限界、赤坂城
赤坂城に対する大仏、金沢隊の攻撃は正念場を迎えていた。すでに、曲輪にたどり着く外側の塀は大きな被害があったにせよ、落としていたのだ。
「あの土壇にたどり着け! 次から次へと、兵を送り続ければ、城兵は疲弊する」
指揮する大仏貞直は、被害を抑える策を捨てた。ただ、力攻めに攻めさせる。
金沢貞冬の隊も同じだ。一気に攻めて、土壇に取りつけばいい。ここまで来たのだ。それですべてが変わると猛然と兵を動かした。
「死ねや。死ねえ! 死なば、報奨は思いのままじゃ!」
ここまでに赤坂城の斜面へ施した、土塁の階段、梯子などをたどらせ、片っ端から兵を投入した。
城攻めの定石上、もう少しなのだ。
「おい、はじめよったぞ。師直は、どうする?」
高師直はすでに準備をしていた。
「殿、私がほとんどの兵を連れます! 伊賀に動きあり、との報を受けた形にしてくだされ」
高氏が笑った。
「兵がいなければ、攻められん。伊賀を潰さん程度に利用しろ! ワシは今日、動かん」
師直が理解の早い主君に満足した。笑って言う。
「関長生が来るでしょうな」
高氏も笑う。
「来る! 足利は何があっても触れないからな。わかっとるな! 直義」
高氏の脇で、弟の直義が頭を下げる。
「師直、長生の猛威を避け、伊賀を守る。この背反をお前はできるか?」
足利直義は家宰である高師直にケンカを売った。ハッキリにらんだ。
「直義様が気になるのは伊賀のサクラ嬢のことか? それは私も同じ。あの娘が死ぬことになれば、私の慟哭は終わらんだろう。関長生とさえ、斬り合う気になる」
師直の答えが意外で、直義が面食らう。
「直義様、この世で一番死んではイカン人がいる。私の中では、サクラ嬢じゃ。異存はあるか?」
家の重鎮として、生まれてからずっと、叱られ続けた師直が相手だった。大嫌いな男だ。なのに、守りたい人が一致した。
「師直、サクラを何があっても殺すな! 悲しい目にさえ、合わすな! それができれば、ワシが、兄上を守ってやる」
師直は笑う。ずっと、関係がうまくいかない弟君だった。それなのに、急に意見が合う。利害が完全一致した。
「師直にとって、サクラとアケボシを守れる力こそが、今、発揮するべきものです」
直義には、自分で上手にできないことだとわかっていた。だけど、気に食わないが、最善の男を、自分が気に入ってしまった小さな命に向けられる。
「師直、頼む。サクラとアケボシを助けてくれ。あの、関の妹の紫苑もな。この乱が終われば、あれらに会いたい」
高師直が、生まれてはじめて、まともに相手をしてくれる。
「その仕事。請け負います。なんか、はじめて直義様と意見が一致しましたな」
直義も小さく笑う。
「そうだな。とにかく、サクラを守ってくれ。私がめずらしく気に入った娘じゃ。頼むから、お願いだから、あの子の未来を閉ざさないで」
何もかもをぶちまける。
「直義様、そこに異論はありません。それだけのために、同盟しましょう」
直義も笑う。
「受ける。その代わり、足利の面倒は、ワシが受ける」
師直と直義は、ふたりで笑った。足利の二枚目、三枚目の思いが一致した。
強烈な突き上げが赤坂城に迫る。ここまでに築かれた足場に、梯子を設ける形で、幕府勢の総攻撃がはじまった。
「落石、用意!」
橘正遠の声が響いた。だけど、もう落とせる石は小さい。山上に残った石は少なかった。攻城する兵らに与える被害も少ない。
「弓だ! 弓手は前へ。取りつく敵兵を一掃しろ」
矢の数も減っていた。斉射という形にならない。どんどん、敵兵が来る。正遠が焦る。関長生が後ろで言う。
「ごくろうさん、正遠。ここからは、兵を死なすなよ。次に糞尿ぶっかけたら、そこまでにせい。みんなを山の裏へ逃がせ」
ここからの策を理解はしていた。あまりにも関長生の豪勇頼みの手だった。正遠は、それに納得していない。いや、怒っていた。
「そうして、俺らが逃げて、宮様や正成様が逃げて、どうなるんです? 関長生がいなくなる世に、何が残るんです?」
正遠と長生は、仲が良くなりすぎた。互いが必要すぎるようだ。
関長生が笑う。横顔が不思議なほどに澄んでいた。眼下には無数の兵が群がっている。絶命の音が聞こえてくる。
長生がさらに表情を崩す。関紫苑と一緒のあの小さな館で見たやわらかな、やさしいだけの顔だった。
「正遠、ワシが死ぬわけなかろう? ワシがみんなの逃げる時間をつくる。ワシも逃げる。大和のどこかでそれぞれ再会し、紫苑らと鍋を食う。それだけの予定じゃ」
正遠はただ首を振る。そんな未来を考えている顔ではない。長生は自身の生命に心を置いていない。ただ、功を成し、妹らの生をつかむつもりだ。圧倒的に怒る。
「お前は、赤坂城の人身御供になるんやな。許さんぞ。死ぬなら、宮か正成か、せめて正季が死ね。関長生が死ぬことは、この橘正遠が許さん!」
長生は正遠の言葉に困る。
「正遠、ワシしかできんことをやって、この乱を終わらせる。それで、ヒナも紫苑も幸せになれる。それ以上の無理は言うなよ」
正遠は絶望しながら、壮絶に考える。
そして、絞り出した。
「宮様と正成様が逃げたら、すべてに火を放つ! その先はこの私に命を預けい。兄のような人といえど、ここの軍権では私が上、黙って従ってもらう!」
言い放った正遠に、長生は不思議な顔をして応じた。何かを懇願するようだった。
「お前が、道をくれるのか?」
正遠は言われて、驚いた。この人にはできることも多いが、できないことも多い。今は、生き残るということが、それだ。ならば、誰かがやってやらねばならない。
「やります。成し遂げます。あなたは私の兄だ。死なんでくれ!」
長生は笑う。
「弟が信頼できるのは、申し分ないことじゃな」




