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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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勝負の土壇、登ろうか

 赤坂城は完全に追い詰められた。もう、上から落とすものもない。城の柵近くまで、軍勢は迫っていた。楠木正成(くすのきまさしげ)は最終決断を下す。

関長生(せきのながたか)、お前を使うときがきた。ワシらは、逃げる」

 長生は当たり前のような顔をする。だが、疲弊しきっていた城兵に、不思議な期待感が起こる。

「あのなあ、逃げるという言葉を使うなよ。兵らがつまらんようになる。勝つための道を進むと言え」

 最初、長生はいつもの感じだった。正成はうなずいていた。大塔宮(おおとうのみや)もその方針でいいと考える。城に残った兵らが徐々にざわつきはじめる。

 すると、長生が顔に朱を塗る。まだいた支石(しせき)にも声をかける。

「支石、顔を朱に染めろ。ワシの影になれ。あちこちで暴れろ。幕府軍は動けない」

 朱を顔に塗りこむ。できた長生が正成に言う。

「すべてを変えてやろう。天下はワシの剣の走った先にある」

 そこにいるのは、長生ではなかった。軍神、関羽の姿。ついに、あの関長生の剣が、本当の意味で幕府を斬る。赤坂城が湧く。

「大塔宮よ。すべてを変えてやる。ワシの望みを聞け。ヒナギクをワシの妻に寄越せ!」

 宮はハッキリと怯んだ。

「ヒナギクが、許すのなら、そうしよう」

 長生はここに来るまでの遠い道を思った。その結実として、大事な言質を得た。城兵も聞いていた。

「忘れるなよ。ワシの剣はそのためにある。たとえ、ワシが死んでも、ヒナギクに自由を与えよ。反故にすれば、誰でも斬る。黄泉からならば、都も叡山も滅すぞ」

 朱に染まった軍神の顔が、この世のものではなかった。鬼だった。

 長生は柵の方へと歩く。もう一度、振り返った。

「さあ、勝負の土壇、登ろうか」

 笑ったようだが、城兵の歓呼にかき消された。近くにいる者は、誰も、まともに見ることを恐怖していた。だが、正遠は、朱の下の顔がやさしかったことに気づいた。


 大仏貞直(おさらぎさだなお)は城からの反撃が弱まっていることに気づいていた。とうとう、あの土壇に兵らがたどり着く。多少の反撃があっても、どこかを破れる。そこから、城内にねじ込めば、勝利はすぐだ。

「行けやあ! 押し込め」

 貞直の脳が沸騰した。

 だが、その兵らの前に長身の武将が立ったのを見た。簡素な兜に動きやすそうな鎧。顔が真っ赤だった。鬼に見えた。

「天下は大王の下に帰すべし。漢中王(かんちゅうおう)が臣、関雲長(かんうんちょう)の剣が、大王の道を拓こう!」

 鬼は大音声で叫ぶ。戦場の目が、すべて、そちらを向く。

 大刀が振られる。

 4、5人の兵が、土壇から吹き飛んだ。首が空に跳ね飛ばされていた。

 貞直の目が、驚愕の色に変わる。


 長生が大きな声で怒鳴り、次に大太刀を一閃させると、取りつこうとしていた敵兵が一瞬で斬り飛ばされた。目の前にいた兵は首だけが宙を舞う。長生は残った身体を土壇から蹴り飛ばす。

 さらに、足の位置を変え、次の斬撃を加えた。また、敵兵が奈落に落ちる。

 次から次へと足場を変え、剣を振り回す。剣舞のように動く。だが、舞ではない。すべて、敵兵の何かを絶ち、彼らは斜面から転がり落ちる。

 橘正遠(たちばなのまさとお)は、それが関長生には見えなかった。あのやさしい男と一緒に感じられない。ただの人殺し。いや、人とさえ思っていない魔神だ。

 正成や大塔宮も同じなのだろう。呆然としていた。

 なのに、長生はほんの刹那、人に戻って正遠を見た。

(何しとる? 早く、やってくれ)

 人間があれをやっているのだと気づく。長生が修羅に落ちそうになるのをこらえ、告げてくれたことを知る。

「宮様、御大将、お逃げください。関長生の剣をムダにせぬためにも!」

 やるべきことを思い出し、正遠は計画の実行に移る。正成と宮も驚愕の時間を終え、行動をはじめる。だけど、戦慄が身体を離れない。

 敵兵を片っ端から斬り、相手が動かなくなると、長生は城内に戻った。何も言わずに合図を送る。

 次に敵兵の多い場所に、顔を朱く塗った支石が躍り出る。大長刀(おおなぎなた)で敵を薙ぎ、突き落とすことを繰り返す。最初の長生への恐怖が敵兵に伝播していた。支石の武勇は長生に遠く及ばないのだが、それも可能になっていた。弓手が援護を集中したこともある。

 支石の周囲がある程度落ち着くと、また長生が別の場所で土壇に出る。

「大王の道を拓こう!」

 またも大音声を轟かせ、大太刀を旋回させた。

 何度か繰り返すと、敵兵の動きがハッキリと鈍くなった。


「なんじゃあ、あれは?」

 大仏貞直は混乱した。勝ったと思った瞬間だった。急に鬼が出てきた。塵芥のように、味方を惨殺した。城への斜面には、転がり落ちた無残な姿の兵が転がっている。甲冑を着ているから、人に見える。だが、人とは、ああいう形をするものだったか?

 金沢貞冬(かなざわさだふゆ)も同じだった。今日は勝つだろうと思っていた。勝ったと思った。だが、眼前にはおびただしい死者の姿がある。

 顔を朱に染めた軍神は、なでるように剣を振り、生命をゴミのように扱った。

「ダメじゃ。人というのは、ああいう扱いをしていいものではない……」

 首を振って恐れる。進軍の命令など出せない。

 ただ山肌を見ている。すると、さらに追い打ちが来る。巨大な丸太が、転がり落ちてくる。残った兵が吹き飛ばされる。斜面の骸は、さらに醜く崩れる。

 絶望した。

 その瞬間、土壇の上で軍神が天道を指すように両腕を開いた。背にした柵の向こうに見える城が火を噴く。一気に屋根まで炎に包まれた。

 炎を背に立つ魔王の姿がそこにあった。


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