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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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長生、襲撃される?

 丹波(たんば)衆は長生(ながたか)とヒナギクの寝所を隣にし、支石(しせき)正遠(まさとお)も気を利かせて、遠くに離れた。ヒナギクがいつも使う建屋には、彼女と長生、犬だけになる。

 ヒナギクは妙に緊張した。どうしたものかと考えてしまう。長生も似たような感じだった。しかも、いつも一緒にいた紫苑(しおん)がいない。

 紫苑とは、赤坂城で兄妹として生き、それを貫いたのだ。だが、今は伊賀か吉野か、伊勢。いや、生きていないかもしれない。

(みんなそろわないと、ダメだよな)

 そんなことを長生は考える。

 ヒナギクもそういう気持ちは感じていた。だから、少し遠い感じになる。

「長生、少しだけ、お酒を用意いただきました。飲みませんか?」

 言われた長生は、ヒナの近くに行く。ヒナはかわらけを渡し、瓶子(へいし)から少しの酒を注ぐ。

「生きていてくれて、ありがとう」

 長生は飲んで、かわらけをヒナに渡す。ほんの少し注ぐ。

「ワシは死なないよ。誓ったままのことをしただけ」

 聞きながら、ヒナは酒を口にする。涙がこぼれる。

「誓ったことを形にすることが、どれほど大変だったか……」

 ヒナが全部言えない。だから、長生はその手を握る。

「たいしたことじゃない。かんたんではないが、ムリではない」

 そう言って、小皿にあった猪肉の干物を軽く火であぶる。ただまっすぐヒナギクに向き合うのが、少しだけ、重かったから。

「ワフッ!」

 急に庭先で犬が吠えた。

 庭を見た長生が変な顔になる。次に笑う。

「はははっ、ツキ、相変わらず、お前はよだれまみれやの!」

 見たヒナギクも笑う。

「あなたはねぇ! もう少し、上品になるべきです」

 ヒナは怒ったが、長生はあぶった獣肉を手にしていた。ツキは庭から飛んで長生を襲撃し、目的のものを奪った。

「おのれ、ワシからモノを奪うとは、おそろしい手練れ!」

 襲われる長生を見て、ヒナが怒る。

「足くらい拭かせなさいよ! このアホ犬め」

 ふたりと一匹で大騒ぎになる。

 さんざん格闘し、すべての肉を奪われた長生が笑う。

「ヒナ、疲れた。寝よう。ツキはどうせ真ん中で寝るから、仕方ない」

 ツキは変な顔になって、もそもそと身体を伸ばしだす。

(たしかに、食うたら、眠うなってきましたわ)

「仕方ないねえ。お布団はできないから、ここで雑魚寝かな?」

 もう、ツキはヒナの横であくびだった。

「ヒナ、そのままおやすみ。上掛けはかけてあげるよ」

「うん、お願い、ね」


 ヒナギクにとって、幸福な日々が来た。

 長生は支石と正遠と一緒になって、近隣の若い武家に武術を教えていた。もちろん、彼らがやるのは軍事訓練ではない。生きるための術だ。月山(つきやま)の里で長生がやっていたようなことを、支石も正遠もやる。

 ただ、三者三葉の違いがあった。長生は平地を主に山や河原、海を知る術だが、支石の知識は山に偏っていた。虫や蜘蛛、百足(むかで)さえ食う。正遠はもっぱら水場だった。魚釣(うおつり)が異様に上手だ。

 夜はそれをヒナギクの庭先で食う。焼いた虫は香ばしく、煮つけても食えた。鍋では鶏と魚が煮え、丹波(たんば)の滋味深い菜を加え、何ともいえぬ味わいになる。

 案外に人気だったのが、支石の指南で得た(あり)だった。バカほど集めたそれを水に浮かべて土と分け、軽く炒っただけのものだった。

「なんか、とても甘くておいしい」

 若者らが言うので、ヒナギクもさじですくって口にする。驚いた。菓子のようだ。

「ですが、正遠様の美技には、感嘆しました。ねらった魚は、逃さない」

 若い衆にほめられた正遠がニッと笑う。

「竿を持つ手先の感覚こそ大事じゃ。魚は獣肉ほど大きくはないが、出汁がうまくなるからの」

 そう言いながら、その出汁で煮られた鳩肉を口にする。

「ああ、うまい。兄者の弓あっての鍋じゃあ」

 言われて、若者らが肉や魚を口にする。

「ああ、菜っ葉さえ、こんなにうまい!」

「ここに、米入れて、煮たらどうじゃ?」

 そんなことを言いだし、勝手に実行した。すぐに米が膨らみ、煮えてくる。汁が吸われていく。

 若者のひとりが、毒見がてら口にする。目を見張り、ヒナギクを見た。ヒナギクの器を受けとり、少し盛り、足早に戻る。

「この世のものではありません! ヒナ様、ぜひ!」

 仕方ないから、ヒナはそれを口にした。魚のうまみと、鶏のそれがすべて米に入っていた。

 何も言わずに、目を閉じる。こぶしを上げて笑った。

「お許しが出たぞ! 食え」

 若者や正遠らが鍋に殺到する。

 うれしくなったヒナは、大好きな人を見る。大きく笑い、こぶしを向けてくれた。その笑顔がたまらない。


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