勝利への道
「まさか、前に逃げるとはなあ」
長生が笑う。
赤坂城の落城寸前、橘正遠はすべてを後方の吉野へ動かした。幕府の追撃は足利勢を率いる高師直が、それを傘のように包みながら、ギリギリに逃がす形を演じた。吉野と伊賀は六波羅から見てあやしいのだが、攻める理由ができなかった。
その中、正遠は長生に叫んだのだ。
「瀬戸内に出ましょう! 下の小舟に乗れば、問答無用で通れます。活路は前にあるんですよね!」
正遠は長生に聞いた剣の極意を言う。その男に従い、甲冑を遺体に着せ、穴に蹴り込んだ。火を放つと、そのまま山に分け入る。水流に至り、駆け下りた。小舟がある。
「ここのは、坂東者に見つけられるものではない。行きますよ。関長生の武勇を、海へ運ぶぞ。支石、渡らせい!」
一緒に逃げたのは、正遠と長生、支石の3名だった。身体の大きな僧が舟から陸を蹴る。
「山伏流じゃ、荒いぞ! 御免!」
小舟は急転直下、川を下る。正遠さえ、後悔するほどに荒かった。木々のすき間に、炎上する赤坂城が映った。
寝ることもなく、そのまま川を下る。和泉の湖沼地帯に至ると、正遠があちこちに進路を変えた。そして、港に着く。
「長生兄、支石! 休めると思ったらイカンぞ。乗り移る! 瀬戸内に出て、ようやく安どと思え」
軽く緩もうとした長生らが、戦場の気に戻る。すべては正遠に預けているのだ。
正遠は今日出る楠木系の船に便乗することを告げる。大宰府まで公家の交易品をやり取りする船だった。
「神埼で少し受け取るものがある。ワシも降りるから、一晩、遊んでもいいぞ」
正遠は金を出す。船員たちは、それで納得する。神崎は船乗りが遊べる場所だった。
すぐに船は神崎に至る。長生らは、誰も寝ていない。
「兄様、どうします? 播磨の赤松を頼るか、さらに九州まで逃げてもいいです」
正遠は必死に長生を生かそうと努力する。寝てもいない。ただ、必死だった。
「丹波に行こうか。近いし、ヒナギクもいる」
ギリギリと巻かれていた正遠の脳がそこで緩んだ。
「そ、そうか! 豪勇、関長生と、ヒナギク君と丹波か! 盲点でした。答えは前にしかないんや」
正遠が驚きすぎて、長生は笑う。
「そういうのと違うぞ。近いから行く。会いたいから行く。それだけでいいんじゃ」
大塔宮の主だった主従は赤坂城を下ると、伊賀に向かった。その軍勢を追う形をとりながら、高師直の足利勢は、結局、逃がす。
「則祐様、伊賀にとどまらず、素通りしてください。山中に軍を休める場を設けています!」
途中で合流してきた関紫苑が、宮の側近である赤松則祐に言った。誰よりも会いたかった人を見て、宮がはじめて緩んだ。
「紫苑殿、ありがたい。その後は熊野まで勝利の道を歩くことになるが、紫苑殿は?」
宮の言葉に紫苑は笑う。ただし、歩む足は止めない。
「そうですよ。これは勝利への道です。兄が言うたそうですからね。私も同道します。よく知った道です」
紫苑が言った瞬間に、則祐以下の連中の背が立ったのを宮は感じた。少し笑う。
「女神と一緒なら、伊勢までも無事にたどり着けるだろうな」
紫苑は周囲に目を運びながらも笑う。
「魔王の妹ですが、よろしいのですか?」
宮も則祐も急にげんなりした。そうだった。この美しい人は、あの関長生の妹だった。
「ヒナ様、支石殿が、生きておられました!」
ずっと部屋で寝ていたヒナに、連絡が届く。支石も赤坂城の陥落につき合っていたのだ。死んだと思っていた人が生還したという。
「わかり、ました。少し、だけ、待たせてくださいね。支石には、会いたい」
ヒナギクは数日ぶりに起きようとした。身体がうまく動かない。心構えをつくれる自信もない。長生の死を伝えてもらって、自分が生きている自信は皆無だ。
なのに、支石は礼儀を知らない。
「ヒナ様ぁ! ヒナ様ぁ!」
勝手に庭先まで来たようだった。出ていこうと、必死に身繕いをするヒナギク。
「鳩様をお連れしました! この意味、おわかりですか!」
ヒナギクの脳天に衝撃が走る。芋を掘るのは私だ。鳩を射るのは、あの人だ!
衣装なんか、もう、どうでもよかった。内掛けさえ袖を通しただけだった。障子を開く。手前に支石がいて、下を向いている。
その後ろに、背の高い人がいた。
たまらない顔で、笑ってくれた。
ヒナギクはそのまま走り出す。だけど、上手に走れないや。
背の高い人が突っ走ってくる。崩れ落ちる私を長い腕で抱きとめてくれた。
「ヒナ、鍛錬を怠ったな! 筋骨がへなへなじゃ」
ごめんなさい! ごめんなさい。明日からがんばるから、許してよ。そして、お願いだよ。もっと、顔を見せてよ。
あなたは、私の大好きな関長生だよね。




