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キッサキハシレ、ツキトワラエ  作者: 葛城 聡
二章 赤坂城赤鬼
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国士無双と小さな花

 足利勢が赤坂城攻めの先頭に出ず、後方待機を決めていられるのは、軍の大部分を手柄の少ない補給線の寸断に回していたからだった。

 そして、その軍を動かしているのは高師直(こうのもろなお)だった。だが、実際の師直はそれにかこつけて反幕勢力と談合を繰り返していた。

 ただ、幕府側に懸念を持たれても困るので、いくつかの楠木勢を追い散らしたフリはした。そして、数刻後には攻防を繰り広げた相手と合流し、話をする。

「おう、支石(しせき)殿。こんなところで会うとはの」

 師直は服部(はっとり)右衛門(うえもん)太郎(たろう)という反幕勢のひとりと会う予定だったのだが、なぜかそこにヒナギクが使っている山伏がいた。

「これは師直様、なかなか、手際よい戦でしたな」

 支石が笑って、服部右衛門を紹介する。だが、師直は後ろにいるおそろしく美しい女に驚く。

「ああ、紫苑(しおん)様ですよ。関長生(せきのながたか)様の御妹におわす方です」

 言われて、さらに師直は驚く。たしかに、ヒナギクから長生の妹の話は聞いていた。剣がうまく、ヒナギクは姉のように慕ったという。だが、こんな傾国の美女だとは聞いていない。

「師直様、はじめてお目にかかります。兄の長生と、妹分のヒナギクが、何度もお世話になったそうで、ありがとうございます」

 そう微笑まれて、師直はたじろいでしまう。

「い、いえ、私なんぞは、ヒナ様のお側にいさせていただき、よ、喜んでメシを食わせていただいただけで、そんな、何もしとらんです」

 うろたえまくる師直を見て、紫苑が笑う。

「師直様のおかげで、私は何度もいい目に合えたんですよ。何よりも、師直様が兄らに持たせてくれた、あの鍋と寝床の布が最高です。 おいしいもの食べて、あったかく眠れたんですよ!」

 朗らかに言う紫苑がまぶしくて正視できない。だいたい、鍋とか布とか、そんなしょうもないことで笑ってくれるのが、うれしい。

「あ、あの鍋はですな、唐土のものを模して、相模(さがみ)でつくらせたものなのです。戦陣に持ちいくによいだろうと、く、工夫をしてですな」

 師直はしどろもどろになる。

「それが軽くていいのですよ。あの椀もいい! あれで、どれだけおいしいものを食べたか、師直様に教えてあげたいです」

 これはイカンと師直は思った。長生の妹は女神だ。女神がいる軍は必ず勝つ。早急に足利は反幕の姿勢を明確にしなければ……、と意味の分からない思考が脳内をめぐる。

「あの、師直様。軍を率いて、というわけにはいきませんが、取り急ぎ、私らの郷にでもいらっしゃいませんか?」

 服部右衛門の言葉で、師直はようやく(うつつ)の世界に思考が戻る。だまって、うなずくしかなかった。


 その夜、師直は痛飲してしまった。なんというか、心地よかったのだ。

 紫苑が自分と支石に、ヒナギクと犬の様子をしつこく聞いてくれるので、注がれるままに飲んで話していた。さらに、服部の娘が忘れられない。

「師直様は、長生様やヒナ様のお友達なんですね! ほら、アケボシもお礼をしなさい。私と長生様たちを会わせてくれた恩人ですよ」

 そう言って、横の犬をうながして笑ったのだ。

 目が見えぬことは、すぐわかった。だけど、透きとおるほどに美しく見えた。この世で一番純粋でけがれていないものがそこにあった。

「服部右衛門太郎の娘、サクラと申します。師直様のおかげで、こうして光を失っても、明るくあたたかい時間を過ごせています。ありがとうございます。いつか、ヒナ様、長生様、紫苑様、犬のツキと一緒に、困った人たちが集まる地に住み、誰かの役に立ちたいと思っております」

 瞳に光のないサクラが、師直の方を向いて、そう言った。ありがとうと言われ、途中でもう涙があふれていた。この娘の美しき夢を、形にしてやらねばならぬと思う。

「サクラ殿、もう一回、言うてくれませんか。それだけで、師直は長生殿には及ばんでも、国士無双(こくしむそう)になれます」

 師直は小さなサクラに変なことを言った気がする。でも、サクラは鋭敏だった。小さな犬を抱き、笑った。

「師直様、いつもありがとう。これからもよろしう」

 純粋無垢なその姿に、師直は号泣してしまう。自分の汚いところが、全部嫌になった。関長生やヒナギク、紫苑、そして、サクラのようにありたいと思う。

「まかせてくだされ。高師直は、サクラ殿を笑わせるために生きてみたい」

 師直が言うと、目の前で小さな花が美しく咲いてくれた。


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