足利の策
赤坂城に丹波のヒナギクの使いとして、支石がやってくる。彼は、おかしな人物を伴っていた。足利家の家宰、高師直だ。
「師直殿、なんでここにおる? 足利勢は、あそこで城を囲んどるぞ」
久しぶりに会ったにもかかわらず、関長生は師直をとっつかまえて、陰に連れ込む。
「長生殿、問題ないぞ。ヒナ様と一緒に、殿は赤松則村に会った。ワシはそのつなぎも兼ねて、伊賀で服部と紫苑殿に会い、楠木殿にも会いに来た」
用意周到な師直の動きと、そこにヒナと紫苑らが絡んでいることに長生が驚く。
「長生殿が思う以上に、あなた方はこの乱の中心におるぞ」
言われた長生は、ヒナと紫苑の立派さを感じるが、同時に危険も嗅ぎとる。
「師直殿、ヒナをねらうヤツはおらんか? 紫苑は危なっかしいことに首を突っ込んどらんか?」
必死に聞く長生は武将失格だと思う。どちらかの身柄を抑え、関長生を好きに使ってやろうかと師直が一瞬考える。
でも、そこにサクラの声がよみがえる。
(師直様、ありがとう)
一瞬で自分はバカだと思い知る。ヒナギクや紫苑を自分が捕らえられるだろうか? それでサクラが泣いてしまったら?
そんなことは、何があってもしてはイカン! するヤツをぶち殺したい。
「ああ、ワシは心が歪んでおる。し、死にたい!」
師直は急に悔恨する。長生は変な顔になって見つめている。
「どうした? 師直殿」
ポカンと師直を見る。師直は気づく。
(ああ、こいつじゃ。こいつがクソ豪傑のくせに、なんかええ男やから、姫君たちがあんなに美しいんじゃ。こいつを味方にしないと……)
師直が思考の深みにハマっていると、大きくはないが強い声が聞こえる。
「足利殿の懐刀が来たか。高師直よ、初に目にかかる。楠木兵衛じゃ」
「天下の足利の家宰は有能で飾らぬと聞いた。腹蔵なく、この大塔宮と語れ」
師直は混乱をひと呼吸で鎮め、ゆっくりと顔を上げた。
ここに高師直を伴った支石は当然かもしれないが、その横には関長生が座ってくれた。両者とも、この状況で後ろから斬る人間ではない。護衛の意味を殺気の方向で示す手練れだった。おかげで師直は強力な武勇を左右に置く形で、大塔宮、楠木正成と対面できた。
異様な安心感だった。関羽、張飛を従える劉玄徳の気分がわかる。
「高師直、天下の豪剣、関羽を従えた気分はどうじゃ?」
大塔宮が聞いてくる。師直は平伏した。
「従えた気などありません。でも、安心感は比類ありませぬ」
次に正成が言う。
「なんで、お前がその関羽の庇護を受ける?」
負けているわけにはいかない師直が返す。
「関羽のご主君はわが足利の領地で保護しておりますから、当然の形でしょう」
返した師直に、その関羽からの殺気が飛んだ。
(調子に乗るな。ヒナギクを人質とすれば、誰であろうと両断する)
長生の殺気は師直だけでなく、宮や正成にも向いていた。さらに、横の支石も長生の道を切り開くという顔をする。受けた側が同時に怯んだ。
「ヒナ様を取り引きに持ち出すと、この場で死ぬようじゃ」
正成が長生に降参し、人質抜きのやりとりをするしかなくなる。宮と師直もうなずく。互いの脅しが消え、利益を語り合う時間になった。
「足利に天を回す気があるのは理解した。ワシらもいるので、六波羅は落とせる。じゃが、鎌倉はどうする?」
宮と正成にはその懸念があった。京を制圧しても、鎌倉が残れば、いずれ関東以北の圧倒的な軍事力で京は陥落する。河内からは遠すぎる地の制御が、楠木党の中からは見えない。
師直がヒザを進めて、低く応じる。
「殿は関東の韓信を使うでしょう」
正成が何かに納得した。
「小太郎か、あれならできるかもな。ただ、あれでは人は集まらんぞ」
その懸念を掃う秘策も足利にはあった。
「千寿王を預けます。東も西も、足利が人集めの役に立つ所存です」
師直は足利高氏の子を使うと言う。そこまで聞いて、正成が鋭い目をして口をゆがめる。笑ったのだった。
「それなら、目はある。さらにもう一枚、策を施そう。後で細かく話すぞ」
正成は低く小さな声で師直に言う。師直も頭を下げた。
「よし、面倒な話は終わった。どうせ攻め手も今日は動かん。酒を持ってこい。飲むぞ!」
大塔宮の大きな声が響いた。




