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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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足利直義、照れる

 足利直義(あしかがただよし)は軍を率いることに難儀した。命令するのだが、うまく伝わらない。思うように動かせず、進まない。こんな状況で反幕勢力と鉢合わせしてしまえば、してはいけない合戦状態になりそうだ。

 すると、伸びてしまった隊列の中段あたりから知らせが来る。

長巻(ながまき)を背負った女が声をかけてきたのですが、高師直(こうのもろなお)様の一隊ではないか、と」

 直義は何かの罠かとも、師直が得た知己かもしれぬと考える。どちらにしても女ひとりらしい。連れてこいと命じる。

 しばらくすると、背の高い女がやってきた。たしかに、背に長巻を負うている。近づいてきた女を見て息をのむ。あまりに美しく、やさしげに見えたのだ。

「えっ、師直様の軍ではないのですか? ええぇっ! ひ、人違いしました!」

 猛烈に恐縮するのだが、その割には恐れている様子でもなかった。不思議な女だった。

「まあ、昨日までは師直が率いておった軍です。間違いでもない」

 女はキョトンとした顔になる。直義の顔をまじまじと見る。

「じゃあ、足利様の一隊ということで、間違いないです?」

 直義は何か伏兵でも置かれて、合図を送るのかといぶかる。でも、女の表情があまりに素直過ぎて、その思いも消える。

「間違いない。が、ワシにとって、そなたは見知らぬ地の謎の女じゃ。名乗れ」

 女はそう言われて、ようやく警戒の色を出す。半足後ろへずらし、長巻をいつでも抜けそうな姿勢になった。直義は郎党らがうごめくのを制した。

「多勢に無勢のこちらから名乗らせていただきますが、万が一のとき、血路を開く用意だけはさせてくださいな」

 女の声は涼やかで、濁りがなかった。長巻を抜いていないのに、構えの圧さえある。しかも、言うことは道理を得ていた。直義は自分の用心深さが嫌になる。

「すまん。女子ひとりに血相を変えすぎた。私から名乗ろう。足利直義という。棟梁である足利高氏の弟じゃ」

 女の構えが解けた。同時にあわてた。

「ええぇっ! 足利様の弟君? すみません、すみません。服部右衛門(はっとりうえもん)をお探しではないですか? お連れしないと、えっと……」

 直義は笑ってしまう。

「あの、あなたの名をまだ聞いておらんのですが?」

 また、女は驚く。もっとあわてた。

「も、申し訳ありません! せ、関長生(せきのながたか)という、服部様と多少のご縁のある者の妹、関紫苑(せきのしおん)と申します。すみません」

 直義は笑うと同時に驚いた。高氏、師直に何度か聞いた男の妹だった。天下の豪剣と聞いていた。でも、その妹は強そうではあるが、朗らかでかわいらしかった。

 

 部隊は伊賀近辺を探るように動かし、そのまま街道近くに野営させた。だが、そう見えながら伊賀から食い物を補給され、兵らは気楽な夜を過ごす。

 そして、直義は伊賀で服部右衛門に会っていた。

「これは、これは、足利様の弟君にお会いできるとは……」

 服部右衛門太郎というのは、インチキの塊のような男だった。ヘラヘラと笑ってはいるが、ときに目が鋭くなる。こちらを伺っていることはわかる。好きになれる気はしないが、ガマンするのも役目なのだろうと思う。

 だが、その娘に気圧された。目が見えないのはわかる。なのに、犬と一緒に顔を出し、立派にあいさつする。次に小さな声で言われた。

「直義様は牛を食べられたことはございますかあ?」

 牛と言われて驚く。それは食ってはいけないものだ。牛馬は物を運ぶ財なのだ。腹を空かしても食うものではない。

「もちろん、大事にすべき宝です。でも、事情はそれぞれあっても、つぶすしかないことは多いのです。そういうとき、私たちは食べてしまいます。実はおいしいのです。ちょうど、今あります」

 娘に言われて、直義はうなずいてしまう。

「では、こっそりと、少し持ってきます。ご感想をくださいな」

 そう言って、娘は笑う。目が合わないくせに、ちゃんとこっちを見て笑う。その表情に直義は変に感情的になる。

「あ、あのムリしないでいい。熱いのを触って、火傷してはイカン」

 すると、娘は光のない目がなくなるほどに笑う。可憐すぎて何も言えない。

「直義様って、やさしいんですね。大丈夫ですよ。私が危ないものを触るときは、このアケボシが吠えてくれます」

 そう言って、もう一度、小さな声で言う。

「だから、食べてみてくださいね!」

 直義は生まれてはじめて、自分をやさしいと評してもらえた。いつも言葉が少なく、つっけんどんな自分は、もらったことのない言葉だった。どうしたら、そう見えるのか、そう言われるのか、悩んだことさえある。でも、目の前の娘が、あっけらかんと言う。

「ん、食べるから。あの、ケガとか、火傷とか、しないで……」

 ニッコリ笑った娘が犬と去った。少しして戻ったその子は、串を2本持っていた。

「どうぞ。おいしかったら、また持ってきますよ」

 そうして、犬と同時に串の肉を口にする。

「う、うま、い?」

 直義は未知の味に戸惑い、少ししてそれを理解した。

「よかったぁ! 直義様って、なんか堅苦しそうやもん。でも、牛を食べてしまいました。もう、私たちのお仲間です。裏切ってはいけませんよ」

 朗らかに娘が笑う。直義は平静を失う。正視できない。

「あ、あの……」

 娘は目の前まで来て笑う。

「サクラと呼んでください。目が見えませんが、いつか、関東に行って人のお役に立つつもりです。直義様は関東にお詳しいですよね。どんなとこです?」

 好奇心ばかりで、サクラが聞いてくる。直義は知っていることを話すだけ。

「はぁ、うれしい。直義様のおかげで、やっと関東のことがわかりましたあ。ありがとう、直義様! 牛を食べたことは内緒にしますね」

 何も言い返せないから笑う。でも、見えてないのに、サクラは笑って返してくれる。

 直義は不思議な幸福感の中にいた。緊張感を久しぶりに感じなかった。


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