魔王、人に戻る
「ごめん、お願い。これとこれ、用意できますでしょうか?」
ヒナギクは長い時間でよくわかり合った丹波衆に聞いた。
「あの、ヒナ様は、お久しぶりに大事な方々にお会いしたんですよね。ならば、それとそれ以上の物を用意しますよ。いつも、あなたからどれだけの助けをいただいているか、ご存知ですか? そんなものじゃないんです」
だけど、ヒナギクは譲れない。
「あの人は、贅沢なんかしません。でも、その日を精一杯楽しむことはします。そういう形で、私は過ごしたい」
相手が笑う。
「いい方ですね。ヒナ様にお似合いだ。だから、ヒナ様をよく知る、私たちに預けてもらえませんか? 悪くはしません。ツキ様にもお腹いっぱいになっていただきます」
ヒナはそれ以上に言えない。
「ヒナ様はね、私たちの太陽です。でも、ここのところ陰になっておられた。なのに、あのお武家様がいらっしゃると、また日が差します。そういうときは、また、パーっと光ってください。見ている私たちが、うれしいのです」
少し笑うヒナ。
「ごめんなさい。みなさんに甘えます。大好きな人なんです。死んだと思って、臥せっていました。今日、逢えたのです」
なぜか、相手が泣く。
「よかったですね。本当によかった。まかせてください。山を寝床に、豊かな愛情を育んだ姫様と、無双の将軍に、私たちらしい、おもてなしをしてみたい」
ヒナギクは頭を下げた。
「私同様に、あの人を好きになってあげてください。本当に素敵な人なんです」
ため息と一緒に相手は笑う。
「もう、あなた同様に大好きなんです。私たちにも、やさしき天下の豪勇を少しだけ、見せてくださいな」
「わぁ、こりゃあ、うまいぞ。丹波の猪肉はやはり最高じゃ!」
関長生は華やかに喜ぶ。用意した丹波衆らが、誇らしげにうなずく。
「だけど、長生様の鳩も入ってます。一羽目を射るのはわかるのです。でも、あの二羽目はどう射るのです?」
長生は村落の人々と一緒に鳩も射ていた。夕暮れの遊びだった。だが、2射でふたつを得た。
「当てる、という感覚ではない。当たるところに射ておく気分じゃ。すると、当たっておるものじゃ」
長生の神技を見ていた若い者らが、想像しながら弓と矢を放つそぶりをした。
「そうじゃ。見たところに射るな。未来をねらう」
長生が話すのは、武術の極意だった。でも、勘のいい若者らが気づく。それが明日を楽しみにする。
「はじめて聞いた見方です。その思いで、明日はやってみたい」
長生はニヤニヤする。
「どうせ、当たらん。繰り返せ。バカにされても気にすんな。いつか当たる日が来る。その感覚を忘れるな。かなり、当たるようになる。未来を射られる」
若者たちが感動した。それができれば、食い物に不自由しなくなる。
さんざん笑ってから、長生はヒナギクを見た。
「ヒナ、正遠はどうじゃ? おもろい男やろ? 若いが海賊大将じゃ。海のことなら、なんでも知ってるぞ」
ヒナギクはニッコリ笑う。
「長生、私は正遠殿の虜じゃ。お前が食わしてくれたことないものばかりを聞いたぞ。土佐のカツオが食いたい。じゃが、やはり肥前のイカこそ、知らぬ味覚じゃ」
ヒナギクは長生といることで元の軽妙な性格を取り戻した。ただ、活発で好奇心旺盛な姫になった。
「ヒナ様って、こんな方なんですね。兄様がお慕いするのもわかる!」
正遠が楽しそうに言う。ヒナギクは兄という響きに少し驚いた。
「ヒナ、正遠は正成様の一門じゃが、ワシの弟みたいなもんじゃ。紫苑とも仲がいい」
ヒナギクはわかって、うなずいた。
「そこの支石はの、ワシより齢が上じゃ。でもなあ、やっぱり兄弟みたいな気分。どうするか?」
ヒナはうれしい。ニコニコする。
「ヒナはひとりでした。長生も紫苑もそうです。でも、家族になろうと決めました。今はさらに支石がいて、正遠がいるんですね。素敵! みんなで、豊かに生きていきたいですね」
聞いた正遠と支石が、少し崩れた。心地よかったのだろう。
「そうな、このふたりも、ここのみんなも一緒に、うまいもん食って、楽しく生きたいなあ」
これが、赤坂城落城の瞬間に、強烈な武勇を放った男だった。みんな、興味津々に聞く。魔王の武勇と人間的なやさしさが同居することに驚いていた。




