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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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行子の事情

 それでも、ヒナギクはギリギリの線で行子(いくこ)と戦う。

「おや、行子さん。お魚は口に合いませんか? 船旅が続くのに、不安ですね」

 行子もやり返す。

「大丈夫ですよ。長生(ながたか)に虫の食べ方さえ教わりましたからね。どこででも、生きていけますよ」

 言い返す顔が、ヒナには憎い。だが、その顔に昨日の尖った部分がないことに気づく。

「長生と少しくらいは話せたのですか?」

 行子は笑う。

「たくさん、話しましたよ。夜通しになったくらい」

 ヒナは心で笑った。昨日、ちゃんと長生は帰ってきた。結局、ツキを間にして、一緒に寝たのだ。

「宮中の夜は短いんですね」

 行子も負けない。

「時というのは感じ方ですよ。大切な時間ほど、刹那(せつな)も永遠に感じるものです」

 言い返され、ヒナは行子をにらむ。行子もじっと見る。

「なぜ、あなたの護衛が関長生(せきのながたか)になったのです?」

 ヒナギクは核心を聞く。

 行子は少し表情を緩める。次にため息をつく。

「ヒナギクと呼ばれる姫様がおると聞きました。幼きころから東国をめぐり、宮の使いとして生きてこられたそうです。去年のことですかね。そのヒナギク君の話題が私の周囲でよくされました。天下無双の豪勇と一緒にすべてを変えていると」

 行子の言葉に、ヒナは驚く。それは、長生とツキと出会い、歩いてきた道のことだ。いくつかの出会いと邂逅(かいこう)を経て、今、ここにいる。

「聞いていて、うらやましかった。私はね、摂関家と言っても、その端に生まれた娘です。摂政も関白も私なぞ知りません。何かに使われるならばよい。何にもならずに落ちる気さえする身分です。ヒナギク姫ってずるいや、と思いました」

 行子はヒナギクをまっすぐ見る。

「なのにね、ほんの少し前に、帝から父に声がかかりました。私に使い道があると。作法を学びに宮中へ出ました。すぐに政変です。もう、誰もいません。逃げるときに問われました。何か、望みはありますか、と」

 行子は笑う。ヒナの目を見る。ただし、強くはない。許しを請う。

「関長生様に、私を守っていただきたい、と。それさえできれば、私はどこへでも行きます。どこででも死にます。あこがれなのです」

 最後、行子は懇願した。聞いていたヒナギクが驚く。この人は私の二枚目、いや、数枚目の存在だ。どこかの実力者への、華やかな贈答品。

 ヒナギクは怒る。ただし、行子へではない。

 行子はそれを制し、先に言う。

「そんな方に出会えたら、私はどうなるんだろう? そんなことを思ってました。昨日、はじめてお会いしました。思った以上の方です。屈託がなくて、やさしくて、楽しいことばかりを教えてくれる……」

 そうなるだろうとヒナギクは思う。関長生は、そういう人なのだ。どこまでもやさしい、クソバカだ。

「もう、十分、いただきました。ヒナ様にお返しします。一条行子は何もない人生ではありませんでした。素敵な勇者を知り、終われたと……」

 行子が何かを言い切ろうとするのを、ヒナギクは許さなかった。いつか、紫苑(しおん)がやったように、ヒザで飛んだ。

 おもいきり、行子を張り倒した。

「バカかあ! 関長生を知ったような口を聞くな!」

 行子は倒れて、張られた頬を押える。

「いいか、聞け! 長生の妹は紫苑という。私と長生を襲った盗賊じゃ。なのに、長生は紫苑を家族にした。私の大好きな姉になった。紫苑も私も長生が好きでたまらん。いつか、遠い大地で、一緒に生きようと誓ったぞ。私も紫苑も長生の妾でいいと決めておる!」

 驚いたのは行子だった。関紫苑(せきのしおん)の名は知っていた。長生の妹で剣に優れ、絶世の美女だという。大塔宮(おおとうのみや)や足利、楠木の信さえ得るほどの才女と聞いた。それが、盗賊だったというのだ。

「お前なんか、長生のこと、何も知らん! 知れ。知ってから、もう一度、このヒナギクに言いたいことを言え!」

 圧倒される行子。ヒナギクの目に涙があるのを見て、ウソでないのだと感じる。この小さな姫は本気だ。そして、心が大きい。


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