。その笑顔がたまらない。




