国士無双と小さな花
足利勢が赤坂城攻めの先頭に出ず、後方待機を決めていられるのは、軍の大部分を手柄の少ない補給線の寸断に回していたからだった。
そして、その軍を動かしているのは高師直だった。だが、実際の師直はそれにかこつけて反幕勢力と談合を繰り返していた。
ただ、幕府側に懸念を持たれても困るので、いくつかの楠木勢を追い散らしたフリはした。そして、数刻後には攻防を繰り広げた相手と合流し、話をする。
「おう、支石殿。こんなところで会うとはの」
師直は服部右衛門太郎という反幕勢のひとりと会う予定だったのだが、なぜかそこにヒナギクが使っている山伏がいた。
「これは師直様、なかなか、手際よい戦でしたな」
支石が笑って、服部右衛門を紹介する。だが、師直は後ろにいるおそろしく美しい女に驚く。
「ああ、紫苑様ですよ。関長生様の御妹におわす方です」
言われて、さらに師直は驚く。たしかに、ヒナギクから長生の妹の話は聞いていた。剣がうまく、ヒナギクは姉のように慕ったという。だが、こんな傾国の美女だとは聞いていない。
「師直様、はじめてお目にかかります。兄の長生と、妹分のヒナギクが、何度もお世話になったそうで、ありがとうございます」
そう微笑まれて、師直はたじろいでしまう。
「い、いえ、私なんぞは、ヒナ様のお側にいさせていただき、よ、喜んでメシを食わせていただいただけで、そんな、何もしとらんです」
うろたえまくる師直を見て、紫苑が笑う。
「師直様のおかげで、私は何度もいい目に合えたんですよ。何よりも、師直様が兄らに持たせてくれた、あの鍋と寝床の布が最高です。 おいしいもの食べて、あったかく眠れたんですよ!」
朗らかに言う紫苑がまぶしくて正視できない。だいたい、鍋とか布とか、そんなしょうもないことで笑ってくれるのが、うれしい。
「あ、あの鍋はですな、唐土のものを模して、相模でつくらせたものなのです。戦陣に持ちいくによいだろうと、く、工夫をしてですな」
師直はしどろもどろになる。
「それが軽くていいのですよ。あの椀もいい! あれで、どれだけおいしいものを食べたか、師直様に教えてあげたいです」
これはイカンと師直は思った。長生の妹は女神だ。女神がいる軍は必ず勝つ。早急に足利は反幕の姿勢を明確にしなければ……、と意味の分からない思考が脳内をめぐる。
「あの、師直様。軍を率いて、というわけにはいきませんが、取り急ぎ、私らの郷にでもいらっしゃいませんか?」
服部右衛門の言葉で、師直はようやく現の世界に思考が戻る。だまって、うなずくしかなかった。
その夜、師直は痛飲してしまった。なんというか、心地よかったのだ。
紫苑が自分と支石に、ヒナギクと犬の様子をしつこく聞いてくれるので、注がれるままに飲んで話していた。さらに、服部の娘が忘れられない。
「師直様は、長生様やヒナ様のお友達なんですね! ほら、アケボシもお礼をしなさい。私と長生様たちを会わせてくれた恩人ですよ」
そう言って、横の犬をうながして笑ったのだ。
目が見えぬことは、すぐわかった。だけど、透きとおるほどに美しく見えた。この世で一番純粋でけがれていないものがそこにあった。
「服部右衛門太郎の娘、サクラと申します。師直様のおかげで、こうして光を失っても、明るくあたたかい時間を過ごせています。ありがとうございます。いつか、ヒナ様、長生様、紫苑様、犬のツキと一緒に、困った人たちが集まる地に住み、誰かの役に立ちたいと思っております」
瞳に光のないサクラが、師直の方を向いて、そう言った。ありがとうと言われ、途中でもう涙があふれていた。この娘の美しき夢を、形にしてやらねばならぬと思う。
「サクラ殿、もう一回、言うてくれませんか。それだけで、師直は長生殿には及ばんでも、国士無双になれます」
師直は小さなサクラに変なことを言った気がする。でも、サクラは鋭敏だった。小さな犬を抱き、笑った。
「師直様、いつもありがとう。これからもよろしう」
純粋無垢なその姿に、師直は号泣してしまう。自分の汚いところが、全部嫌になった。関長生やヒナギク、紫苑、そして、サクラのようにありたいと思う。
「まかせてくだされ。高師直は、サクラ殿を笑わせるために生きてみたい」
師直が言うと、目の前で小さな花が美しく咲いてくれた。




